第7話 からかいミスにはご注意を

 クレーンゲームで猫を取り、交換した後は適当にゲームセンターを回って何もしないで外に出た。


 ちなみに猫はそのまま持つのも邪魔なので、さすがに袋を貰った。


「六時までは少し時間あるけど帰る?」


「そうだなぁ、一応やりたかったことはできたし、ちょっと話だけしていいか?」


「いいよ」


 六時までとは言ったけど、母さんの帰りは遅いので特に時間に追われてはいない。


 なのでレンの後に続いて歩いていると、小さな公園に着いた。


「童心に帰って遊ぶの?」


「んなわけないだろ。話って言ったろ」


「『放課後』『寄り道帰り』『暗くなってきた公園』『男女』ここから導き出される答えは……」


「いや告白じゃないから」


「知ってるけど? 俺はてっきり今日の報復でもされるのかと」


 別に俺は悪いことをしてないけど、レンの勘違いからそういうことが起こってもおかしくない。


 俺は何もしてないけど。


「それもありかな。よし、一発殴らせろ」


「やり返しは?」


「サキは可愛いオレを殴れんのかな?」


「無理かな。別のことなら……」


「笑顔やめろ。殴られるより怖いわ」


 俺はレンを殴るつもりも、いじめるつもりもない。


 からかうのは楽しいからやるけど。


「まあいいや、それより話な。サキは何曜日にバイトしてる?」


「基本は火曜と木曜と土日。休もうと思えば休めるってところだけ見たらホワイトなバイト」


「言い方よ。つまり月水金は放課後暇なんだな?」


「基本はね。急に休みが出て駆り出されることもあるかも? 俺はまだそこまでしないから今はないけど」


 バイトは四月の初めからやっていて、今はちょうど一ヶ月が過ぎたところだ。


 人より覚えがいいようで、今はそれなりに仕事ができている。


「あ、土日なら終わりが遅くても五時ぐらいだな」


「おけ。じゃあ暇な時はオレが貰うな」


「急にお前は俺のもの宣言やめろよ。ドキッとするだろ」


「お前のクソ強メンタルをオレの言葉程度で動かせるわけないだろ」


 そんなことはない。


 実際レンの行動や発言に『可愛い』と感じることはある。


 あくまで飼い主目線だけど。


「今絶対にオレをバカにしたろ」


「お互い様だから許せ。それより暇な時は毎日ゲーセン行くってことか?」


「大抵はそうかな」


「放課後デートね」


「殴るぞ?」


 そう言いつつレンは俺に正拳突きをする。


「別に相談役になってやってもいいぞ?」


「相談ねぇ……」


 生まれてこの方悩んだことがない、とまではいかないけど、あまり抱え込む性格でもないから誰にも言えない秘密などがない。


 だから相談する内容が思いつかない。


「そういえば友達いるんだろ? そいつのこととかでもいいけど」


「そっか、あれって一応秘密だ」


「オレが聞いたら駄目なやつ?」


「んや、別に。相談はしないけど、それぐらいなら多分大丈夫」


 秘密の関係どころか誰かと関係を持つこと自体が初めてで、そこら辺の線引きがよくわからない。


 明日、水萌みなもさんとちゃんと話さなければいけない。


「レンって学校どこなんだ?」


「学校? 多分サキと同じ」


「そうなんだ。てことは学校終わってすぐに着替えたと?」


 俺は学校が終わってすぐに外に出た。


 帰る準備を少ししていたけど、それでも早い方だったが、レンは俺が外に出た時には三人組に絡まれていた。


 しかもパーカー姿で。


「んにゃ、今日はサボった。正確には昼までは居たんだけど、色々あって保健室で寝てた」


「それで普通よりも少し早く帰れたから着替えて外に出たら絡まれたと?」


「そ、制服でゲーセンって女の子からしたら恥ずかしいから」


 絶対にそんなことを思っていないのはレンの嘘くさい笑顔を見ればわかる。


 多分触れて欲しくないところだろうから深くは聞かないが、俺は空気を読まない男だから無視もしない。


「にゃ!?」


「やっぱりレンって猫だったのか」


「う、うっさいばか。それよりにゃにしてる」


「頭を撫でてる?」


 レンの照れ顔と、猫語を聞けただけでやった価値はある。


 レンは頑張って俺の手をどけようとしてるけど、レンの力に負けるほど俺は男の子をやめていない。


「レンさぁ、そうやってギャップを見せるから構いたくなるんだよ。わかる?」


「なんでオレが責められてんの? キレようか?」


 レンはそう言って俺に正拳突きをする。


 格ゲーをやり込んでいたし、そういう動作が好きなのかもしれない。


 好きな動きを真似してしまうなんて、少し中二病をこじらせていそうで可愛らしい。


「なんで撫でるのが終わらないどころか優しくなってんだよ」


「あれかな、アニマルセラピーならぬレンセラピー」


「お前絶対いつか泣かす」


 レンは睨むが、それすらも可愛らしい。


「やっぱり変なのは五人だった」


「そういえば変なの四人に絡まれたとか言ってたな。大丈夫、イジメられてない?」


「いじめはあるよ。オレって結構嫌われ者だし」


 レンが興味無さそうに答える。


 その無表情はイジメが真実だと語っている。


「なんてな、じょう、だんだから。ほんとに」


 俺の表情が暗くなっているのを察したのか、レンが慌てて俺の左手を両手で包み込む。


 右手は既にレンの頭から離れている。


「ほんとにごめん。レンの気持ちを何も考えないで……」


「だから冗談だって。確かに嫌われてるのは事実だけど、そんなあからさまなイジメには遭ってないから」


 つまりは『あからさまじゃない』ものには遭っているということ。


 そういうセンシティブなことは絶対にからかってはいけないことだ。


 たとえ本人が気にしていなかったとしても。


「サキも落ち込むことあるんだな」


「あるよ。大切な人を傷つけて落ち込まない奴はいないだろ」


「大切ってオレが?」


「当たり前だろ。レンはどう思ってるか知らないけど、俺からしたら大切な『友達』なんだよ」


 今まで人との関係を避けてきた俺が『友達』と自分で認めることなんて自分でも驚いた。


 だけど、俺にとってレンとの時間楽しくて、きっとこういう相手を『友達』と呼ぶのだと思った。


 水萌さんも大切な友達だけど、それと同じぐらいレンも大切だ。


「友達か……。なんか恥ずいけど、気持ちは嬉しいよ。オレもサキと一緒に居るのはウザイけど楽しいし。それと一つ訂正な、オレは別に傷ついてない」


「ほんとに?」


「……」


「やっぱり……」


「ごめん、今の沈黙はサキの気持ちをより理解しただけ」


「どういうこと?」


 俺が聞くとレンははにかむように笑って「教えなーい」と言った。


「それよりも、四人目は別にオレをイジメてたとかじゃなくて、むしろ逆?」


「逆?」


「多分オレを知らなかったんだろうな。めっちゃ優しかった」


「確かに変か」


 決して悪い意味ではない。


 ただ、優しい人間というのは絶滅危惧種だから珍しいという意味で変な人になる。


「てかいつまでそんなしょぼくれた顔してんだよ。オレは何も気にしてないんだからサキも気にするなっての。むしろそっちのが気になるから」


「じゃあ宣言していい?」


「何を? 告白でもすんの?」


「似たようなもの」


 驚くレンを無視してレンに握られた左手を胸の位置に持ってくる。


 そして右手もレンの手に添える。


「俺はレンに幸せになってもらうから」


「ばっ、ばっ!」


『か』をどこかに忘れてきたようで、レンは顔を真っ赤にして、腕をどけてから俺のお腹の辺りに頭突きをした。


 もちろん痛くない。


「あ、『幸せにする』の方が良かった?」


「違うわバカ。一回死んで転生しろ!」


「生まれ変わってもレンへの気持ちは変わらないから」


「おまっ、うにゃー」


 レンが俺に握られて動かせない左手を残し、右手で俺のことをぽかぽかと叩いてくる。


 こういう関係をずっと続けていきたい。


 レンには二度と寂しい顔も、悲しい顔も、全てを諦めたような顔もさせない。


 俺と居る時だけでも、ずっと顔を真っ赤にしていて欲しい。


「お前絶対に変なこと考えたろ!」


「レンは可愛い。QED」


「お前オレのこと好きすぎだろ!」


「結構好き。でもごめん、恋愛対象には見れない」


「勝手に振るな! オレだってごめんだわ」


「照れ隠しなんだけどな……」


「え……?」


「やっぱりレンをからかうのはとても楽しい」


 こうして俺達は誰も居ない公園で随分な時間じゃれ……喧嘩していた。


 水萌さんとはお昼ご飯を一緒に食べる約束をして、レンとは放課後デート。


 俺の人生が今日一日でひっくり返った。


 もちろんいい方向に……だと思う。


 時間を忘れられる関係性は大切だと思う。


 だからなのだろうか、家に着いたのは七時半を過ぎた頃だった。

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