第14話 波乱のお料理教室

「ただいまーとおかえりー」


「ただいま」


 俺と水萌みなもさんは、何事もなく買い物を済ませた。


 俺達と同じ学校の人はいたけど、フードを被った水萌さんには気づかなかったので良かった。


 その後の「ね!」と嬉しそうに言った水萌さんはちょっと反則だったけど。


「なんか俺が普通の男子高校生になってきてる気がする」


「えー?」


「なんでもないよ」


 玄関で独り言を言っていたら、いつの間にかリビングに向かっていた水萌さんが顔だけ出していた。


(よく聞こえたな)


 隣に居たら聞こえるぐらいの声だったから、小さいって程でもないけど、それでも数メートルは離れている。


「もしかして水萌さんは心音で俺の嘘とか隠し事を見破ってんのか?」


舞翔まいとくん。まだー?」


「たまたまか」


 どちらにしろ水萌さんに隠し事は通じないのだから考えても仕方ない。


 手洗いうがいを済ませてリビングに向かおうとして、洗面所に入る。


 そして気づく。


「……そうだよな」


 うがいようのコップが濡れている。


 もちろん学校から帰ってきた時にうがいをしているから、まだ乾ききってないのはわかる。


 そこは問題ではない。


「そりゃ使ってるよな。てか使うよな」


 今帰ってきた時も水萌さんは一度洗面所に入っていた。


 そしてコップには明らかに水が付いている。


 つまりこれは水萌さんの使用済……


「やめよう。多分考えたら負けだ」


 とりあえず手を洗って、うがいは両手で水を受けてすることにした。


「意識しすぎなんだよなぁ」


 だけどさすがに水萌さんとの間接なんちゃらは意識せざるをえない。


 もう既に同じ箸でお弁当を食べてるから今更なんだけど。


 そんなことを考えながら、俺の気なんて微塵もわかっていないでウキウキの水萌さんの元に向かう。


「舞翔くんお疲れ?」


「ちょっとね。水萌さんと居れば完全回復するから大丈夫」


 その後にまた半分ぐらい削られるのだけど。


「私は舞翔くんの癒しになれるの?」


「存在が癒しだから。癒されすぎてダメージになることもあるんだけど」


「ん?」


「なんでもない。それより始めようか」


「うん。お願いします、舞翔先生」


「先生はやめなさい。俺は先生って職種好きじゃないから」


 高校生の大半が思うであろうことであって他意はない。


 子供というのは大人の理不尽なところを嫌いなのだ。


『子供だから』とか『私たちの時代は』とかいう押し付けがある以上は大人を好きにはなれない。


 まあ呼ばれたくない一番の理由は、そんな大層な人間ではないからなのだけど。


「じゃあ師匠?」


「普通でいいから」


「なら舞翔くん。まずはエプロンから?」


「したいならしてもいいけど、うちには無いよ?」


 家庭料理でエプロンをする人なんているのだろうか。


 やる人はやるのだろうけど、正直必要性を感じない。


 水萌さんならどんなものでも似合うだろうから、そういう理由で着てもいいのだろうけど。


「私も持ってないからいいならいいや。あ、頑張るからいっぱい教えてね


「いや、ほんとにやめろし!」


 水萌さんが今日一の笑顔になる。


 別にお兄ちゃん呼びをして欲しいとか言ったわけではない。


 俺が水萌さんと同じようにパーカーを着ていて、仲良さそうに買い物をしていたので、買い物に来てたおばあさんに「兄妹でお買い物なんて仲がいいねぇ」と言われて「はい、仲良しです!」と水萌さんが悪ノリした。


 それを今思い出したのであろう。


 幸いなのが身長差があったせいか、恋人に見られなかったことだ。


 もしそんなこと言われたら……多分水萌さんが普通に「違いますよ?」と言うだろうから平気なんだろうけど。


「お兄ちゃんは妹の私嫌い?」


「それ以上続けるなら嫌いになるかも」


「やめます、舞翔お兄ちゃん」


「後で覚えてろよ……」


 俺が嫌いになれないのをいいことに言いたい放題言っている。


 水萌さんが楽しそうだからいいけど、後で絶対にやり返す。


「それでまず何やるの、舞翔お兄ちゃん」


「続けんのかよ、別にいいけど。先に言っとくけど、俺が教えるのは『家庭料理』であって『普通の料理』じゃないからね?」


「何が違うの?」


「簡単に言うと、大雑把なのが『家庭料理』で量とかちゃんとするのが『普通の料理』かな。まあ普通って言い方してるけと、俺達みたいな言い方すると『完璧な料理』かな?」


 毎日作る料理で毎回ちゃんとグラムを量っていたらキリがない。


 やる人もいるみたいだけど、自分で食べるものや、家族に出すものまで律儀に量るのはめんどくさい。


「ちゃんとしたのが知りたいなら母さんに教わって」


「誰かに振る舞うとかしないからいいかな? 量るのめんどくさいし」


「水萌さんならそう言うと思った。最初は量った方がいいんだろうけど、正直言って、俺は量を量ったことないからわからないんだよね」


 正確には最初の方はなんとなく量っていたけど、途中から「これ意味あんの?」と疑問に思ってからはやっていない。


 別に俺は料理人を目指してるわけでもないし、美味しいものが食べたいわけでもない。


『料理』という過程は好きだけど、『食べる』という工程はどうでもいいと思っている。


 だからって自分で食べるのだからわざわざ不味いものを作ろうとは思わないけど。


「俺の料理はそれなりに美味しいものだから、そこだけ注意してね」


「舞翔くんのお料理美味しいもん。私は舞翔くんのお料理なら毎日でも食べたいよ」


「ありがとう。実際食べてるもんね」


 俺のお弁当を二日たいらげた水萌さんの言葉には説得力がある。


「私を食いしん坊みたいに言って。舞翔お兄ちゃんのバカ」


「せっかく戻ったんだからそのままにしようよ。花より男子なのは事実でしょ?」


「……否定はしないけど」


 水萌さんがほっぺたを膨らませて上目遣いで俺を睨む。


 可愛いだけだからやめて欲しい。


「質より量なのは俺もだけどね。とりあえず始めようか。包丁使える?」


「おうちでは怖くて使ったことない。調理実習の時は簡単なことしかやれなかったから」


「水萌さんって昔から水萌さんだったの?」


「私は私だよ?」


「人気的な意味で」


「んーん。私って引っ込み思案で、暗い子だから今みたいに人が周りにいっぱいいるみたいなことはなかったよ」


「つまり高校生になって水萌さんの可愛いがバレたってこと?」


 水萌さんが口を開いてそのまま閉じる。


 どうやら事情ありのようだ。


「ん? つまり高校に入ってからの告白が十回超えてるってこと?」


「うん。一日に二回とかもあったし、同じ人からもあるから」


「ほんとに大変だな。俺は少しでも水萌さんの元気を回復させられてる?」


「うん! 舞翔くんがいれば元気100倍だよ!」


 それなら良かった。


 俺だけが一方的に水萌さんから元気を貰っているのは不公平だ。


 お互いに元気を与えられているなら、それが本当の意味で友達と呼べる。


「あ、舞翔お兄ちゃん」


「ほんとに覚えとけよ。それよか始めよう。とりあえずはたまねぎのみじん切りから」


「いきなり最難関のやつだ」


 あまり包丁を使ったことのない人からしたらそうなんだろうけど、こだわらないならあらみじん切りでいいし、そこまで難しくない。


「指さえ切らなければ適当でいいから。見ててね」


 たまねぎの皮を剥いて上と下を切り落とし、半分に切る。そして繊維に逆らわずに少しだけ残して千切りのように切っていく。そしたら繊維に逆らって切ればいい。


「ここで包丁とまな板を並行にしてたまねぎに切れ目を入れるとかもあるんだけど、忘れてたからいいや」


「それが適当?」


「そう。どっちにしろ小さくしたかったら最後に切り刻めばいいし」


 俺としてはたまねぎが大きく残ってる方が好きなのでこのままでもいい。


 そこは人の好み次第だ。


「はい」


「いきなりですか」


 切ったたまねぎをまな板の端に寄せて、場所と包丁を水萌さんに渡す。


「すごいドキドキする」


「指さえ切らなければなんとかなるから気楽にね」


「もしも手が滑って足に落ちたら?」


「急いで引いてね。それと、『指さえ』って言ったけど、『水萌さんを』って意味だからね?」


 たまねぎのみじん切りなんて、結局最後に切り刻めばなんとかなる。


 だけど水萌さんが怪我でもしたら謝って済む話ではない。


「危なそうなら止めるからゆっくりやってみて」


「うん」


 そうして水萌さんはゆっくりだけど俺のやった通りにたまねぎを切り始めた。


「そういえばさ」


「喋る余裕はあるんだ」


「気になったから。包丁を使う時は猫さんのおててにするんじゃないの?」


「それね。やってみたんだけど、やりづら過ぎて俺はやってない。正確にはたまに無意識でやってるけど、意識してやるとほんとにやりづらいんだよね」


 俺の場合は指を立てて食材をまな板に押し込むように押さえている。


 結果的にそれで指を切ったことはないからやめる気もない。


 そんなことを思っていたら、水萌さんは無事にたまねぎを切り終えた。


「少し大きくて不格好だけど、それは後で切ればいいし。完璧」


「ふぅ、やったよ舞翔く──」


「ばか!」


 水萌さんが安堵と喜びから油断して、包丁を持ったまま俺の方を向いた。


 そして油断から包丁が水萌さんの手から滑り落ちた。


 俺は反射的に水萌さんの元に走り出し、その勢いのまま水萌さんを抱き寄せた。


 カタン


 包丁は床に刺さることもなく落ちてくれた。


「包丁持ってふらつくんじゃないよ」


「ご、ごめんなさい。舞翔く……」


 水萌さんが俺の腕を見て固まる。


「あらら、少し切ったか」


 気をつけたつもりだったけど、咄嗟のことだったのと、料理中ということで袖をまくっていたから左腕を少しだけ切ってしまった。


「カッコつかないもんだよな、現実だし」


「……」


「気にするなとは言わない。でも、水萌さんに怪我が無くて良かったよ」


 とりあえず料理を中断して絆創膏を貼りに行く。


 ついでに泣いてしまっている水萌さんも連れて。

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