第22話 レンの相談所【来店理由】叩いて欲しい

サキ『病みそう』


レン『昨日も一昨日も聞いた』


レンにメッセージを送ったら、いつも通り即返信が返ってきた。


 日曜日に水萌みなもさんがうちへ来ないのはなんとなくわかっていたけど、それでも月曜日に学校に行き、昼休みになればいつも通り話せると思っていた。


 だけど月曜日に水萌さんは来ず、火曜日の今日もやって来なかった。


 学校には来ているけど、教室では他人のフリをしてるので話しかけることはできないし、水萌さんはクラスメイトの対応で忙しそうでそれどころでもなさそうだった。


サキ『やっぱり水萌さんに嫌われたのかな』


レン『女々しいこと言うなよ。俺は森谷もりやさんのこと詳しく知らないけど、サキが友達と一緒に居るのを見ただけで嫌いになるような人じゃないんだろ?』


サキ『うん。嫉妬はしても、嫌いにはならないと思いたい』


 俺だって水萌さんのことを全てわかるわけではない。


 確かに水萌さんはレンの話をするのを嫌うけど、それはレンのことを嫌いだからとかではなく、俺がレンの方を一番に思って水萌さんとの関係を蔑ろにするのを嫌がっているからだ。


 ひとりになるのが嫌だから。


レン『俺のことを知ったのかもって思ったけど、それならなおさらサキから離れることはしないだろうし』


サキ『むしろレンを俺から離すって?』


レン『そ』


 水萌さんを独りにするつもりがないように、レンのことも独りにするつもりはない。


 もしも水萌さんが俺にレンと友達をやめるように言ってきたら、レンのいいところを一晩中でも語る。


 それでも駄目なら仕方ないけど、わかってもらうまでレンのいいところを語り続ける。


 もちろんレンを含めて。


レン『今寒気したんだけど』


サキ『風邪? 看病しようか?』


レン『体でも拭いてくれんの?』


サキ『レンが望むなら』


レン『ほんとにしそう。俺の体はそんなに安くねーから』


 さすがの俺でも、女の子の身体を拭くなんて多分できない。


 それが『恥ずかしい』を言えなくなるレベルならできる。


 他ならおかゆなんかを食べさせるぐらいならできそうだ。


サキ『もしもの時は言ってな』


レン『サキもな。正直うちにサキを入れることってできないから、俺の看病は諦めて欲しいけど』


サキ『弱ったレンとか見てみたかったけど』


レン『別に普通だよ。風邪で弱ると甘えたになる人とかいるけど、俺は逆に機嫌が悪くなる方かも?』


 機嫌が悪くなるがどれぐらいのものなのかはわからないけど、普段のレンぐらいならなんとかなりそうだが、もしもそれ以上になると『強硬手段』が必要になりそうだ。


 それが本当ならだが。


レン『そんなことより、森谷さんはどうすんの?』


サキ『どうしよう』


レン『弱気なサキを直接見たかった』


サキ『俺も大概だと思ったけど、人の弱る姿見たがるってどうなの?』


 俺が先に『弱ったレンを見たい』と言ったけど、そもそも友達の苦しむ姿が見たいなんて最低と言われても仕方ない。


 まあ似た者同士って言えば聞こえがよくなる気がするけど。


レン『それはそれとして、実際問題どうしたいの?』


サキ『水萌さんと話したい』


レン『なんか別れ際のカップルの相談受けてる気分』


サキ『結構真面目なんだけど』


レン『ごめん』


 俺が相談してる側だから、付き合わせているレンが謝ることでもないのだろうけど、多分俺は結構切羽詰まっている。


 今までの俺ならむしろ独りで居たいと思っていたのに、昼休みに独りでお弁当を食べるのが寂しくなっていた。


 風で草が揺れたりした音を聞いて「水萌さん?」と呟いてしまうことがあるぐらいには、独りが辛くなっている。


サキ『三日で俺の心を持っていかれたんだよね』


レン『言いたいことはわかる。でもだったらやることは一つだろ?』


サキ『そうなんだよな』


 答えは最初から持っていた。


 だけどそれは俺だけの問題ではないし、水萌さんの気持ちを無視する行為になるからできなかった。


レン『俺に背中でも押して欲しかったのか? 押さないぞ?』


サキ『優しくない』


レン『俺は責任取れないし、言っちゃえばお前達の問題だろ?』


 レンの言葉は冷たいようだけど事実だ。


 レンはその場にたまたま居合わせていたけど、あくまで俺と水萌さん(友達の友達)の関係がギクシャクしているだけ。


 変に口出しして俺と水萌さんの仲が悪くなったらレンには責任が取れない。


 そもそも俺はレンに責任を押し付ける気はないが、それでもレンは気にしてしまう。


 だからこれは俺が決めて、俺がなんとかしないといけないことだ。


レン『骨は拾ってやろう』


サキ『アフターケアをしてくれるあたり、レンってほんと優しいよな』


レン『もっと称えてくれていいんだぞ?』


サキ『ほんとにレンと出会えて良かった。レンと友達になれたのは俺にとって同率一番の幸運だよ。大好きだよ』


レン『ばーーーーーーーーーーーか』


 称えてくれと言うから本心をさらけ出したのに、なぜか罵倒が返ってきた。


 やはりこういう時は電話をしていたかったと心から思う。


サキ『あ、もしかして足りなかった?』


レン『オーバーキルだ馬鹿。それより決心ついたのか?』


サキ『やるけど勇気が出ないからレンに背中を叩いて欲しい』


レン『押せないからって叩けと。頑張れって?』


サキ『それは押してる。叩いて』


レン『ドMが』


 絶対に言われると思ったけど、レンから「頑張れ」みたいな言葉を受けても何か違う気がしてしまう。


 レンにはもっと強く、情けない俺を殴ってでも押し出して欲しい。


レン『電話』


サキ『喜んで』


 俺の返信から数秒でレンから電話が掛かってきた。


『主語だけで通じるのなんなん?』


「レンは照れるとそういうところあるから」


『絶対にないだろ』


 そうでもない。


 レンは照れて俺を殴る時「うるさい」なんかの一言で済ませるから似たようなものだ。


『それより殴って欲しいんだっけ?』


「いや、叩いて欲しい」


『オレはそんなに優しくないけど?』


「レンは優しいよ。なんだかんだで電話してくれてるんだから」


『切るぞ?』


「いつもありがとう」


『……バカが』


 スマホのスピーカー越しに何か、ぬいぐるみのようなものを撫でる音が聞こえた。


 さすがに気のせいかもだけど。


『いいか、一回しか言わないし、金輪際こんなことはしないからな?』


「と言いつつ?」


『切るぞ?』


「レンの反応が可愛いせいだっていつも言ってるよね?」


『なんでオレが怒られてんだよ』


 俺がレンをからかうのはレンのせいであって俺のせいではない。


 いじめをする奴と同じ考え方なのは嫌だけど、でも本能には抗えない。


「ちなみに大好きなのは本当だからな?」


『ほんとにやめろっての。もうさっさと済ます』


「レンと話せて嬉しくて。昨日は会えたけど一昨日と今日は会えてないし」


 いつの間にか俺は独りが駄目になっているようだ。


 昼休みは水萌さんが居て、放課後にはレンが居る。


 ほんの数日の関係なのに、それが少し無くなるだけで無性に寂しくなっている。


「水萌さんとも話したい……」


『……っといけない。庇護欲に駆られて優しくするとこだった』


「レンの優しさを今だけ封印して」


『オレは別に優しくないっての。何回言うんだか』


 多分レンが自分の優しさを自覚するまでずっとだ。


 俺はずっとレンを優しいと言い続けるから。


『まあとにかくだ。サキ、やれ。森谷さんとこれからも仲良くしていきたいなら話せ。相手が来てくれるのを待つな、後悔したくないなら自分から動くしかないんだよ』


 レンの言葉を心に刻む。


 でも声音が優しいからどうしても『押された』ように感じてしまう。


『これでいいか?』


「レン、ありがと。レンのそういうところがほんとに大好きだよ」


『ほんとにさぁ、さすがにわかるよ? でももう少し言い方どうにかならないの?』


「恥ずかしい時は茶化すもんだろ?」


『ごもっとも』


「大好きって言うの結構恥ずかしいから」


『そっちかよ! てかだったら言うなっての!』


 レンからの言葉を受けて恥ずかしいなんて思うわけがない。


 それはレンへの侮辱になるから。


 茶化したのは……正直よくわからない。


 多分いつもの癖だ。


「言うよ。本心だし、レンの反応好きだし」


『ったく。それより、明日は森谷さん優先でいいからな?』


「デートは無しでもいいって?」


『デートじゃないけど、そうだな。あ、でも森谷さんと話せなくてチキンになったってんなら物理的に殴ってやるよ』


「レンってなんでそんなに優しいの? 普通に惚れるからそろそろやめな?」


 レンの言葉を訳すと「ひよったら慰めてあげよう」だ。


 レンからわざわざ『叩いて』もらったのに、それを無駄にしても慰めてくれるなんて、レンは聖人過ぎる。


 水萌さんが天使なら、レンも天使なのかもしれない。


「いや、水萌さんは実は小悪魔なのか?」


『サキがいきなり変なこと言うのは今に始まったことじゃないからもう気にしない』


「え、惚れるに反応は?」


『オレもサキのこと大好きだよ』


「……」


『……なんか言えよ』


「いや、えっと、ありがとう?」


 ちょっとだけレンの気持ちがわかった。


 これは確かに恥ずかしい。


『オレの気持ちがわかったろ。わかったなら二度とやるな』


「それは無理。正直口が勝手に言うから俺にはどうしようもない」


『なら……』


「奈良? 鹿でもいんの?」


『なんでもない。いや、伝わったよなぁ……』


「俺は何もわからない。それでいい?」


『ん……』


 レンの言おうとしたことはなんとなくわかる。


 それが俺をからかう為に言おうとしたけど、言ったら自分が死ぬから言わなかったのも。


 さすがに俺もそれを言及はしない。


 だって俺の減らず口を物理的に止めるなんてレンが言えるわけないのだから。


 それから微妙な空気のまま少し話して電話を終える。


 最後は微妙になったけど、明日の決心はついた。


 レンに『ありがとう』とメッセージを送ってから、少し早めに眠りについた。

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