第25話 二人の関係性

 問題が解決したら新たな問題が生まれる。


 つまり生きている限り、常に問題とは隣り合わせということになるわけだが、それなら問題があることは自然なことで、わざわざ『問題』なんて呼称する必要はないはずだ。


 だから普段は問題に関わっていないはずで、こうして関わってしまうから『問題』と定義するのだ。


 でもそれだと最初の発言に矛盾が生まれる。


 なので答えとしては、普段は問題を問題として認識していないので、こうして大きな問題に関わった時に悩むことになるわけで……


「もう現実逃避で時間稼ぎはできないのかな?」


「なんか久しぶりに舞翔まいとくんの不思議さんを見た」


「不思議さんとは? とか聞いてる時間も無さそう」


 まだ少し余裕はあるけど、昼休みもそろそろ終わる。


 そして水萌みなもさんの金魚のなんちゃらさん達からの「説明はよ」みたいな視線は無くなる気配がない。


 だから現実逃避をしていたのだけど、水萌さんは今も俺の制服をぎゅっと握りしめ、離れようとしないので、言い逃れもできそうにない。


 正直まだなんて説明しようか考えついていない。


(さて水萌さん)


(お耳がくすぐったい)


(後で可愛いを清算するとして、どうするの?)


 俺一人の独断で説明するわけにもいかないので、水萌さんに相談しようと耳打ちをしたら、状況をわかっていないのか、満面の笑みを返された。


 なんか俺が色々考えてるのが馬鹿らしくなるぐらいに可愛いのだけど、さすがに関係をそのまま話すわけにもいかない気がした。


 普通に説明するなら『友達』で済むのだけど、なんとなく、というか絶対に信じてもらえない。


 何せ今水萌さんは俺にほとんど抱きついている状態なのだから。


 それがなくても水萌さんと俺が友達なんて信じられないだろうけど。


(一旦離れたりしない?)


(やだ。舞翔くんともう離れない)


(俺から始めたけど、耳元で水萌さんの声聞くのやばいな……)


 たたでさえ可愛らしく綺麗な声で、声を聞くだけでいつも癒されているのに、それが耳元で、しかも囁かれるようにされると、なんか抱きしめたくなる。


 さすがに二人っきりでもしないけど。


(舞翔くんは私がじゃ──)


「そんなわけないでしょ。いいよもう、吹っ切れた」


 水萌さんに言わせてはいけないことを言わせようとした自分を許せなくなり、そもそもなんでこちらが気を遣わなくてはいけないのかという結論に至った。


「一つだけ確認するけど、水萌さんはどっちを選ぶ?」


「舞翔くん、私は舞翔くんとお話できなくて本当に嫌だった。私のせいなのはわかってたけど、それでも自分勝手に『舞翔くんなら』とか思って自分からは何もしなかったの」


 俺の確認の内容が伝わっているのかわからないけど、とにかく今は水萌さんの話を静かに聞く。


「それでね、さっき舞翔くんが私に声をかけてくれたのが本当に嬉しかったの。多分一人だったら泣いちゃってたかも」


「大袈裟な」


「ほんとだよ。でもね、その舞翔くんの行動をあの人達は馬鹿にした……」


 最後の方だけは俺にだけ聞こえる声で水萌さんが言う。


 その表情にいつもの水萌さんの感情はない。


 少なくとも俺はこの表情の水萌さんを初めて見た。


 いつも元気な水萌さん。たまに拗ねる水萌さん。何かを諦めたような水萌さん。そしてさっきの感情に任せて怒る水萌さん。


 そのどれとも違う、完全な『無』の表情。


 前にも無表情は見たことがあるけど、その時は『冷たい』感じの諦めた表情だった。


 だけど今のは、怒りがオーバーフローして、ゼロに戻ってきたような、そんな表情だった。


「つまり?」


「私には舞翔くんがいればいい。正確に言えば陽香ようかさんも大切だけど、そういう話でもないよね?」


「うん。それだけ聞けたら満足」


 水萌さんの表情が一気に綻ぶ。


 俺の為に怒ってくれるのはとても嬉しいけど、やはり水萌さんは笑顔が一番似合う。


 まあ怒ってる水萌さんも、笑顔の水萌さんとのギャップがすごくて好きではあるが、それは絶対に言わない。


「よし、時間は少ないけどお昼を食べに行こうか」


「行くー」


「いやいや、説明してよ」


 俺と水萌さんが教室を出て行こうとしたら、金魚の一人に呼び止められた。


「誰もするなんて言ってないんだけど?」


「それはそうかもだけど、せめてこれだけは教えて。あなたと森谷もりやさんは──」


「友達」


 金魚の一人が言い切る前に答える。


 無視しても良かったけど、そうすると水萌さんに迷惑がかかりそうな気がしたので、最低限のことだけは伝えることにした。


 水萌さんには確認を取ったけど、それでも水萌さんに何か迷惑がかかるのは嫌だ。


「そんなの信じられるか!」


 今まで話していた女子ではなく、別の金魚の一人である男子がそう言った。


「信じられないなら最初から聞くな」


「なんでお前みたいなパッとしない奴が森谷さ……」


「黙れ」


 なぜそんなに水萌さんに怒られるようなことをするのかと思いながら、隣の水萌さんには注意していた。


 怒るのも疲れるだろうし、何よりあんな奴らの為に水萌さんの喉を酷使する必要はない。


 だから男子を睨んだ水萌さんをなだめようとしたら、先程の女子が先んじて言葉を発し、裏拳によって男子を一撃で沈めていた。


「これ以上森谷さんに迷惑をかけるな」


「すご」


「あ、舞翔くんが私以外の女の子を見つめてる!」


「後でなんでもするから今は許して」


「許す」


 水萌さんからの許しも得たので、裏拳女子を眺める。


 正直見たからといって何かあるわけでもないけど、面白いものを見せてもらえたこともあるが、ちょっと思うことがあった。


「そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」


「いや、どっちかなって思って」


「どっちとは?」


「水萌さんの敵か味方か」


 今の裏拳を見ると、水萌さんの不快を買わないようにやったように見えるけど、心の内では水萌さんに取り入ろうと画策した可能性がある。


「まあどっちにしろ興味無いからいいや」


「うん? よくわからないけど、なんか森谷さんから圧を感じるよ?」


「いつものことだから平気」


 水萌さんが俺と裏拳さんに交互にジト目を向けている。


 反対側にいるから仕方ないけど、首を交互に振るものだから可愛さしかない。


「舞翔くんの浮気者」


「どこでそんな言葉覚えたの」


「バカにして……そうだ」


 とてつもなく嫌な予感がした。


 理由は単純明快で、水萌さんの表情が妖艶になったから。


「綺麗な顔にはご注意を、とか言ってる場合じゃなく。水萌さん、早く行こう。お昼食べる時間が無くなっちゃうから」


「うん、行こ。舞翔


 水萌さんが笑顔で投下した爆弾によって、文字通り空気が凍りついた。


 時が止まったとも言える。


(やりやがった……)


 俺には満面の笑みの水萌さんにジト目を送ることしかできない。


「も、森谷さん。お兄ちゃんって?」


 裏拳さんが聞かなくていいことを聞く。


「聞くな」と、言いたかったけど、俺もまだ頭の整理がついていなくて、言葉が出てこない。


「言葉通りの意味だよ? 私と舞翔お兄ちゃんは兄妹なのです」


「え!?」


 なぜこの子は息を吸うように嘘をつくのか。


 水萌さんは絶対に嘘をつかない子だと思っていたけど、どうやら俺への罰の為なら嘘ぐらいは簡単につくようだった。


「ずっと隠してきてたけど、お兄ちゃんを悪く言われてとっても嫌だったから」


「だから……」


(信じるのかよ……)


 裏拳さんはなぜか納得のいったような顔つきになる。


 何をどう聞いても嘘なのはわかるのに、水萌さんの普段の行いからなのか、俺でも事実を知らなかったら嘘だと気づけないかもしれない。


 だけどこの嘘は使える。


「そうだな、血の繋がりはないけど」


「だから名字が違うの?」


「そう。バレたら色々とめんどうだから」


 両親の離婚とかも考えたけど、後々のことを考えると血の繋がりはない方が楽な気がした。


 嘘の中には真実を混ぜた方が真実味が出てくるとは有名な話だし。


「とにかく、と俺はそういう関係。それでも俺と水萌が一緒に居るのは駄目とか言い出すか?」


 俺は未だにお腹に手を当ててしゃがんでいる男子に目を向ける。


 そいつは何も答えずに視線を逸らす。


「わかってると思うけど、何か聞かれても答えるつもりはないからな?」


「当たり前だね。プライベート過ぎる話題だし」


 一番の理由は嘘だからなのだけど、兄妹設定を否定しなかった理由としてはそれがある。


 普通なら言わずもがななのだろうけど、絶賛うずくまってる奴なんかは無遠慮に聞いてくるだろうし。


「じゃあ説明は終わり。そして昼休みも終わり」


「え! お兄ちゃんのご飯は?」


「残念ながら時間切れ。帰ったら食べていいよ」


「我慢する」


 手に持つお弁当の包みを水萌さんの前で振り子のように右へ左へやると、それにつられて水萌さんの顔が動く。


 そうやっていつものような感じで水萌さんに接していたら、なぜだか周りにいた奴らに生暖かい目を向けられた。


 よくわからないけど、廊下で堪えるように笑ってる奴には後で制裁を与えておくことにする。

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