第7話 大会/リーグ
ウィザードリーグ。
魔法使いの頂点を決める大会は、碁盤目状に整えられた都市で開催される。
その都市は碁盤目状に作られていた。
道は南北と東西に向かって伸びていて、中でも、南北に伸びる大通りのうち、一番中央の通りは出店でにぎわっている。
お面や綿菓子、ヨーヨーすくいなど、その通りはお祭りの様相を呈していた。
いまもこの都市を包み込む、肌をひりつかせるような緊張感と高揚感を感じ取れないものにとっての話ではあるが。
(すげえ熱気)
通りを歩いていると感じられる。
一世一代の大勝負にだけ発露する、極めて貴重で希少な感情。
闘争心。
俺が前世に忘れてきたそれが、この会場には満ち満ちていた。
「エース、迷子にならないようにね?」
「うん」
母さんの手を握り、隣を歩く。
大路に囲まれた正方形の区画にはバトルフィールドが整備されていた。
いまもいくつかの区画では予選の試合が行われている。
その中の一つ、俺たちの近くのバトルフィールドから激しい爆音が響いた。
水煙が空へと立ち上り、にわか雨のような水滴が天から降り注ぐ。
「お、エース! あそこの試合はすごそうだぞ! 父さんが肩車してやろう」
人垣から頭一つ抜きんでて、フィールドをのぞき込む。
広い区画に、二人の選手が向かい合っている。
彼らの魔法の応酬は、とてつもなく激しかった。
(うわ、すっげえ迫力)
座席が動くタイプの4D映画より迫力がある。
いや、まあ現実だから当然と言えば当然だけど。
《まだまだですね。見栄えにこだわるあまり、実用性に欠けます。これなら前に戦ったスパイラルパーマの女性の方がよほど手ごわいですね》
(そんな無風流なこと言うなよ)
《でも、マスターも同じこと考えてますよね?》
改めて、二人の魔法の応酬を鑑賞する。
激しい。お互いの実力が拮抗していて、互いがプライドをかけて戦っている。
この試合に懸ける熱量って言うのが、フィールド越しに伝わってくる。
エンターテインメントとして見れば、この上なく上質だ。
(実際、あの女とこの選手たち、実力者がどちらかと言われると、うーん)
リアクションに困る。
《実力は三者拮抗してますよ?》
(そうなのか? あの女が群を抜いて強かった気がするけど)
この二人だと、束になってもかなわないんじゃないかと思ってしまう。
《魔法使いの頂点を決める大会と言っても、レギュレーションの範囲内での話ですからね》
(禁術を容赦なく破ってくる相手と比較するのはおかしいってことか)
《当り前じゃないですか。なんで禁忌って呼ばれてると思うんですか。罰則があるからですよ。禁忌を破る魔法使いがそこかしこにいてたまるものですか》
アイは邪悪な魔法使いと遭遇するのは、不幸にも殺人鬼と出くわすようなもので確率は低いと言う。
いたが。
少なくとも二人も接触してきたが。
俺の運はどうなってんだよ。
(ん?)
試合観戦中によそ事を考えていたからだろうか。
俺だけが、気づいた。
ここにあまねく観客が試合を食い入るように観戦している中で、独り、困ったようにおろおろしている少女が紛れ込んでいる。
《困っている人を見かけたらー?》
(いま、声掛けに行こうと思ったのに、行けって言われてやるきなくなった)
《子どもじゃないんですから》
あー、はいはい。
わかりました。わかりました。
行けばいいんでしょ!
「父さん父さん」
「ん、どうしたエース」
「迷子の子を見つけた。ちょっと迷子センターに案内してくる」
「え、あ、こらエース! お前が迷子になったらどうする!」
「大丈夫! 子どもじゃないからすぐ戻る」
父の肩からするりと下りて、人だかりの中を駆け抜ける。
背後で父さんが「まだまだ子どもだよ!」と叫んでいる。
ごめん。見た目は子どもでも頭脳は大人なんだ。
人垣を抜けて、迷子の子を見かけた周辺へ躍り出る。
見つけた。
「ねえ」
「きゃっ⁉」
少女が跳ねた。驚くくらい跳ねた。
きゅうりを見てびっくりした猫みたいに飛び跳ねた。
遠くから見てもわかっていたことではあったが、少女は近くで見るとより、ため息がつきそうな容姿であることがわかる。
髪色は赤系統の落ち着いていた色で、少し黒みがかっている。確か、
身にまとう衣服は新品同然で高級そうなのに、服に着られているという感じはなく、どこぞの令嬢なのかもしれない。
「び、びっくりした。どうしたの、迷子?」
「それ俺のセリフ」
「へ? わたしが?」
俺はうなずいた。
「目の前でド派手な魔法がドンパチされているのに、関心は別のところに向いていたでしょ? 誰かを探しているのかなって思ったんだ」
「それだけで迷子だと推理? 発想が飛躍しすぎじゃないの?」
「判断材料ならまだあるよ。周囲の人をうかがう視線に紛れて、大通りの出店をうらやましそうに見ていただろ?」
「み、見てないよ!」
少女が耳を真っ赤に染めて、強めに否定した。
同時に、少女の腹の虫が鳴き声を上げた。
だから彼女はますます顔を赤らめた。
「じゃあ見てなかったとして、身なりはいいし、出店の商品を買い渋るほどお金に困る貧民ではなさそうだ。考えられる可能性は、保護者と一緒に来たけどはぐれてしまい、財布は保護者が持っているってところかな」
「お、おお。君、すごいね」
少女は感心した様子で、ぱちぱちと手をたたいた。
「まあ、迷子じゃないんだけど」
違うんかい!
いや、うすうす気づいていたけどね。
迷子にしてはあんまり悲観的じゃないし、そもそも自分が切羽詰まった状況なら、俺に対して「迷子?」なんて聞いてこないだろう。
となると、残る可能性と言えば。
「ダイエット中とか?」
「ふ、太ってないよ!」
それもそうだ。
でも、痩せてる人の方がダイエットしてると思う。
うーん。
しかし、ダイエット中でもないとは。
だとすると彼女はいったい何なのだろう。
「あ」
少女は短く声を発すると、近くの物陰に身をひそめた。
何を見つけたんだろうと少女が見ていた方を視線で追いかけると、いかつい装備をした衛兵がこちらへ向かって走ってきている。
「少年、ここで、赤い髪で身なりのいい少女を見かけなかったか?」
「あー」
なるほど、だいたいわかった。
「その子ならさっき大通りの方に」
適当な方角を指さして、嘘八百を並べ立てる。
「しまった、入れ違いか! 情報提供、感謝する!」
いかつい装備の衛兵は、駆け足で大通りへ向かっていった。
すぐに、物陰に身をひそめていた赤毛の少女が、再び姿を現した。
「ふぅ、ありがと!」
ため息交じりに、少女へ問いかける。
「あのさ、君の素性ってもしかして」
少女はその細い指先を、ぴと、と俺の唇に当てた。
「ふふっ、ひみつ」
ぱちん、と少女はウインクを飛ばした。
あざとい。
「ねえ! ちょっとわたしに付き合ってよ!」
くるりとその場でターンすると、少女が纏うドレスがふわりと舞った。
「わたしも、お祭りに参加してみたかったの! ね!」
少女は、少し強引に俺の腕を引っ張った。
つま先が目指すのは、出店が並ぶ大通り。
ああ、なんだか、面倒ごとの予感がする。
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