第11話 レンの相談所【来店理由】友達について

 バイトが終わり、家に帰ってきた俺は、いつも通りお風呂に入って晩ご飯を食べた。


 そしてベッドに横になり、いつもなら意味もなくスマホをいじっているのだけど、今日は違う。


 メッセージアプリを開き、一番上にいる相手にメッセージを送る。


サキ『レン、今暇?』


レン『忙しい』


 返信までに時間がかかると思っていたけど、レンからの返信は十秒もかからなかった。


サキ『わかった。ごめん』


 だけど忙しいのなら仕方ない。


 時間を改めることにしてスマホをスリープモードにした。


 そしてベッドに置こうとしたら、スマホが鳴る。


レン『ごめん嘘。何か大切な用事?』


 レンは優しいし、気の利くいい子なので、俺が冗談なのか本気なのかスマホ越しでもわかるようだ。


 今回はちょっと真面目な話なので助かる。


サキ『うん。相談乗ってくれるって言ったよね?』


レン『まさかめんどくさい話?』


サキ『多分? ちょっと誰かに話したくて。だめ?』


 もちろんレンが嫌だと言うなら無理にとは言わない。


 でも今誰かに話しておかないと、明日が怖い。


レン『文字打つのめんどいから電話でいい?』


サキ『もちろん。レンの声も聞きたいし』


レン『結構余裕あんだろ』


 その直後にレンから電話がかかってくる。


「こんばんは?」


『なぜに疑問形?』


「母さん以外の人と電話するのが初めてで、しかも夜に電話が初めてだから?」


『奇遇なことをオレも初めて。初めてのお友達とやらと電話しないのか?』


「スマホ持ってないんだと。珍しいことに」


 やはり文字よりも直接話した方がいいようだ。


 さっきまでの緊張が一気にほぐれて、レンをからかいたくて仕方ない。


 さすがに相談する側だから自重するけど。


『今のご時世でスマホを持ってない高校生がいるなんて。まあ色々あるんだろうけど』


「だろうね。本人が気にしてないからわざわざ聞こうとも思わないけど」


『聞くようなことでもないしな。それで相談はそのお友達についてだろ?』


「そう」


 今になって思うけど、わざわざ相談するようなことなのだろうか。


 多分レンはちゃんと話を聞いてくれるだろうけど、勘違いから入ると思う。


「えっとさ、明日の予定貰ったじゃん?」


『オレじゃなくて他の女と遊びたいってやつな』


「ごめん」


『だから気にしてないっての。オレが悪かったって』


 だけど約束した次の日に約束を取り消したのだから、レンはもう少し怒っていい。


 確かに俺の暇な時を全てだから、予定の入った明日をレンじゃなくて水萌みなもさんに使うのは別におかしくないのだけど、それでも罪悪感はある。


「絶対に埋め合わせするから考えといて。とりあえず頭は撫でるから」


『だからいらないっての。埋め合わせは考えとくから頭は撫でんな』


「どうしても?」


『どうしても! 子供扱いすんな』


 そんつもりはないのだけど、背が小さいことがコンプレックスのレンにとってはそうなのだろう。


 俺からしたら可愛いが過ぎるレンが悪いのだけど。


『お前絶対に変なこと考えたろ』


「レンのことしか考えてないって」


『相談なんだから友達のこと考えてろ』


 ド正論を返されて何も言い返せない。


 レンと話すのが楽しくて本題を忘れそうになっていた。


「じゃあ相談してからレンをからかう」


『相談乗らないぞ?』


「レンは優しいから乗ってくれるよ。そんなレンが好き」


 からかわないつもりだったけど、まあ無理だった。


 そして『ぽすっ』という、小さい何か(レンの拳)が何か(猫のマイト)を殴る音が聞こえた。


「あんまり俺をいじめないであげて」


『サキがオレをバカにする度にこいつが潰れるからな?』


「こいつって?」


『わかってんだろ?』


「わかんない。名前はよ」


『……マイト』


 そこで『うるさい』と返さないでちゃんと言ってくれるあたり可愛い。


 思わず頬が緩むぐらいに。


「レンはやっぱり可愛いよ」


『もう一発いっとく』


「何を殴るんだ?」


『馬鹿マイト』


 おそらくまた猫のマイトが殴られた。


「うちのレンカは大切にしてるのに」


『どこに飾ってんの?』


「枕元」


『シュールすぎん? 一応男子高校生の部屋なんだろ?』


 そうだけど、俺からしたら違和感はない。


 ぬいぐるみと言えば枕元と相場が決まっているし。


「逆にどこに置くの?」


『机とか?』


「俺の部屋に勉強机はないからな。ローテブルならあるけど、普段は畳んでるし」


 そもそも俺の部屋にはベッドぐらいしか物がない。


 ローテーブルやクッションなんかはあるけど、後は取り付けのクローゼットしかないから、ぬいぐるみを置く場所がない。


『ミニマリストか』


「物欲がないとも言える。お金は大事だし」


 俺がお金を使う場所といえば、たまのゲームセンターと食材の買い出しぐらいだ。


 趣味もないし、中学までは一応お小遣い制度だったけど、使うことがなくてほとんど貯まっている。


『じゃあオレの誘いは結構困る?』


「別に。週四で千円使うとかしないならそこまでではないだろうし」


 レンとは話してるだけで楽しいから、わざわざお金を使う遊びをしなくてもいい。


 レンの方はどう思ってるのか知らないけど、お金が厳しい時はレンにちゃんと説明するつもりだ。


『わかった。じゃあ金はオレが出すよ』


「それは嫌だけど?」


『オレのわがままみたいなもんなんだから気にするな。それにオレもゲーセンぐらいでしか金を使えないから余ってるし』


「それでもだよ。友達同士のお金の貸し借りは破綻の始まりだって何かで見たし」


『それなら大丈夫だろ。貸し借りじゃなくて一方的に渡すんだから』


 そういう話でもないような気がするけど、レンの方も引く気がなさそうだ。


「なら妥協点。ゲーセンでもなんでも、俺がレンに勝ったら奢ってもらうってことでどう?」


『サキがそれでいいならいいよ。でも、金がないから一緒に出かけられないとかは怒るからな?』


「それはもちろん。レンとの時間を自ら潰すことはしないよ」


『明日は潰したけどな』


「レンカ〜、レンがいじめる」


 枕元に座っている水色の猫、レンカの手を握りながら言う。


『想像したらシュール過ぎるからやめろ。そしてレンカ言うな』


「だってレンもマイト言うじゃん」


『ぐうの音も出ない。もういいだろ、そろそろ相談しろ』


「普通にレンとの会話を楽しんでた。バレたらまたヤンデレる」


 絶対にバレることはないけど、水萌さんが居たらまた怒られる。


 どうしても水萌さんには勝てないから、水萌さんを怒らせるようなことは控えないといけない。


『なに、その友達って独占欲強いタイプなの?』


「結構強い。ちなみに昼休みにレンと話してたら拗ねられた」


『惚気か?』


「絶対言うと思った」


 だから直前に言うのを躊躇った。


 実際は水萌さんも俺が初めての友達で、どういう対応が普通なのかがわかってないのだ。


 初めての友達を他の誰かに取られて、また一人になるのが嫌なのもあるだろうし。


「ヤンデレなのは別にいいんだよ。そこも可愛いって思えるから」


『好きなの?』


「まあ好きだよ。じゃなきゃ一緒にお昼を食べたりしないし」


『そういうんじゃなく』


「恋愛的な意味で? ないかな。知らんけど」


 照れ隠しとかのそういうのではない。


 本当に水萌さんに恋愛感情を感じてはいない。


 ただそれがわからないのも事実。


「友達がいなかったんだぞ? これが友愛なのか恋愛感情なのかわかるわけないだろ」


『そういうね。ちなみに相談ってのはそのどっちか見極めて欲しいとかいうやつ?』


「違うよ。そもそも恋人になりたいわけでもないし」


『じゃあなに? 単純に惚気を聞かせたかっただけ?』


「だから違うっての。今日の昼休みにさ、意味深なこと言われたんよ」


『うわ、なんかすごい惚気の気配。相談所閉めていい?』


 レンはそう言いつつも聞いてくれるだろうから無視して話を続ける。


「レンと同じでさ、俺はその子と一緒に居るの好きなんだよ。そんでそれを言って『告白じゃないから』って言ったら俺からなら考えるとか言われたんよな」


『やっぱ惚気じゃないか。要はとても可愛い子に「かなたからの告白なら考えちゃう」みたいなこと言われて「モテる俺って辛い」って言いたいんだろ?』


「そう取られるよな。だから言うか最終的に悩んだんだけど、俺が言いたいのはそうじゃないんだよ」


『ハッキリ言えよ。オレを頼ってる時点でオレに何かして欲しいことがあるんだろ?』


 やはりレンには全てがお見通しのようだ。


「レンにさ『それは勘違いだ』って言って欲しいんだよ」


『そういうことね。あくまでその子とは『友達』でいたいと』


 もしも水萌さんの本心が漏れ出てしまったのだとしたら、俺は何かしらの答えを出して、そして水萌さんの友達をやめなければいけなくなる。


 だけど水萌さんなら、本当に思いつきで話した可能性も十二分にある。


 おそらく後者の可能性が高いけど、一割でも前者の可能性があると、水萌さんとのこれからの関係に響く。


 そして明日は絶対にぎこちなくなる。


「レンの言葉なら信じられるし、俺はあの子に変な気持ちを持ったまま話したくないんだよ」


『もしも本当にサキのことを好きだったとしたら?』


「その時はちゃんと考えるよ。でも俺を好きになるなんて本当にあると思うのか?」


 そう本気で思っているのに、水萌さんの言葉をいい意味で捉える俺は最低でクズなんだろう。


 だけど、それでも俺は否定の言葉が欲しい。


『サキ、自分を卑下するのはやめろ。それはお前を大切に思うオレたちを馬鹿にしてるのと同じだ。それに少なくともオレは……』


 レンの言葉が止まる。


 十秒、二十秒待っても何も言わない。


 そして一分が過ぎたあたりで……


『ドキドキした?』


「したけど?」


『キレんな。惚気聞かせた罰だよ。まあ確かにサキを好きになる女子なんてそうそういないだろうからな。そのお友達もからかってるか、オレに対抗したかったとかじゃないか?』


「レンに? なるほど」


 俺とレンが仲良くメッセージを送りあっていたのに水萌さんは相当ご立腹だった。


 相手が女の子なのを聞いてからは更に拗ねていたし、それを考えたら水萌さんが復習ということで俺に『好き』を匂わせることをしてもおかしくはない。


「納得した。ありがとうレン」


『どういたしまして。惚気が終わったなら切るぞ。多忙なんで』


「ほんとありがとう。遅くにごめんな。埋め合わせは考えといてくれ」


『ん、じゃあ』


「うん、おやすみ」


 こうして『レンの相談所』は閉まった。


 やはりレンに話して良かった。


 これで明日は水萌さんと普通に接することができる。


 だけど最後の方のレンが早口だったのが気になる。


 何か用事があったのならとても悪いことをした。


 明日、水萌さんに怒られるのを覚悟で相談してみようかと考えるだけしておく。

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