第21話 真面目な話ヤンデレを添えて1

舞翔まいと、お母さんは舞翔のこと信じてるし、いい子なのも知ってるけど、水萌みなもちゃんを裏切ることはしたら駄目なのよ?」


「結構マジな雰囲気だからそういうのに付き合ってられない」


 水萌さんからあからさまな『拒絶』をされた俺は水萌さんを追うことはせずに、レンをうちに招いた。


 理由としては、水萌さんが発した「恋火れんかちゃん」について聞く為だ。


 そうしたら、いつもなら絶対にいないはずの母さんがリビングのソファでボーッとしていて、今に至る。


「水萌ちゃんに浮気現場を見られたの?」


「次言ったら母さんを一生嫌うから」


「ごめんなさい……」


 俺に余裕がないせいで母さんに酷いことを言ってしまった。


 後悔はあるけど、今はそれを謝っている余裕はない。


「行くよ」


「……ったく」


 レンが呆れたようにため息をつき、母さんに頭を下げてから俺の後に続く。


 レンのことを母さんにもちゃんと紹介したかったけど、現実が常にいいタイミングを選んでくれるとは限らないようだ。


「サキよ、後でちゃんと謝れよ」


「わかってる。母さんにあんな顔させたくかった……」


 俺の部屋に入ると、レンが俺の背中に小さな拳を当てながら言う。


 それに左手で目元を覆いながら答える。


「普段は仲いいんだろ?」


「それなりに。比較対象がいないからわからないけど、多分悪くはない」


「まあ話せるってだけで仲いいだろ。うちも普通とは少し違うからアレだけど、高校生男子と親って家で話とかしないだろうし」


 俺には現状友達がレンと水萌さんしかいないから、普通の男子高校生のお手本みたいな相手がいない。


 アニメなんかで見る男子高校生は普通としていいのかわからないし。


「たまにしか会えないけど、母さんと会って最初に思うのは『休め』なんだよな」


「一番に体の心配するなんて仲いい証拠だろ」


 レンはそう言うけど、母さんの働き方を見てると、いつ体を壊してもおかしくない。


 むしろなんでいつも元気なのかわからないぐらいだ。


 俺に見えるところだけは元気にしてるのかもしれないし、そう思うと心配せざるをえない。


「母さんが頑張ってくれてるから、俺が不自由ない生活できてるわけで、それを考えたら心配するのも当然だろ?」


「その発想が普通できないんだよ。少なくともオレは母親に感謝とかできない」


 レンの表情が暗く……ならずに、無表情、だけどどこか奥底に何かを思っているような顔に見えた。


「まあうちの話はどうでもいいんだよ。とにかくサキは後でお母さんに謝る」


「うん。でもレンに一つお願いしていい?」


「一人だと恥ずかしいから付き合えって?」


「一緒に来て欲しいのはそうなんだけど、謝るのは一人でやる。そうじゃなくて、多分母さんって水萌さんに会う為に仕事休んだか、切り上げてきたんだと思うんだよ」


 そうでなければ仕事大好き人間で、ワーカーホリックになりつつある母さんがこんな時間に家に居るなんて有り得ない。


 たまに、ごく稀に居ることはあるけど、昨日水萌さんがうちに来ると話した次の日にたまたま家に居るなんて偶然は多分ない。


「つまり?」


「母さんの話し相手になってあげて欲しい。もちろん断ってくれていいし、俺も同伴する」


 母さんには誠心誠意、土下座する勢いでちゃんと謝るとして、それとは別に、水萌さんと話すのを楽しみにしていたであろう母さんの、代わりと言っては失礼だけど、レンに話し相手になってもらいたい。


 おそらく母さんは水萌さんと話したいのではなく、俺の『友達』と話したいのだ。


 もちろん水萌さんとも話したいだろうけど、本質的にはそちらが近いと思う。


「話すってのは、オレがサキにされてるいじめについて?」


「そこら辺はレンに任せる。俺との楽しかった思い出があればそれでもいいし、レンの言う通り嫌だった思い出でももちろんいい」


 要は、家の外での俺を話して欲しい。


「友達ができたのは初めてだし、俺って特に趣味とかもなくて、母さんが安心できるような話がなかったんだよ。だから友達とのあれやこれやが知れれば母さんも安心すると思うから」


 正直それは俺の勝手な推測で、母さんが何を聞きたいのかなんて知らない。


 だけど俺が外で楽しくやってるのを知れば、母さんも少しは安心できると思う。


「やっぱ仲いいじゃん。わかったよ、お母さんいい人そうだったし、サキにいじめられてることを全部話してサキを怒ってもらう」


「ありがとう」


「普通に感謝すんなし。それより森谷もりやさんの話だろ?」


「……うん」


 ここでようやく本題に入る。


 母さんのことはたまたま居たから話しただけで、俺がレンを家に招いたのは水萌さんのことを話す為。


 なんで『レン』としか教えていないのに、水萌さんは『恋火ちゃん』と呼んだのか。


「普通に考えたら学校でレンのことを知ったんだろうけど、レンの方が知らないんだもんな」


「そうだな。オレとしては一回しか会ってないし」


「その時に名乗ったりは?」


「してたら話し合う前に言ってる」


 それもそうだ。


 レンはひねくれてるように見えて、実はくそ真面目なので、あの状況下で俺の知りたい情報を隠すことはしない。


 俺の部屋に入りたいとかいう可愛い理由が無ければだけど。


「じゃあ、その時に見たレンが気になって教室に行って、クラスの人に聞いたとか?」


「サキは知らないだろうけど、オレって結構悪目立ちしてるからクラスの奴じゃなくても名前ぐらいは知ってると思うぞ」


「じゃあそれが答えじゃないのか?」


 思い返してみたら、レンが一人目であり四人目である変な人。水萌さんのことを初めて話した時に「オレのことを知らなかったんだろうな」と言っていた。


 それと「嫌われ者」とも。


「勝手に落ち込むなっての。それに森谷さんはあの時オレのことを確実に知らなかったから」


「なんでそう言い切れる?」


「知ってたらオレに近づこうなんて絶対に思わないから」


 レンが学校でどういう扱いなのかを俺は知らない。


 だけどレンの確証めいたその言葉は、嘘偽りない気がした。


「何したか聞かないのか?」


「話したいの?」


「いんや。サキに嫌われたくないし」


「絶対に嫌わないけど、レンが話したくないなら聞かない」


「絶対ね。言質取っとこうかな」


「録音する?」


「いいよ。サキって嘘みたいだけど嘘言わないし」


 自分ではそんなつもりなかったけど、確かにレンに対しても、水萌さんに対しても嘘を言ったことが無い気がする。


 水萌さんを宥める為に嘘をつこうとして失敗したことはあるが。


「とにかく、森谷さんはオレを知ってるわけがないんだよ」


「でも水萌さんってめっちゃ優しいよ?」


「それは知ってるけど、そもそもの話、オレが森谷さんに名前を伝えたかってことを聞きたかったんじゃないのか?」


「そういえばそうか」


 レンの言葉を疑うことは絶対にないから、レンが教えてないと言うならそれはそうなのだろう。


 だけどそうしたらなぜ水萌さんはレンの名前を知っていたのか……

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