第24話 助ける必要性
「やっと来た」
レンに呼ばれて教室に戻ってくると、
その声は廊下に響き渡り、教室の前には人だかりができている。
そこから少し離れたところで呆然としていたら、後ろから制服の上からパーカーを着て、フードを被る女の子に声をかけられた。
「レン……。スカート似合ってる」
「うっさい! オレの顔見て安心してんじゃねぇ!」
レンが俺のことを蹴ろうとしたけど、途中で足を止める。
理由はスカートだからってところが可愛いけど、手を使わなかったのは俺が前に余計なことを言ったからなのだろうか。
「いやだってさ、半信半疑だったんだよ」
「なにが?」
「レンが同じ学校だってこと」
レンからそうだと聞いていても、実際に見るまでは信用できなかった。
「オレを疑ってたんだ」
「レンみたいな可愛い子が噂にならないのおかしくない?」
「馬鹿は黙れ。それに噂になってるっつの」
「可愛いことをついに認めたか」
「お前さっきまでほんとに落ち込んでたのか?」
レンが疑うのも仕方ないけど、俺は確かにどん底一歩手前ぐらいまでは落ち込んでいた。
だけどそれもレンの顔と、怒る水萌さんの声を聞いて少し回復した。
「水萌さんが怒ってるのってさ……」
「オレも途中からだから詳しくは知らないけど、多分そう」
水萌さんははっきり「私の大切な人」と言っていた。
自慢ではないけど、水萌さんの大切な人である自信はある。
というか、水萌さんに他に大切な人がいるみたいなことを聞いたことがないし、それにタイミングがタイミングだから。
「ちなみにどうやって呼んだ?」
「『待ってる』って」
「教室で話すわけにもいかないし、場所を教えるわけにもいかないだろうからそうなるだろうけど、確かに金魚のフンが騒ぎそうだな」
「取り巻きと言え。お下品な」
そういうことを恥じらいなく言えるのはレンのいいところだし、俺もレンのそういうところは嫌いではない。
だけどせっかく可愛いのだから、それらしい言葉を使って盛大に照れて欲しい。
「サキはオレにいい言葉遣いを使って欲しいのか?」
「今更やだ。俺としてはレンが照れてくれればなんでもいい」
「そ」
てっきり怒ると思ったけど、レンの表情は変わらない。
正確には少し頬が緩んでる気がしたけど、見つめてたらムッとしてしまったのでよくわからない。
「その顔いい」
「お前はどんな時でも変わらない……こともないのか。それより止めに行かないのか?」
「行っていいのかな……?」
水萌さんの怒声は今も続いている。
「うるさい!」や「知らない!」など、子供のような言葉だけど、気持ちは伝わる。
水萌さんは俺の為に怒ってくれている。
それを俺が止めるのは水萌さんへの裏切りになるのではないのか、そう思う自分もいる。
「ばかなの?」
「だよなぁ……」
「わかってんなら行けや」
もちろんわかっている。
水萌さんは俺の為に怒っているのだろうけど、別に怒りたいわけではないことを。
怒ってしまって、それをどうしたらいいのかわからなくなっていることを。
「水萌さんは俺を待ってくれてるかな……?」
「オレに聞けばなんでも答えてくれると思うな。そもそもそういうのはサキの方がわかってんだろ」
レンがため息をつきながら俺の腕に拳をぶつける。
レンが頼りになるからと、確かに頼りすぎていたのは認める。
そしてこれは俺が自分で決めて、俺がどうにかしないといけないことなのも理解している。
「でも聞く。俺が行っても大丈夫だよな?」
「まったく……。サキのやりたいようにやって勝手に撃沈しろ。骨は拾ってやる約束したんだしな」
レンはそう言って俺を叩いてくれた。
言葉でも、物理でも。
「頼ってばっかでごめん」
「別にいいよ。サキはオレがいないと駄目なんだもんな」
「割とマジでそう」
「愛が重すぎてオレだけだと支えきれないから、もう半分を支えてくれる人のとこ行け」
「なんだかんだで優しいレンのこと、ほんとに好きだよ」
「うっさい、バカ!」
レンは顔を真っ赤にして逃げるようにその場を立ち去り……少し離れたところで立ち止まる。
「見守ってはくれるんだからな」
そういう律儀なところがほんとに可愛らしい。
「行ってくる」
聞こえないだろうけど、レンにそう伝えて俺は人だかりに向かう。
動き出せば止まらない俺は、人だかりがあるからといって止まることはしない。
素直な俺は「邪魔」と一言言って人をどけ、教室の中に入った。
人だかりと水萌さんの周りであわあわしている連中が突然の俺の登場に驚いていた。
水萌さんは背中を向けているからまだ気づいていない。
「も、
「なに! まだ
「違くて、そのね……」
水萌さんの前にいる女子が両手を前に出して水萌さんを落ち着けようとしているけど、落ち着かない。
そしてその女子は俺と水萌さんを交互に見ている。
(……なるほど)
少し静観することにした。
「なんなの! 散々舞翔くんを悪く言っておいて、まだ言い訳するの?」
「だから違くてね」
「つまり舞翔くんへの悪口は訂正しないってことなんだね?」
「えっとそれも違うと言いますか……」
「はっきりしてよ!」
水萌さんの相手をしている女子が俺に視線で助けを求めてくるが、まあそんなの知らない。
ちなみに助けを求めてきているのはその女子だけでなく、周りの金魚の……取り巻き達もだ。
俺は助けを出さない。
少なくとも水萌さんを怒らせた原因の為には。
「とにかく私は舞翔くんへの悪口を謝罪しない限り許す気はないし、謝罪しても許さない」
「だからそれはさっきからごめんって──」
「私に謝られても意味ないでしょ!」
おそらく水萌さんを止めた方がいいのだろう。
これ以上は今後の学校生活に支障をきたす可能性がある。
だけどそれとは別に、水萌さんはこうして言いたいことを全てさらけ出した方がいいとも思う。
これ以上抱え込んでいたら、俺が息抜きになると言ってもいつか壊れる。
そうなる前に一度全部を空にするべきだ。
それに……
(水萌さんの揺れる髪見てるのが結構楽しい)
こんな時に言うようなことではないけど、水萌さんの感情とリンクしている亜麻色の髪を見ているのが俺は好きなようだ。
どういう原理で動いているのか謎だけど、ゆらゆら、ふぁさふぁさしてるのを後ろから見てると、なぜか無性に心が落ち着く。
だけどそろそろ昼休みも終わりが近づいているし、ポケットのスマホが鳴り続けているので動き出すことにする。
「み……も……。うん、水萌さん」
いつも通り『水萌さん』と呼べばいいのか、学校での呼び名の『森谷さん』にするのか悩んで、水萌さんにした。
理由は単純で、水萌さんが俺のことを『大切な人』と明言してくれたのだから、俺も水萌さんを他人行儀な呼び方にしたくなかった。
「水萌さーん?」
「……」
だけどその水萌さんは俺の呼びかけに反応しない。
聞こえていないのかと思ってもう一度声をかけると、肩が震えたので多分聞こえている。
「あ、もしかして水萌の方が良かった?」
「……」
俺がそう言うと、水萌さんがロボットのようにガチガチになりながら俺の方に身体を向けた。
ロボットと言ったが、最近のロボットに比べたら、ロボットの方がなめらかに動きそうだ。
「やっと気づいてくれた」
「……」
「ん?」
水萌さんが無言で俺に近づいてきた。
そして無言の頭突きを受ける。
何度も。
「痛くはないけど、なに?」
「色々とごめんなさいっていうのと、舞翔くんのばかっていうのを表現してる」
「よくわからないけど、可愛いからいいや」
なんだかとても久しぶりに水萌さんとまともに話せた気がして、俺は今とても機嫌がいい。
今なら水萌さんにどんなことをされても許せる。
もちろんまた話してくれはくなったら元通りに落ち込むけど。
「それより。ありがとう」
「私は何もしてないもん。むしろ私のせいだもん……」
水萌さんが俺の胸に頭を押し付けながら言う。
「それでもだよ。俺の為に怒ってくれたんでしょ?」
水萌さんが頷いて答える。
「だからありがとう。正直言いたいことはたくさんあるけどさ、今はありがとうだけ伝えるね」
「……ごめんなさい」
「謝る必要ないよ。後でちゃんと説明はしてもらうし」
「話す。ちゃんと話して舞翔くんとお話をたくさんする」
「楽しみにしてる」
現地は取った。
水萌さんは嘘なんかつかないから、これで俺の悩みは解決した。
だけど、一つの悩みが解決しても、新しい悩みができてしまったので、その解決も済ませなければいけなくなったのだけど……
「二人はどういう関係?」
さっきの女子からの問いかけに、都合のいい答えを探し出さなければいけない。
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