第10話 無自覚ヤンデレ系ヒロイン?

水萌みなもさん。明日なら大丈夫だよ」


「つーん」


「水萌さんの擬音シリーズ好きだけど、無理なら既読スルーしてるツンデレさんに連絡するけ──」


「それは、や」


 そっぽを向いていた水萌さんが、リスのように膨らませた顔を俺の方に向けて不服をアピールする。


「じゃあ水萌さんの時間を俺にくれる?」


舞翔まいとくんはずるっこだよ」


「言い回しをいちいち可愛くしないと喋れないのかな?」


 決して悪いとは思っていない。


 むしろ可愛くていいと思うけど、普通の人がやったらあざとすぎな気もする。


 そしてなぜか水萌さんがやると『可愛らしい』という感情しか出てこない。


「ちなみに今拗ねてる理由は?」


「舞翔くんが楽しそうだった」


「俺は楽しくなる権利がなかったのか……」


 俺にも人並みの幸せを感じる権利ぐらいはあると思っていたけど、俺が楽しそうにすると水萌さんが拗ねるのなら二度とそんな感情は出さないようにしなければいけなくなる。


 まあ違うのはわかってるけど。


「違うもん! 舞翔くんが私以外のお友達と話して楽しそうにしてるのにモヤモヤしただけだもん!」


「無自覚ってほんとに怖いよな。これは『相談所』を開設する筆あるかもな」


 水萌さんが俺をたぶらかす目的でこんなことを言ってるわけではないのはもちろんわかっている。


 だけど、無自覚な攻撃は対処できないし、正直今の俺ではこのままいくと軽く死ぬ可能性がある。


 そうなる前に優しいツンデレさんに相談した方がいいのかもしれない。


「また他のお友達のこと考えた」


「あれ? いつの間にか水萌さんにヤンデレ属性付いた?」


 今はまだ膨れる程度で済んでるけど、悪化したらフランスパンでも持って「あなたをやっつけて私もやっつけられる!」なんて言いそうだ。


 想像したら可愛さの方が勝っているけど、そこは仕方ない。


「やんでれ? 誤魔化さないで!」


「そして気がつけば俺が浮気したみたいになってるし」


 でも、初めての友達である水萌さんの隣で、次に友達になったレンと楽しそうにメッセージを飛ばし合っていたのだから、見方によっては浮気に見えなくもないのかもしれない。


(いや、ないだろ)


 確かに友達の前で他の友達と会話をすると、関係がおかしくなると聞いたことがあったりなかったりするけど、そもそも水萌さんとの時間を作ろうとしてのことなんだから多めに見て欲しい。


 なんてことを考えていると、自分が浮気をしている男みたいに感じるのだからあながち間違ってないんだろう。


 絶対に認めないけど。


「何したら許してくれる?」


「あーん」


「だからそれは少し待ってって。いつか絶対に水萌さんからの『あーん』は受け取るから」


「むぅ、絶対だからね」


 不承不承ながらにも、水萌さんは納得してくれた。多分。


「とにかく明日ね」


「うん。舞翔くんと一緒に帰れるのも楽しみ」


「ちょいまち?」


 なんだか不穏な言葉が聞こえた気がした。


「ん? 舞翔くんのおうちに行くから一緒に帰るでしょ?」


「そうね、確かに間違ってない。間違ってはないけどさ……」


 断じて水萌さんと帰るのが嫌とかではない。


 むしろ『無』でいつも下校しているのが、楽しくなるのだろうけど、それとは別に問題もある。


「一応俺たちって仲良いの秘密でしょ? だから一緒に帰ってるのを誰かに見られたらまずくない?」


「そっか。舞翔くんとは秘密のお友達でいたいから、誰かにバレたくないよね」


「住所だけ教えて水萌さんが後で来るとかだと……来れる?」


「方向音痴じゃないもん。確かに知らない場所に迷わずに行けたことはないけど」


 なんだか想像通りで少しほっとした。


 不安は残るけど。


「じゃあ舞翔くんが私のおうちに来る?」


「なんか色々と駄目そうだけど、いいの?」


「私はいい……やっぱり駄目だった」


 水萌さんがチョココロネをもぐもぐしながらうなだれる。


「私のお部屋に二人も居られるスペースがない」


「今度掃除に行こうか?」


「いいの!?」


 小さな顔がブンっとこちらに向き、亜麻色の髪がそれと呼応して水萌さんに巻き付く。


「水萌さんはもう少し警戒心を持った方がいいと思う。それとチョコ付いてる」


「舞翔くんに警戒する必要あるの? 取ってー」


 この子には少し『男』というものの怖さを教えないといけない気がする。


 そんなことを考えながら、水萌さんの口元に付いたチョコを親指で拭って舐める。


 これに他意はなかった。だけど気づいた時には遅かったし、何より無邪気に「ありがとー」なんて言われたら何も考えてはいけない気がした。


「水萌さん、男をそんな簡単に信じたら駄目だよ?」


「私が信じるのは舞翔くんだけだよ?」


「そう言われる気はしたけどさぁ……」


 どうしても水萌さんには勝てない。


 これがレンならすぐに顔を赤くして照れてくれるのだけど。


「じー」


「なんでしょうか?」


「今絶対にお友達のこと考えた」


「もちろんお友達である水萌さんのことを考えてました」


「舞翔くんが敬語の時は嘘ついてる時だもん」


「違うよ。俺が敬語の時は水萌さんに嫌われないように細心の注意を払ってるだけですよ?」


 少しドキッしたけど嘘は言ってない。


 ただ、俺が敬語を使うのは、嘘の時と嫌われないようにしてる時の二通りなだけで。


「私は舞翔くんを嫌いにならないもん」


「でも拗ねるじゃん」


「拗ねてないもん。舞翔くんが私の前で他のお友達のこと考えるのが悪いんだもん」


 水萌さんが怒りながらマフィンを食べ、そしてふにゃふにゃする。


 やはり俺が浮気でもしてるみたいになっているのが気になるけど、確かに水萌さんと一緒に居るのにレンのことを考えるのは不義理ではあるかもしれない。


「私には舞翔くんしかいないのに……」


「ボソッとそういうこと言うなし」


 余計に心が痛む。


 そしてその言葉を聞いて嬉しく思う自分がいるのも事実で……


「俺としても、水萌さんと一緒に居るのは楽しいよ。でもさ、レンとの時間もそれぐらい楽しかったんだよ」


 完全に浮気男の言い訳みたいになってるけど、水萌さんに嘘を言いたくもない。


「どっちがとかはないけどさ、俺はどっちの時間も大切なんだよ。水萌さんが嫌なのはわかるんだけど、一割ぐらいは水萌さんと一緒に居る時もレンのことを考えるのを許してくれない?」


 自分で言ってて虫のよすぎる話で腹が立つ。


 だけど、俺にとって初めての友達で、どういう対応が正しいのかまだわかない。


 だから水萌さんに許してもらえる妥協点を探すところから始める。


「どうかな?」


「や!」


「駄目ですかぁ……」


 なんとなくわかってたけど、水萌さんはほっぺたを膨らませてそっぽを向いてしまった。


「でもわかった。水萌さんが嫌なら俺は水萌さんと居る時は水萌さんだけを考える」


「……舞翔くんはなんで優しいの?」


 水萌さんが不思議そうな、不安そうな顔で聞いてくる。


「なんでとは?」


「だって自分で言うのもだけど、私ってめんどくさいよね?」


「自覚あったんだ」


 俺がそう言うと水萌さんはわかりやすく落ち込んだ。


「訂正、そんなことはない。正直めんどくさいとは思わないよ? 俺のことを大切に思ってくれてるのが伝わって俺は嬉しいし」


「ほんとに?」


「ほんと。俺って結構わかりやすいから、嫌な相手と一緒に居ることはないし、嫌な相手と話すこともしないから」


 水萌さんと話す前までは好きではなかったかもしれない。


 無関心が一番正しいけど、関わり合いになりたいとは思わなかった。


 だけど今は違う。ずっと一人で食べていたお昼も、水萌さんが一緒に居てくれるから楽しくて仕方ない。


「俺は水萌さんと一緒に居るの好きだよ?」


「……」


「安心してくれていいけど、告白とかじゃないから。そういうの嫌だろうし」


 水萌さんの告白された回数は両手の指では足りないそうだし、俺から告白されても困るだろう。


 そもそも俺は水萌さんとのこの時間が好きなのであって、恋人になりたいとかはない。


「舞翔くんならって考えちゃうかも」


「え?」


「なんでもなーい。私も舞翔くんとの時間が大好きってこと。それより舞翔くんのおうちに行く方法を考えないと」


「そうだね」


 その後、水萌さんがどうやったら迷子にならないかを一緒に考えた。


 水萌さんはスマホを持っていないようで、地図を見ながら探せないようで、それが迷子の一番の理由のようだ。


 なので最終的に、俺のスマホを水萌さんに預けて来てもらうことにした。


 水萌さんなら俺のスマホを勝手に覗くこともないだろうし、そもそも見られて困るものがない。


 そうして明日の放課後の予定は決まった。


 だけど俺はずっとさっきの水萌さんの言葉が頭に残って離れない。


 難聴系主人公のように聞き流したけど、俺もれっきとした男子高校生のようだ。


 まあそのおかげで何も喉を通りそうになかったので良かった。


 何せ半分こと言っていた大量のパンは全て水萌さんのお腹に消えたのだから。


 気づいた水萌さんに平謝りされたけど「色々とお腹いっぱいだから大丈夫」と答えたら、不思議そうではあったけど納得してくれた。

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