第23話 話し合いの第一歩
そして来て欲しくない時間というのはすぐに来るもので、四時間目を終えるチャイムが鳴る。
今日は告白に呼ばれていないようで、今はクラスの人の誰が水萌さんと一緒にお昼を食べるか、勝手に話し合っているのを俯きながら聞いている。
俺と一緒に食べていた時は普通に抜け出していたようだ。
おそらく告白をされに行っているのと勘違いされていたのだろう。
実際は既に忘却の彼方にいる『クラッシャー』こと、俺と一緒にお昼を食べていたのだけど。
まあそんなことを考えて現実から逃げるのもそろそろ終わりだ。
(ここで逃げたらレンに怒られるだろうし)
昨日せっかくレンに背中を叩いてもらったのに、いざ本番になってひよったなんて言ったら……多分レンは優しいから慰めてくれる。
だけどそれは駄目だ。
レンに甘えるのは対等な時だけにしたい。
そうしないと、レンの反応を素直に楽しめない。
(行くか……)
いざ水萌さんの元に行こうと席を立とうとしたら、心臓がとてつもない痛みを発した。
正直怖い。
俺はあくまでクラスのモブBなのだ。
教室の隅でひっそりと学校生活を送って、卒業した次の日には「誰それ?」と言われる存在。
というか今でもそうだ。
そんな俺が望まずにクラスの頂点に立っている水萌さんに話しかけるなんて普通ならできない。
正確には水萌さんに取り巻きが付いている状態ではになるが。
水萌さんとレンが話しやすく、安心するから勘違いしそうになるけど、俺はそもそも対人恐怖症で人見知りなのだ。
(だからこそだろ、行け)
そう、だからこそ水萌さんという大切な友達と空中分解なんてしたくない。
一度息を吐いてから無理やり足を動かす。
俺みたいな人間は、やろうとするまでに時間がかかるけど、無理やりにでもやってしまえばなんとかできる。
俺が水萌さんの告白に割り込んだ時も、正直関わり合いになりたくはなかったけど、母さんのお弁当を無駄にしたくなかったから動けた。
レンが絡まれてる時は、口が滑ったのもあるけど、あちらから絡んできたので相手をせざるをえなかったから相手にできた。
だからこうして動いてしまえば。
「み……森谷さん。待ってる」
水萌さんの後ろ姿にさう告げて、俺は教室を逃げるように出て行く。
緊張から『水萌さん』と言いそうになったけど、なんとか堪えることができた。
水萌さんならあれで俺が言いたいことは伝わっただろうし、周りの奴らからしたら無謀な告白をしようとしてると思われるだけで済む。
そして教室では普段通りにしていれば俺がフラれたのだと思われてそれで解決だ。
「問題は……」
いつもの体育館裏に着いた俺は、いつもの階段に腰を下ろして一つの懸念を思い浮かべる。
「そもそも俺を避けてる水萌さんがここに来てくれるかなんだよな」
理由はわからずとも、水萌さんは俺を避けているのだからそもそもここに来てくれる保証はない。
俺がしたのは「俺は水萌さんと話したい」と伝えただけに過ぎない。
水萌さんが俺を避ける理由がわからない以上、来てくれない確率の方が高い。
「その場合はちょっと本気でレンに慰めて欲しい……」
自分でも驚きだったのだけど、今の俺は結構沈んでいる。
日曜日はまだ大丈夫だったけど、月曜日に水萌さんがここに来なかった時から食事がまともに喉を通っていない。
昨日に至っては朝を食べないで、お弁当を昼と夜で食べ切ったぐらいだ。
「どんだけ大切なんだよ。いや、大切だけどさ」
おそらく水萌さんが俺を避ける理由を教えてくれていたのなら、少しは心境も違ったのかもしれない。
俺に何か落ち度があったのなら改善したり、そういう対応ができたから。
でも理由がわからないと、何もできなくてレンに泣きつくしかできない。
レンがいるからまだ壊れないでいられるけど、もしもレンがいなかったら俺は水萌さんとの関係を諦めて、学校に来れてるかも怪しい。
「はっ、俺ってそんな弱いんだ」
自嘲気味に笑い、膝を抱える。
まだ大丈夫だ。今はまだ水萌さんがやって来る可能性がある。だから今日は大丈夫。この昼休みまでなら俺の頬が濡れることはない。
「これは来ないか……」
なんだかんだで五分ぐらいは経っているけど、水萌さんが来る様子はない。
教室からの時間を考えたらもう少し経っているし、これはさすがにそういうことだ。
「普通な顔して教室戻れ……」
気分が沈み込む寸前で、俺のスマホが震える。
俺にメッセージを入れるのは母さんかレンだけしかいない。
そして母さんは機械音痴なのでめったにスマホを使うことはない。
それと時間的にレンからで確定する。
「上手くいったかの確認かな」
レンは優しく心配性だから、俺が水萌さんとちゃんと話せたか確認をする為のメッセージだろう。
でも、レンのことだから確認は早くても次の休み時間だと思っていた。
昼休みは水萌さんとしっかり話す為に。
「それだけ心配させたのか。だけどごめ……ん?」
スマホ越しにレンへ謝罪しながらスマホを開くと、そこにはレンからなのは確かだけど、文章が気になった。
レン『傷心中のとこ悪いけど、教室へGO』
サキ『どゆこと?』
まず、なんでレンは俺が傷心中なのを知ってるのか。
そしてなんで今教室に行かなければいけないのか。
「正直行きたくはないんだよな」
おそらく教室に水萌さんは居ない。
俺と一緒にお昼を食べる前は、食堂か購買に行っていたらしいので、食堂で食べていれば確実に居ないし、購買に行っているなら教室から少し遠い位置にあるので、まだ帰ってきていないはずだ。
後者はあくまで希望的観測だけど。
そんなことを考えていると、レンからまたもメッセージが届く。
レン『今来ないと後悔するかもよ?』
サキ『だからどういうことだよ』
レン『とにかく俺は言った。じゃ』
サキ『おい』
いつもならすぐに『既読』の二文字が付くのに、それが付かない。
「……」
ちょっと気に食わなかったのでレンにスタンプを連打した。
すると三十個目ぐらいのところで『既読』の文字が付いた。
レン『うるせぇ。いいから来い。来たら特別に今度会った時に頭撫でてやる』
サキ『行く』
レン『頑張ったご褒美だから忘れたりしないから』
サキ『うん』
今度は『既読』の文字が付いた。
だけどその先に返信がないのはさすがにわかるので、俺はスマホを閉じる。
「何かあるんだよな」
そうでなければレンがわざわざ俺を呼ぶ理由がない。
レンが俺と水萌さんとの仲を引き裂きたいとかなら、悪化の為に呼んだ可能性はあるけど、レンは絶対にそんなことはしないので違う。
そうなると、考えつくのは一つしかない。
「……ここでひよったら多分全部終わるよな」
ここだけは逃げることをしたらいけない気がする。
逃げたら水萌さんと一生話せない気がするし、レンからも見放される気がする。
水萌さんだけでもこんなに落ち込むのに、レンにまで見放されたら俺は……
「レンに叩いてもらえば良かったかな? いや、押されたか」
今のメッセージはレンからの最後の押し込み。
それを受けておいてここで足を動かさないのはレンへの裏切りだ。
「行け、俺」
自分にそう命令して、俺は立ち上がる。
俺は動けば動ける人間だ。
だから歩き出せば止まることはない。
その足が止まったのは、俺のクラスの教室から「私の大切な人を悪く言うな!」と、水萌さんの怒声が聞こえたからだ。
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