第10話 報復/リバイバル

 形勢は逆転した。

 守勢から一転、攻勢に打って出た。


 そのために必要だったのは、魔法を使うための杖を手にしていること。

 そのための呪文はアイが知っていた。


 武器よ来いミニステルアルマ


 武装強奪呪文。

 杖を持った相手を対象にとり、その人物が持つ杖を奪う魔法だ。


 準備は整った。

 これで、あとはどれだけ魔法を使っても、俺が無詠唱かつ杖を必要としない異才というのはバレないってわけ。


 わはは、作戦に抜かりなし!


《行きますよマスター》


 おう。


動くなクラウィス


 胸中に浮かぶ、アイが描いた呪文をそのまま読み上げる。


「なっ」


 敵が息を呑むのがわかった。


「ありえないでしょ!」


 そいつは驚異的な反射神経で魔法をよけた。

 爆ぜる線香花火のように勢いよく飛び出した光を、ドッジロールで回避した。


 だけではない。

 次に立ち上がったときには、もう一本、別の杖を取り出していた。


(アイ、この世界の魔法使いは杖の二本持ちが流行りなのか?)

《そりゃ杖がなくなると魔法が使えないわけですし。逆に、なぜ一本で戦うんです?》


 確かに。それもそうか。


「子どもが調子に乗るんじゃないわよ! 火よイグニシエイト!」


 ぼうぼうと叫ぶ火炎が渦まいて、熱気が肌にちりちりと刺さった。


(どわあぁ、焦げる! こんがり焼かれる!)

《落ち着いてくださいマスター。いま反対呪文を発動します》

(解説は後でいいから早くしてくれ!)

《承知いたしました。水よアクアイズ


 アイが呪文を描き終えると、燃え盛る炎を沈めて余りある水があふれ出した。


「そんな、まさか、無詠唱⁉」


 あ。


「アクアイズ」


 一拍遅れて杖を振る。

 忘れてたけど、まだバレていないはず。


「くっ、ふ、ざけるのも、いい加減にしなさい!」


 怒涛の水流を耐えしのいだ後、そいつは怒り心頭に発した様子で叫んだ。


武器よ去れインユリアルマ動くなクラウィス八つ裂けファルクスペキュラム苦しめエクシティウム!」


 杖が閃くたび、直撃がすなわち敗北を意味する魔法が矢継ぎ早に襲い掛かる。


沈黙せよシレンスレイト動くなクラウィス、ファ、ファルなんとか……! エクストリームダッシュストリーム! あと、えと、なんかすごいやつ!」


 早い! 早い! ちょっと待ってついていけない!

 一個ずつ! 一個ずつお願いします!


「あ、ありえないでしょ。いまの適当な呪文で、防ぎ切ったとでもいうの……?」

 と、敵さんが慄けば、

「ううん。それだけじゃない。杖の振り方も、発動速度も、構築精度も、何もかもがでたらめ」

 と、朱殷しゅあんの少女が補足する。


 え、何。なんて?

 杖の振り方? 発動速度? 構築精度?

 そんなのがあるの……?


(アイ?)

《待ってくださいマスター。これには深い事情があるのです》


 よし言ってみろ。

 俺を黙らせるだけの説得力を持たせられるものならな!


《わたしは説明しようとしたのに、マスターが『解説は後でいいから』などとおっしゃられたので》

(俺が悪かったです!)


 くそ、こいつ!

 絶対わかってた。

 最初から周囲にばらすつもり満々だったんだ。

 俺が詠唱を必要としないことも、杖を必要としないことも。


「へ、へぇ。やるじゃないボウヤ」


 敵さん敵さん、声が震えてまっせ。


「認めるわ、子どもと思って侮っていたこと」


 呼吸を一つはさんだ後は、敵さんの声は冷静さを取り戻していた。

 動揺が鎮まったそいつは、薄布の奥から鋭い眼光を光らせていた。


「遊びはここまでよ、本気を見せてあげる! ちょっとだけね!」


 痛いくらい、体を、圧力が突き抜けて行った。

 言葉にするなら殺気。

 それも、視覚可能と幻視するほど濃密なやつだ。


 いま、俺の目の前で圧倒的存在感を放つそいつは、厳かに呪文を唱えた。


降霊せよファンタズマ


 刹那、そいつのまとう雰囲気が変わった。

 人格が切り替わったと表現してもいい。


 そいつは、いままでのをお遊びだと表現したが、それがいかに的を射た言葉だったのかを、やつは全身で体現していた。


 おちゃらけた雰囲気を呑み込んで、いっそカリスマさえ覚える妖艶さを醸すそいつは、静かにつぶやいた。


即死せよテネブラエ


 放たれたのは死を意味する破滅の光。

 だからとっさに、アイが支持するままに呪文を叫ぶ。


武器よ去れインユリアルマ!」


 そいつが放つ邪悪な光と、アイが司る破邪の光が相克する。

 互いが互いを食らいつくさんと、しのぎを削り合っている。


 首筋に嫌な怖気が走った。

 死を体現する怪物がすぐそばにいて、俺が気を抜く瞬間を、いまかいまかと手ぐすね引いて待ち望んでいるみたいだ。


(ア、アイ……!)

《あと少しの辛抱です! 耐えてください!》

(簡単に言うけど、勝算はあるんだろうな!)

《当然です》


 死の怪物は冷たい息を吐いていた。

 指先から体温が失われていく感覚におびえながら、おぞましい光と対峙している。


(アイ、もう、限界……)

《はい。わたしの計算通りに、ですね》

(は?)


 計算通り?

 どういう意味だ、と問いかけようとして、その必要がなくなった。


「――八つ裂けファルクスペキュラム


 そんな声がどこからともなく轟いて、突然、相対していた邪悪な光が霧散した。

 背後で俺の死をいまかいまかと待ちわびていた怪物も、いつのまにか鳴りを潜めていた。


 カツンカツンと、石畳を鋭く、ハイヒールの踵が叩く。

 音のする方を見やる。

 そこに、女が、外の光を背にして立っている。


「よくもまあ、エース様に禁忌指定の呪文をぶちこむような真似をしてくださいましたね」


 逆光の中で、彼女のプラチナブロンドの髪は輝いて見えた。

 シルエットが見せる彼女の長い耳は、彼女がエルフであることを雄弁に物語っている。

 場違いにも見えるメイド服が、彼女の異彩を強調している。


「その愚行、容易に償えると思わないことです。蛮族」


 ハーティア。

 うちのメイドが、そこにいた。


(よく頑張りましたね、マスター。もう、大丈夫ですよ)

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