第9話 万全/ステディ

 いしのなかにいる。


《おお、勇者よ。死んでしまうとはなさけない》

(アイ、どこだここは)

《どこかの牢屋みたいですね。わたしの助力を断るからですよ、マスター》


 ごめんて。でも、手加減をいつまでも覚えないアイにも非はあると思うの。ここはお相子ということで一つ。


「う、うぅん……」


 となりでもぞりと動く人影があった。

 朱殷しゅあんの髪色をした身なりのいい少女。

 彼女も俺と一緒の牢屋に繋がれていたらしい。


「エース? ここはいったい」

「俺たち、拉致監禁されたみたいです」


 ぐるっと部屋を確認してみる。

 窓はなく、壁は手作業で掘り返せそうにない。

 通路と面した部分は頑丈な鉄格子がはめられていて、いくら子供の体躯でも抜けられそうにない。

 おまけに、手枷と足枷までつけられている。


(この手枷じゃまだな。ん? 鍵穴がないぞ)

《マスター、子どもだからと甘く見られてます。これ、解き方さえ知ってれば杖も呪文も無しで外せる安物ですよ》

(お、マジで? アイなら外せる?)

《朝飯前ですよ! 外しますか?》


 いやー、やっぱり持つべきものは、頼りになる友だちだな!

 さすがアイさん!


「ど、どうしようエース! この手錠、すごく難解な魔法で鍵を掛けられてる。杖も盗られてるし、わたしたち、脱出できないかも」

「え?」

「え?」


 がしゃん。


 俺にはめられていた手錠が、あっけなく外れた。


《てへ?》


 お、お前ぇぇぇぇ!

 図ったな!

 わかってたな! 絶対わかっててやったな⁉


《言いがかりはよしてください! なにか証拠でもあるんですか!》


 こいつ!


 い、いや。アイの挑発に乗ってる場合じゃない。

 まずはどうにか誤魔化さないと。


「どうやら、俺の方は術式が壊れてたみたいだな!」

「え……でも、この手錠の術式、まだ生きて」

「いやー! 錠を落とし忘れたのかな? 運が良かった! ラッキーだったぜ」


 少女は首を傾げた。俺も首をかしげている。

 この世はよくわからないことでたくさんだな。


「問題は、どうやってこの牢屋から脱出するかだけど」


 彼女は装備のいかつい衛兵に捜索されていた。

 俺の方でも、帰りが遅くなるとハーティアや父さんが捜索を始めるはず。

 それが来るのを待つべきか?


 いや、それは相手も承知のはずだ。

 この牢につないだのはおそらく、一時的なもの。

 長い時間放っておいてくれると考えるのは楽観的だ。


「あらァ、ようやくお目覚めかしら? ちっちゃなちっちゃなベイビーズ?」


 げっ、もう見張りが戻ってきた!


「え? あら? どうして手枷と足枷が外れているの? え? え?」


 戻ってきた見張りも首を傾げた。

 どうしてって、そんなの俺も知りたいよ!


「ま、まあいいわ。どうせボウヤはおまけだもの。用があるのはお姫様、あなたのほうよ?」


 ねっとりした視線が俺から外れる。

 たぶん、いやおそらくきっと、代わりに朱殷しゅあんの少女がその不快感を覚えている。


「あなたのお父様が遺した研究レポート。そのありかを吐きなさい」

「し、知らないわ!」

「えー、本当に、本当にぃ?」

「知らないって言っているでしょう!」


 うーん、なんというか疎外感。


(アイ、二人が何の話をしているかわかる?)

《推測は可能ですが確信はありませんね》


 あるのか、推測。

 ほなその推測が正しいか一緒に考えてみるから教えてみてよ。


《キーワードは、高台で彼らが言っていた『秘宝』と、いましがた現れた単語の『研究レポート』です。つまり、彼らは人の手によって生み出される希少なものを探していると考えられます》


 おお、なるほど。

 確かにそれっぽい。


《そしてさらに言えば、『お父様が遺した』とあるので、すでに死亡しており、かつマスターと同い年程度の娘がいると判明している研究者に絞ることでその研究内容を予測可能です》

(お、おお! なんかすごいなお前! それでそれで、その研究内容ってのはなんだったんだ?)

《賢者の石です》


 思った以上に大物が出てきたな。

 賢者の石ってあれだろ?

 非金属を貴金属に変える、錬金術の最高峰的物質。


《わたしの下位互換ですね! ドヤァ》

(いまのは、『賢者の石』と『大賢者の意思』を掛けた、日本の伝統的な言葉遊びで)

《洒落を解説しないでください!》


 さて、つまり話をまとめるとこうか。


 敵さんの狙いは賢者の石。

 朱殷しゅあんの少女はその第一人者の忘れ形見。

 手がかりを吐き出させるため誘拐めいたことまでやって、俺はそれに巻き込まれたと。


「そっかぁ、知らないならしょうがないわね。でも、あなたが忘れてるだけかもしれないし、少し試してみましょうか」


 そう言って、見張りは懐から杖を取り出すと、その先端を少女に向けた。


苦しめエクシティウム

「きゃあぁぁぁぁぁっ⁉」


 鼓膜を破りそうな甲高い悲鳴が響いた。


(ア、アイ! いまのって)

 見覚えがある。スパイラルパーマの女がハーティアに使っていた呪文だ。

《拷問呪文。対象に苦痛を与える、禁忌指定の呪文です》


 また邪悪な魔法使いかよ!

 つくづく俺の運はどうなってんだ。


「あ、ガッ」

「ふふ、どう? 思い出したかしら?」

「何度、聞かれても、一緒です!」

「そう。苦しめエクシティウム


 一方的、過ぎるだろ。


《マスター、マスター。助けに入らないでいいんですか?》


 彼女を助ける唯一の手段は、俺の中に眠っている。

 俺の意思一つで、状況を打破できるジョーカーを解き放てる。


「強情なお姫様ね。頑として口を割らないつもりかしら」

「う……っ」

「でも、お子様ね。大人をまるでわかっちゃいない。私たちが、どうして、あなただけでなく一緒にいたボウヤまでさらって来たと思う?」


 敵は杖先をわずかにそらした。

 先端がとらえたターゲットは、俺だ。


「ま、待って」

「姫様は自分への責め苦は耐えられるみたいだけど、お友達が苦しむことにはどうかしら!」


 そいつは杖を俊敏に躍らせた。

 唱えようとしている呪文は拷問呪文エクシティウム


《マスター! 早く、わたしを頼ってください!》


 意固地になってる。

 そんなの自分が一番わかってる。


 でも、だったら、窮地に陥るたび、アイに頼って切り抜けるのか?


「エクシ――」

「い、言います! 言いますから!」


 光り始めていた敵の杖先が、その明かりを霧散させる。

 石牢に鋭く響いたのは、朱殷しゅあんの少女の涙声。


「だから、エースに、わたしの初めての友達に、酷いことをしないで……」


 ぽたぽたと、彼女の頬を伝う雫が地面を何度もノックした。


「ふふ、いい子ね」


 俺は胸が、締め付けられる思いだった。


 情けない、情けなさすぎるぞ、俺。


 彼女が抱えた秘密がどれだけ大事なものなのか、わからないわけじゃないだろ。

 自分が魔法に苦しめられても、絶対に口を割ろうとしなかったことからも明らかだ。


 俺のちっぽけな強情なんかとは違う。

 何が何でも、守り抜かなきゃいけない信念だったんだ。


 その信念を曲げてまで、彼女は俺を助けようとしてくれた。


「父が私に遺したのは――」

「教えてやる必要はない」


 言いかけた彼女の言葉を、ハンドジェスチャーで制止する。

 だから、彼女は癇癪を起すようにして俺を訴える。「エース! でも、言わなきゃ、エースが」、と。

 

「大丈夫」


 俺の答えは変わらない。

 悪いけど。

 俺はあなたが思うほど、非力じゃない。


「やられるつもりなんてない」


 アイ、準備はできてるか?

《Are you Ready?》

 いや、英訳しろって言ったわけではなくてな。

《わかってます。冗談ですよ》


 そんなアイが頼もしくって、不安や心配がため息となって飛び出していった。


 この期に及んで、冗談を飛ばせるくらいには余裕ってことか。

 頼りになるね、うちの切り札は。


「あっはは! カッコいいですねぇ! まるでお姫様を守るナイト様! でも、ボウヤに何ができるのかしら。杖もなく、牢につながれてるあなたに!」


 そいつは高笑いしていた。

 勝利に酔っているようだった。


 悪いけど、うちのアイさんがやる気になってるんだ。

 あんたが勝ちを確信するには、早すぎる。


武器よ来いミニステルアルマ


 胸の内で淡く光る文字の羅列が躍り、意味のある文言を成す。


「は?」


 ただそれだけで、やつの手からは杖が離れ、代わりに俺の手中に収められている。


「な、何が、いま起きたの」


 いや、起こるのはこれからだ。


「反撃開始だ」

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