第12話 初来訪のお姫様

「お邪魔します」


「うん」


 俺のスマホを両手で握っている水萌みなもさんがうちにやってきた。


 一度家に帰った様子もなく、制服のままだけど、急いで来たのか少し息が乱れている。


「走ってきたの?」


「うん。舞翔まいとくんに早く会いたくて」


「それは、どうも」


 こういう無意識に俺を勘違いさせることを言うのが水萌さんの悪いところだ。


 もう勘違いしないと決めているので大丈夫ではあるけど。


「とりあえず上がって。洗面所はそこの扉だから」


「はーい」


 水萌さんからスマホを受け取り、俺は先にリビングに向かう。


「あ、そういえば」


 今日水萌さんがうちに来たのは料理を教わるためだ。


 つまり俺が水萌さんに料理を教えるわけで、そうなると食材が必要になるのだけど……


「帰りに買うの忘れてた件について」


 安い時に買い置きしてあるから何もないわけではないけど、それでもせっかくだからと少し買い足そうと思っていたけど、普通に忘れていた。


「買い物も見せるか? 多分それがいいんだろうけど、わざわざ分かれて帰ってきた意味がなくなるよな」


 ここから学校までは歩いて行ける距離なので、近くのスーパーにうちの学校の生徒がいないとも限らない。


 実際うちの制服を着た人をたまに見ることもあるし。


「着替えればって言っても水萌さんは制服だし、あれは隠せないよな」


 水萌さんの目立つ金髪と青い瞳。


 水萌さんはどんな服でも目立つだろうから、ここまでバレなかったことが奇跡なぐらいだ。


「バレてないよな?」


 少し気になったのでベランダから外を見る。


 うちはアパートなので場所がバレても部屋までバレるとは思わないけど、場所がバレれば時間の問題になる。


「一応いないか」


「何が?」


「近いしびっくりするから」


 いつの間にか水萌さんが俺の真隣でベランダを覗いていた。


「水萌さんのストーカーがいないかの確認」


「今日は細心の注意を払ったから大丈夫」


「それは普段ならされてるって言ってるけど?」


「たまにだよ? それにされても私って小さいからすぐにわからなくなるみたい」


 それは絶対にない。


 いくら水萌さんの背が小さいからって、この特徴的な金髪を見失うことなんて有り得ない。


「ほ、ほんとに大丈夫だよ? 最終手段もあるし」


「最終手段?」


「これ」


 水萌さんはそう言って鞄の中からパーカーを取り出した。


「フードを被れば目立たないのです」


「……」


「舞翔くん?」


「ん、なんでもない。それってほんとにバレない?」


「少なくとも私のアパートがバレたことはないかな?」


 まあ金髪さえ隠れれば遠目で水萌さんだとわかることはないだろう。


 だけどそれ以上に気になることがある。


 多分気のせいだからいいけど。


「気をつけてよ。水萌さんは普通に可愛いんだから、学校の人じゃなくてもストーカーされたら危ないんだから」


「舞翔くんは心配性だよ。あ、じゃあ舞翔くんが私のお部屋にお泊まりすればいいんじゃない?」


「知ってる? 俺も一応男なんだよ?」


 男が危ないという話をしているのに、自ら男である俺を招き入れてどうするのか。


 もちろん俺は何もしないけど、そういう油断が一番危ない。


「じゃあ私が……は舞翔くんのお母さんに迷惑か」


「聞いていいのかわからなかったから聞いてはなかったけど、水萌さんは一人暮らし?」


「うん。色々あってね」


 水萌さんの笑顔がぎこちなくなる。


 水萌さんは嘘が苦手なようで、家のことになると話しづらそうになる。


 なんでか聞いたりはしないけど。


「舞翔くんは、その……」


「あぁ、母さんと二人暮らし」


 水萌さんの視線が『とある場所』に向かっていたので察した。


「水萌さんの一人暮らしを聞いたら泊めそうで怖い」


「舞翔くんはやっぱり私のこと嫌い?」


「嫌いじゃないっての。水萌さんが居たら恥ずかしいの」


 水萌さんがうちに泊まること自体は別に嫌ではない。


 むしろ楽しいだろうけど、それはそれとして、せっかく勘違いを勘違いと思えるようになったのに、また違う感情が出てきそうで少し怖い。


「まあでも、水萌さんに何かある方が嫌だけど」


「舞翔くんは優しいよ。ありがとう」


 俺の好きな水萌さんの笑顔。


 これが壊れるくらいなら、うちに泊めるのだって、俺が泊まりに行くのにだって躊躇わない。


「まあ何か困ったら言ってね」


「うん。じゃあ困ってはないけどお料理教えて」


「一人暮らしで自炊できないのは困った方がいいよ」


 水萌さんの一人暮らしの理由は知らないけど、普通一人暮らしは節約しなければいけないはずだ。


 そして一番節約しやすいのが自炊。


「何か作りたいものとかある?」


「卵焼き!」


「言うと思った」


 水萌さんは今日も俺のお弁当をほとんど食べた。


 そして卵焼きへの反応が一番いい。


「好きなの?」


「舞翔くんのお料理はなんでも美味しいけど、卵焼きは特に美味しいの」


「ありがとう。一番頑張ってはいるからね」


 母さんの影響からか、綺麗な卵焼きを作ろうと日々頑張っている。


 未だに母さんには届かないけど、一歩ずつ近づいてはいる。


 だからまだしばらくは俺のお弁当に卵焼きは入ってくる。


「でも卵焼きってメインではないんだよね。一品料理だし、何か他にある?」


「んー、私ってほとんどパンと舞翔くんのお弁当しか食べたことないからなぁ」


 水萌さんの発言に言葉を失った。


 俺のお弁当なんてまだ三回しか食べてないのに、それで『ほとんど』に入ってしまうのだから。


 前にチャーハンを作ろうとしたとは言っていたから、さすがに盛って話しているのだろうけど、不安は消えない。


「あ、お惣菜パンのコロッケとか焼きそばなら食べたことある」


「えっと、揚げ物は後片付けがめんどくさいから、焼きコロッケでも作る?」


「うん!」


「じゃあ先に買い物行かなきゃだけど、いい?」


「舞翔くんとお買い物ー」


 なんか喜んでくれたから了承として受け取る。


 とりあえず水萌さんの言ってたことは忘れて、今は水萌さんに料理を教えることだけを考える。


「じゃあ着替えてから行こうか。水萌さんは上に着るだけ?」


「できれば着替えたい。スカートは隠れるし別にいいけど、ブレザーは動きにくくて好きじゃないから」


「わかった。洗面所か俺の部屋使っていいよ」


「え?」


 俺が水萌さんに視線を向けると、水萌さんはブレザーを脱ぐ寸前だった。


「おいこら。少しは恥じらいを持て」


「だって下に着てるし」


「そういうことじゃないの。とにかく洗面所か俺の部屋。どっちか選ぶ」


「舞翔くんのお部屋ー」


 何も無かったかのように水萌さんが駆け出す。


 実際水萌さんからしたら何も無かったのだろうけど、少しはこちらのことを考えて欲しい。


「舞翔くーん」


「左」


「はーい」


「それとパーカー忘れてる」


「あ、取ってー」


 なんだか色々と考えていたのが馬鹿らしくなってきた。


 俺の部屋の場所を聞かずに走り出す水萌さん。鞄を忘れてそれを無防備にも男の俺に持ってこさせる水萌さん。


 やはり水萌さんが俺を好きかもなんて有り得ない話だった。


 多分水萌さんは俺を男として認識していない。


 あくまで『お友達』なのだ。


 それがわかれば俺も変に勘違いしないで済む。


 それに水萌さんの元気な姿を見れてる時は、水萌さんの事情も考えないで済むから助かる。


 これからも水萌さんとこのままの関係を続けていきたい。


「舞翔くーん」


「自分で取り来なさい」


 こうしてわがままなお姫様の相手も悪くないし。

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