第3話「私は、故郷に帰ります」

世界一周を果たした、マゼランはこう記している。


—エストレーラ山脈より一回り大きい、純青色の山がある、日出ずる国があった。

そこの先住民達は男も女も子供も屈強だった。

魔法がなければ、ここで旅は終わっていただろう—



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「頼みたいことは、遠出を連れて行ってほしいことだ」


ピョヤ村の騒動から数日が経ち、馬車で出発する日が近づいてきた。

そして、ガンスミスさんが前に言えなかったであろう頼み事を聞いていた。

俺はシンリョクオオカミの一件で、遠出を頼むと思っていた。


「…すまないな、ガンスミスさん」


理由はいくつもある。

食料・金銭・服装などなどがあるが、一番の問題は…性別の問題だ。


「私は、その…女性と過ごしたことがなくて…快適に過ごす合うことは難しいだろう」


情けないだろうことを正直に話す。

それに、俺にはやるべきことがある。

彼女を巻き込むわけにはいかない。

そのこともガンスミスさんに伝えたのだが、ガンスミスさんは食い下がる。


「遠出のことは、聞いてくれないのか?」

「…どんな境遇だろうと、それは彼女が決めることだ…と思う」


誰かに決められたものに、選択と責任は伴わない。

それでは、誰かのせいにしてしまう。

クラウディア姫も自分で決めて自分の道を行ったのだ。

俺も自分で決めて、彼女と別の道を行った。

自分で選択することが重要だと、そう思っていた。


「…その通りだと、俺も思う。だが、遠出には…選択肢なんてなかったんだ。彼女は奴隷、奪われて続けられた人間だ」

「…!」


なぜ、気づかなかったのだろうか?

突然故郷を襲われて、奪われて、奴隷として売られた。

そんな彼女に…選択肢は、あったはずがなかった。

俺の思っていたことは、綺麗事にすぎない!

俺は頭を思い切り地面に叩きつけた。


「!お、おい!ハンリット、どうした!?」


なぜ気づけなかった!

俺は、奪われた人間だろうに!

俺は故郷を燃やされて、ただ逃げるしかできなかったなかったあの、無力感を味わったというのに!

軽率な発言をした、彼女のことを軽んじた、俺自身を許せない!

2回頭を打ち付けた。


「…なぁ—」

「すまなかった!私が間違えていた。彼女と話してみようと思う」

「本当か!?」

「だが、やはり…それでも、彼女には自らの意思で決めてほしいと思っている。彼女を尊重したい」

「ああ、分かった」


そして、教えてもらった。

彼女は村の少し離れた、石によく座っていると。

早速、向かうことにした。


「…あ、ちょっと待て…止める暇もなかった。ハンリット、血が滲んでいたのに…」



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彼女は1人、ぽつんと石の上に座っていた。

そして、唄っているようだ。

耳をすましてみる。


ねんねんころりよ おころりよ

坊やはよい子だ

ねんねしな


坊やのお守りは どこへ行った

あの山こえて 里へ行った


里のみやげに なにもろた

でんでん太鼓に 笙の笛


起きゃがり小法師こぼしに振り鼓

起きゃがり小法師こぼしに振り鼓


綺麗な歌声で、何かを思い出しているようだった。

彼女が唄い終わってからゆっくり近づいた。

彼女は俺に気づいて、座ったまま挨拶をした。


「こんにちは、お客人。もしかして、聴いていましたか?」

「こんにちは…すまない、いえすみません」

「いえ…ただ少し、恥ずかしいですね」


遠出は少し笑う。

オオカミたちと戦った遠出とはまた違う人のように感じる穏やかさだ。


「少し、話しませんか?付き合っていただけると嬉しいのですが」

「分かりました。私も、あなたと話したいと思っていました」

「では、少し冷たいですが、どうぞ」


遠出はいままで座っていた場所を空け、座るよう促した。

…石に手を当てて唱える。


「—火よ、この石に熱を—」

「?…あ、温かい…」

「熱が冷めるまで、話しましょう」

「ええ、そうしましょう」


俺は石に腰かけて、さて何から話したものかと考える。

…歌のことを聞いてみようか。


「さっき唄っていたのは、故郷の歌ですか?」


遠出は少し目を細めて、少し俯いて答えた。


「はい。よく母が、唄っていました。これを聞けば、安らかな眠りにつくことができました」

「私の故郷にも、子守歌のようなものがありました。私もよくそれを聴き、眠りについていたことを思い出しました」


遠出は少し身体をこちらに向け、顔を向けて話す。


「そうでしたか。文化は違えど皆、子供に思うことは同じなのですね」

「ええ。子供は、よく食べよく遊びよく寝る…それが一番ですから」

「はい…本当に、その通りです」


どうやら、遠出の故郷であろう国でも子を思う親の気持ちは変わらないらしい。

…遠出は故郷のことをどう思っているのだろうか?

ここで歌を唄っていたことと関係があるかもしれない。

聞いてみることにする。


「それにしても、先ほどの歌はとても綺麗でした。よく、唄われるのですか?」


遠出は少し恥ずかしそうにして、懐かしむように石を撫でる。


「…私の故郷に、うなり石、という奇妙な石がありました」

「うなり石、ですか?」

「ええ—」


うなり石。

その名の通り、石が唸る…つまり、ひとりでに音を出すということだ。

しかし、唸るには条件があり、石が思わず唸るような、そんな声を届かせなければならないらしい。

唸らせることができれば、良いことが起こる…という言い伝えだそうだ。


「—私は、少しやんちゃで、奉られた石に、このように座り唄っていました。そのときの癖のようなものです」

「それは…なんというか…とても叱られたのでは?」

「ええ、とても。石ではなく、神主や母を唸らせていました」

「ふっ…」


彼女が何気なく話すのも相まって、思わず笑ってしまった。

遠出は案外、話し上手かもしれない。


「母に叱られてよく泣いて、母に慰められてよく眠りました」


懐かしむと同時に、目に影が落ちた。

彼女が嫌な記憶を辿る必要はない。

遠出が思い出すことを制止するように、俺は遠出の手の上に置いた。


「…あ」

「思い出す必要はない、遠出さん。ただ、故郷をどうおもっているかを、聞きたかっただけなんだ」

「そう、でしたか…」


俺は手を腿の上に置き、伝えるべきことを伝える。


「私は…あなたの義父、ガンスミスさんからあなたを連れて行ってほしいと頼まれました」

「ガンスミスさんがそんなことを…」

「あなたと少し話をした私ですら分かったことなら、彼はより感じていることでしょう…遠出さん、あなたは帰りたいと思っている」

「ええ…その通りです」


遠出は正面を見据えて、見えないもの見ようとしている。

奴隷としての日々は彼女を蝕み、選択する余地すら与えず、異国の地での劇的な環境の変化で心も身体も疲弊しきってしまった。

それでも、彼女は既に選択していた。

故郷に帰りたい、それだけを思っていたんだ。

俺はクラウディア姫から生きる選択肢をもらったから選択できた。

クラウディア姫、あなたの力を、俺に勇気をください。

あなたがくれた勇気を、どうかこの人にも分けてください。


「私はとある方から、勇気をもらったんです」

「…え?」


俺は遠出の手を両手で取り、魔法を唱えた。


「—月明りの柔らかな光、遠出に勇気をお与えください—」

「…とても、温かい」


遠出はとても嬉しそうだった。



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「村長、1か月間、お世話になりました」

「いいんじゃ、よく働きよく戦ってくれた、感謝するぞ」


準備はできた。

食料を多く調達しなくてはならなかったが。

遠出の姿はない。

しかし—


「…あの娘も行くのじゃな…」

「彼女がなにか?」

「遠出はずっと、ここではない何かを掴もうとする気配だったが…もう、掴んでおる。若者の成長は早いものだ」

「誰でも、変われると、そう思います」


そうですよね、クラウディア姫—



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「ガンスミスさん、私はあの方と、行こうと思います」

「…ああ、絶対、故郷に帰るんだぞ」

「必ず、帰ります。けど—」


遠出は少し笑い、話す。


「ここにも帰ってきます。ここは、私の故郷ですから」

「…」

「母しか居なかった私に、父親ができました。どちらにも顔を見せに行きます」

「……」

「ありがとう、父さん。私はとても幸せ者です」

「………」


扉を開けて、遠出は旅立った。

ガクガクしていた膝が遂に、折れた。


「あ、あああ、あああああああ」


我慢していたものが全部、全部、溢れだした。



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馬が鳴き、動き始める馬車。

ピョヤの村のことを思い出しながら次の街を目指す。

御者が言う。


「良かったんですか?お連れの方がいるのに…」

「あぁ…いや、いいんだ」

「そうですか…」


カタっと足音がして、女性が中に入ってくる。


「?なんですか?今の音?」

「連れが来たんだ。気にしなくていい」


遠出は静かに座る。


「…少し、心配しました」

「すみません、少しだけ、泣いていました」

「そうですか…」

「ええ、手紙を書いて、父には直接、別れを言いました…恥ずかしかったですけどね」


と言いつつ、とても満たされた顔をしている。

良かった…本当に。


「でも、あなたは心配する必要はありません」

「?」

「私は…ハンリットさんに、唸らされましたから」


気持ちのいい笑顔だった。



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「あー!遠出の奴!父さんの分の干物持っていきやがったー!ちきしょー!」

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あぁ!ルネサンスに殺される さわけん @s4w4ken

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