第6話 復縁/リスタート
艶のある髪をスパイラルパーマにした女は、酷く狼狽していた。
「あ、ありえないでしょ。そんなの」
地面を蹴り飛ばし、バックステップを踏みながら、女は叫ぶ。
「
俺を狙い撃ちした武装解除呪文はしかし、その効果を発揮することなく終わった。
何故って、俺はそもそも武器を携帯していない。
「ありえない。ありえない」
だから、女の焦り方は、さらに加速した。
「まさか、詠唱も杖も無しに、他人の魔法に干渉したとでもいうの⁉」
影を縛られ、動きを封じられていた俺の体が自由を取り戻す。
反撃の許可を受けたアイが、水を得た魚のようにいきいきと活躍し、停止呪文を解除したからだ。
「あなた、いったい、何者なの」
女は極端に硬い声でつぶやいた。
最近、やけに聞かれるな。
「エース。しがない雑貨屋の息子だよ」
「ふっ、ざけるな! お前のような凡人が、いてたまるか!
胸中で文字の羅列が躍る。
《無駄です》
女が叫べど猛れども、魔法の一つ、俺には届かない。
呪文を唱え、杖を振る。
その間にアイの術式解析は完了しており、魔法は発動する前に解体されていく。
《さてマスター。どのように調理してやりましょうか。即死呪文? それとも――》
(拘束呪文)
ウキウキしているアイに要望を告げると、わーわーと騒ぎ始めた。
《手ぬるい! 手ぬるいですよマスター! この女はマスターを傷つけようとしたんですよ! もっと痛い目をみせないと!》
(でも禁術はダメだ。前回は特例で許されたけど、今回もまたお目こぼししてもらえるとは限らない)
いまならわかる。
そうなったとき、ハーティアは罪をすべて被り、俺の身代わりになろうとする。
拷問のような責め苦を受けて、逃げなかった彼女だ。
そうなるのが、目に見えている。
(俺は、ハーティアを守りたいから戦う覚悟ができたんだ。彼女がいなくなったら、俺が覚悟を決めた意味がなくなる)
だから、手ぬるいと言われても、後ろ指さされても、答えは変わらない。
(拘束呪文を頼む、アイ)
《……仕方ないマスターですね》
ぶつくさ語りながらも、アイは俺の要望通りの魔法を発動してくれた。
「それから、これはもらっておくよ」
俺は女に歩み寄ると、彼女の手に握られた杖を奪い取った。
この世界では、杖が魔法を使うための必須アイテムらしい。
逆説的に、杖さえ奪ってしまえば魔法使いの脅威度は大きく下がる。
「う、ふふふふふ」
女は笑っていた、不気味に。
「素敵よ、ボウヤ。お姉さん、君のことが気に入っちゃった」
背筋がぞくっとした。
「ボウヤ、好きな人はいる? お姉さんと付き合わない?」
《よかったですねマスター。望んでいた愛情ですよ》
(なんだろう、この、コレジャナイ感)
何かがおかしい、そんな気がした。
「愛していたあのお方がこの世を去って10年。いまだに埋まることのないこの胸の穴を、あなたなら埋めてくれる、そんな予感がするの」
たまらずたじろいだ。
相手にはすでに拘束呪文をかけていて、攻撃の要である杖は俺の手に握られている。
無力化は完了している、間違いなく。
「うふふ、素敵な提案だと、思わない?」
それなのに、気おされているのは俺の方だった。
《どうします? やっぱりぶっぱしておきます? 即死呪文》
悩みどころだ。
「ご冗談を、あなたは監獄送りです。二度とエース様に近づけると思わないでくださいませ」
気が付けば、ハーティアが俺をかばうように立っていた。
それだけのことで、どこかホッとする自分がいた。
「ふふ、残念」
女はさして悲しむ様子もなく言い放った。
「また会いましょう、愛らしいボウヤ」
……終身刑になってくれないかな。
本気でそう思った。
◇ ◇ ◇
《納得いきません》
壊れたスピーカーのように、アイが同じ不満を繰り返す。
《あの女を拘束したのはマスターなのですよ! もっとほめたたえられるべきです! それなのに》
(まあまあ、落ち着けってアイ)
《これが落ち着いていられますか!》
耳を塞いだ。ふさいだところで、叫ぶ声は胸の内から響いているのだから、意味のないことだけど。
あの女は、かつて魔法界を混沌に陥れようとした邪悪な魔法使いの忠実な従者の一人だったらしい。
10年前、つまり邪悪な魔法使いの訃報とともに、組織の団員の大半は監獄送りにされたらしい。
だが、中には逃げ延びた者もいた。
彼女は指名手配犯の一人だった。
無力化された彼女は連行された。
裁判は行われるが形式上の物だという。
終身刑はほぼ確定なのだとか。
女を引き取りに来た魔法使いが、ハーティアにそんな説明をしているのを盗み聞きしたから間違いない。
さて、そんな凶悪犯をとっ捕まえたのだから、称賛されてしかるべきなのだ、というのがアイの主張だ。
もちろん、俺自身はそんな名声求めちゃいない。
早々ハーティアに丸投げしたわけだ。
面倒くさい手続きもろとも。
《取り調べ中にマスターの名前を出していますように》
不吉なことを祈るなよ。
ごく一部の、10年前の事件の真相を知っている人はともかく、それ以外は戯れ事だと思ってくれると願うしかないか。
トントントン、と扉をノックする音がした。
「来たわ! きっとハーティアよ! はぁい、いま開けますからね!」
母が軽い足取りで勝手口へと駆け寄った。
扉を開けると、プラチナブロンドの髪と長い耳が特徴的な女性が立っている。
「ただいま戻りました」
だから、俺は身をこわばらせた。
謝ろうと思っていたのに、決意はしてきたはずなのに、いざ、彼女を目の前にすると、動きがぎこちなくって、用意していた言葉が何一つ声として生まれてきてくれない。
《ほら、マスター、いまですよ!》
わかってるよ、ったく。
「ハーティア、ごめんなさい」
俺は深々と頭を下げた。
「大事な家族だ。そのことに、改めて、気づけたんだ」
たとえ血は繋がっていなくても、本当の家族だった。絶対、間違いなく。
「ハーティアにはひどいこと言った。それでも」
不安な気持ちが顔をのぞかせる。
答えを聞くのを恐れている。
それでも、傷つくことを覚悟して一歩踏み出すことを勇気と呼ぶのなら、勇気を振り絞るべき時があるのだとするのなら、それは間違いなくいまだ。
「また、いままでみたいに、一緒にいてほしいんだ。ずっと、ずっと」
恐る恐る、問いかけた俺に、彼女は微笑んだ。
「もちろんですよ、エース様」
ぎゅっと、彼女の腕の中、抱擁された。
彼女の温かさと優しい香りに包まれていく。
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
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