第13話 シュレディンガーの水萌さん
ここで一つ確認をする。
そして材料が足りないから買い物に行こうとしている。
俺と水萌さんが一緒に歩いているのが学校の誰かにバレるとめんどくさいので着替えをしてから行くことになった。
そこまではいい。
「なんか普通に俺の部屋に入れたけど、ほんとはまずいやつ?」
俺の部屋に見られてまずいものがあるわけではないけど、俺の部屋は母さんがたまに覗きに来るぐらいで、人を入れたことなんてない。
男子の部屋に女子を入れるのは、はばかられるみたいなことを何かで見たような気がした。
「でも今更だし、そもそも水萌さんが選んだんだもんな」
洗面所と俺の部屋の二択で迷わず俺の部屋を選んだ水萌さんは、俺が着替え終わって数分経っても出てこない。
だから余計に気になる。
「女子の着替えは時間がかかるものだけど、ブレザー脱いでパーカー着るだけでそんなかかる?」
ただ着替えるだけでも、女の子は大変なのかもしれないけど、早く行かないとタイムセールや割引き目当てのおばさま達がやってきてゆっくり買い物ができない。
安い方がいいけど、少しの買い物で体力のほとんどを持っていかれるのは避けたい。
「水萌さん、まだかかる?」
呼ぶだけならセーフだろうと、扉の前で水萌さんに声をかける。
だけど返事がない。
「二択から分岐の二択か……?」
水萌さんが返事をしない理由として思いつくのは、俺の部屋で何かを見つけて固まっているのかと、寝たか。
そして考えたくはないけど、着替える前か終わっているならいいけど、着替え途中だと困る。
「これは俺何か試されてるのか?」
こういう時、どうするのが最善なのか。
呼んだからという大義名分を持って扉を開ける。
だけどそれで水萌さんがあられもない姿だった場合、水萌さんはなんとなく気にしない気がするけど、俺が普通でなくなる。
少しだけ扉を開けて中を確認する。
それだと水萌さんの全身を見なくても服を着てるかどうかぐらいはわかるからいいのだけど、完全な覗きで罪悪感から俺が死ぬ。
「扉を開けつつ目を閉じながら入るか? ていうかそれしかないのか」
返事がない時点で待つの得策ではないし、シュレディンガーの水萌さん状態の部屋を開ける以外に方法はない。
俺にやましい気持ちは一切ない。
悪いのは返事をしない水萌さんだ。
「水萌さんのせいにすんなし。水萌さん入るよ」
最後にもう一度声をかけたけど返事がないので、息を吐いてから扉を開ける。
目を閉じていても俺の部屋には物がないから何かに当たることはしない。
そう、何にも当たらずにベッドの前までやってきた。
可愛い寝息を目印に。
「ちゃんと毛布までかけてるんじゃないよ。服は着てるからいいけど」
水萌さんの制服は無造作に床に落ちていて(踏まなくてほんとに良かった)、パーカーに着替えてから布団に潜り込んだようだ。
そのブレザーを畳んでから水萌さんに意識を戻す。
「すぅ」
「天使の寝顔ってね。いつも人に囲まれて疲れてるんだろうな」
水萌さんの周りには常に人がいるけど、水萌さんは多分人付き合いとかは苦手なタイプだ。
人前に出ると緊張すると言っていたし、人のお弁当をほとんど食べる水萌さんがパン一つでお昼を済ませると言うのだから。
「可愛いのも大変だよな。もう少し寝かせとくか」
この無防備な水萌さんのほっぺたをつつきたい衝動にかられるけど、さすがに自重する。
それをやったら逮捕されても文句は言えない気がするから。
「えへへ、まいとくんがたくさんだぁ」
「いや、どんな夢だよ」
俺がたくさんいるなんて悪夢でしかない。
水萌さんはなんか嬉しそうだからいいけど。
「夢の中では楽しくいてね」
「……まいと、くん」
「?」
なんだか雰囲気が変わった。
寝ながらでもわかるほどにふわふわしていた表情が、急に固くなった。
水萌さんがたまに見せる嘘の笑顔のように。
「や、やだ。まいとくんまで、わたしを……」
「水萌さん!」
さすがにこれ以上は見過ごせないので、水萌さんの肩を揺すって起こす。
「あ……ゆめ?
「ここに居るよ。見える?」
水萌さんの体を起こしながら言う。
寝起きで頭がはっきりしないのか、水萌さんがキョロキョロと辺りを見回している。
「水萌さん、大丈夫?」
「……やだ」
言葉のキャッチボールになっていないけど、気持ちはわかる。
夢の内容はわからないけど、多分俺がどこかに行く夢を見たのだろう。
よっぽど不安になったのか、水萌さんは震えながら俺に抱きつく。
「怖い夢を見たんだね」
「うん、怖かった。二度と見たくないし、絶対に正夢にしたくない」
「ならないから大丈夫だよ。知らないし聞かないけど、俺は水萌さんの傍に居るから」
触れてはいけないと、下ろしていた腕を水萌さんの背中に回してそのまま撫でる。
水萌さんの震えが少しずつだけど落ち着いてきた。
「……ずっと?」
「ずっと一緒だよ。俺は水萌さんから離れたりしない」
「お風呂も?」
「そういう話はしてないけど?」
冗談を言えるぐらいには回復したようで安心する。
なんだか「残念」と聞こえたような気がするけど、冗談だろう。
「そう言ってて水萌さんから『友達やめる』とか言ってきたら俺は学校行かなくなるからね」
「言わないもん! 舞翔くんの居ない学校なんてご飯の無いカレーみたいなものだもん!」
「うどんとかパンを見つけないでね?」
「いじわる。お腹すいてきた」
今日のお昼も結構な量を食べていたはずだけど、水萌さんのお腹から「ぐぅ」という可愛らしい音が聞こえる。
「買い物の前に何かつまむ?」
「うん! 舞翔くん運んで」
「いきなり甘えん坊だな。いいけど先になんで寝てたのか教えて」
「んとね、お着替えしてる時から猫さんが気になっててね。ご挨拶しようと思ってベッドに近づいたら、舞翔くんの匂いがして気がついたら?」
なんだか理由が水萌さんらしいけど、俺に気を許し過ぎな気もする。
信用と言えば聞こえはいいけど、無防備過ぎにもほどがある。
(いや、中身が子供なのか?)
「舞翔くん……」
「なんでもないです」
水萌さんにジト目で睨まれる。
レンもだけどなんで俺の考えてることはバレるのか。
特に顔に出してるつもりはないのだけど。
「水萌さんは可愛いって思ってただけ」
「絶対嘘だもん。敬語だったから何かやましいこと考えてたもん」
「近いことは思ってたから許して」
子供みたいで可愛らしいという意味では合ってるから嘘はついていない。
子供は好きではないけど。
だけど水萌さんのような子供なら可愛いと思える気がする。
「舞翔くんは私は『可愛い』って言えば納得するって思ってるでしょ」
「いや? 可愛いから可愛いって言ってる。言われ過ぎて嫌だった?」
「みんなの言う『可愛い』と舞翔くんの言う『可愛い』は違う感じがするから嫌とかはないよ。でも舞翔くんのはなんか適当なんだもん」
そんなつもりはなかったけど、確かに『可愛い』も言い過ぎたら褒め言葉じゃなくなる。
でも可愛いのだから仕方ない。
「俺の語彙力が少ないのは今更だから許して。それと、確かに俺は結構嘘をつくけど、水萌さんに言ってる『可愛い』に嘘はないから」
そこだけははっきりと伝えたかった。
水萌さんに伝える『可愛い』は、俺が思わず言ってるだけで、本来言う気はないことだ。
水萌さんには適当に聞こえるかもしれないけど、全て本心で本気の言葉だ。
「舞翔くんのずるっこ」
「また言わせたいの?」
「ふんだ。舞翔くんはどうせ私をちっちゃい子みたいに思ってるんだろうけど、いつか見返すんだからね」
「楽しみにしてる。だけどまずは脱いだ服を脱ぎっぱなしにしないところからだからね?」
「……やっぱり舞翔くんにお世話してもらった方がいいかな?」
水萌さんの表情がいつになく真面目だけど、きっと冗談だ。
俺としては水萌さんのお世話をするのも楽しいから、いざお世話をするとなってもやぶさかではないのだけど、それを言うと水萌さんは本当に俺におんぶにだっこになりそうだから今は言わない。
とりあえず今だけは甘えん坊の水萌さんをだっこでリビングまで運ぶ。
あんなに偏った食事で、しかもすごい量を食べてるとは思えないほどに軽かった。
やはり教室でのストレスが原因なのだろうかと心配になったが、おやつ代わりにホットケーキを焼いてあげたら、とても嬉しそうに食べてくれたので俺が水萌さんのストレスを減らせるように努力しようと心に決めた。
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