第2話「漂着、ピョヤの村での準備」
ピョヤの村に、ある1人の男がやってきて、数日経った。
名前はハンリットという若者だ。
ハンリットを最初見つけた時は、ひどい状態だった。
獣臭く泥臭く、草木で擦れた傷が無数にあり、着ている服はボロボロだった。
剣は刃こぼれが酷く、盾はぼこぼこであった。
しかし彼はしっかりとした立ち振る舞いであった。
「すまない、ご老体。お聞きしたい事があります。ここは…ピョヤの村だろうか?」
「そうだが…おぬしは一体…」
「これは、失礼。私はハンリットと申します。森で彷徨っていました—」
それからハンリットは話した。
3か月、森を彷徨っていたこと。
故郷を襲われ、逃げてきたこと。
そして—要求した。
「この村に滞在する許可をいただきたい。少しだけ土地を貸していただければありがたい。更地で構いませんので、どうか」
「…条件がある」
「なんでしょうか?」
「臭い…うちの洗い場でしっかり洗うことだ」
「なるほど…いえ、ありがとうございます」
それ以来、ピョヤの村長はハンリットに空き家を提供し、彼はそこに住んでいる。
ハンリットは働き者で、ピョヤの村民たちはすぐに気に入った。
———————————————————
俺はピョヤの村に滞在している。
長居するつもりはないが、人間関係の構築、出発の準備はしっかりしておくべきだろう。
俺の1日はすぐに決まった。
朝は剣の鍛錬、魔法の確認をする。
昼から夕暮れは農作業・畜産の手伝い、狩り・採取、情報収集。
夜には軽く鍛錬をする。
農作業・畜産の手伝いで人間関係を構築していった結果、悪い印象にはならず、ありがたいことに少し穀物をわけてもらっている。
狩りでは鹿や兎、猪に鳥に矢を放ち、槍で止めを刺し、血ぬきをして、冷やしながら持って帰る…という理想を描く。
情報収集は、これから起こるだろう火と水の戦争に関することで使える情報はないかということ。
人間が神々を信仰し、ルネサンスを唱え始め、神を捨てた現在、勇者フリートが魔王を倒していない時でさえ、人間には信仰していた派閥がある。
木、火、土、金、水。
5つの派閥。
これは魔法と呼ばれるものでもある。
人間は魔法を使いながらも1つの属性に肩入れする。
それぞれの国ができて、それぞれが平和に暮らすはずだった。
魔王の登場で、人間たちが徒党を組む時代になり、さまざまないざこざが生まれた。
その中でも根が深い問題は、火水という言葉が作られるほどのいざこざだと言われる。
俺が子供だったそのとき、先生はこう教えてくれた。
「火の国では火水、水の国では水火、と使い分けてください。もっとも、あえてこの言葉を使わないでください、と教えるべきですね」
バグアムが焼失したのは、火の国が動き出したからではないかと見ている。
なら止めなければならない。
バグアムの無残に死んでいった者たちに報いるために。
——————————————————————————
準備の1つとして
ピョヤの村には鍛冶屋がある。
今日はそこに預けたボロボロになった剣と盾を取りに行く日だ。
店に着いたのだが、店主、ガンスミスにそうそう謝られた。
「すまねぇ!やっぱり完全には直せなかった…」
「いいんだ、ガンスミスさん。私は満足している、感謝する」
「ああ…だが、なんで俺に頼んだんだ?ハンリット、あんたの方が上手いんじゃないか?」
「…そうだな」
きっと俺の方が上手くできるだろう。
バグアムでは手入れの仕方も習っていた。
確かな技術を研磨しながら継いで来たのだ。
ガンスミスは独学で趣味の範囲を出ていない。
まだ、甘いと言わざるおえないだろう。
だが、
「私にはいろいろやるべきことがあるんだ。そして、相応に準備することが多い。同時進行するのにも限度がある」
「そこで、武器防具の手入れは俺に任せたわけか…」
「はい。もう1週間も経たない内に馬車が来るらしいんだ。それに乗りたい。スピードを第一とした最善が、私が食料を確保し、ガンスミスさんに直してもらうことと判断したんだ」
ガンスミスさんが手入れの点数30点だとして俺は45点くらいの出来栄えだろう。
ただ、俺が45点を出した時、食料確保点は0点だ。
それでは意味がない。
俺は仕事してくれたガンスミスさんに改めて礼を言う。
「よく独学で鍛冶を学び、仕事を引き受けてくれた。今の私に、あなたは必要だった。ありがとう」
「理解できたよ。そして、あんたの役に立てたと実感できた。言葉でも、心でも」
「ああ、報酬は干し魚だ、受け取ってくれ。干して酒に漬けたんだが、期間が短く、塩が無かったからあまり猶予はない。早めに食べてくれ」
狩りはあまり上手くいっていないが、釣りはなかなかだ。
そのおかげで干し魚を多く作れている。
その分、寄生虫やらに目を光らせなくてはならなかったが、まぁ住みやすい環境を作れたことに感謝しよう。
やはり、人間関係は腹を掴むのが良好である。
「これで3度目だな。あんたの干しものを貰うのは…娘も喜んでいたよ」
「娘?…そういえば、何度かあなたと一緒に歩いていた女性がいたような…」
黒髪で黒目、明らかにここらへんに住んでいる者ではなかったな。
血縁関係ではないとすれば…養子だろうか?
「そう、養子だ。名前がなかったから…遠出と呼んでいるんだ」
「とおで?」
「あぁ…あんたも察してるだろうが、ここの人間じゃないんだ—」
世界一周をした者たちがいた。
マゼラン艦隊と呼ばれる。
マゼランは現地で奴隷を獲得し、多くの人間を売った。
遠出という女性もその1人だそうだ。
「多くの国、街、村を転々としたようだ。だから遠出だ」
「そうか…その子にも喜んでもらえて何よりだ」
「あぁ…その、頼み—」
なぜこの村に居るのか?などの疑問があったが知る必要はないだろう。
ガンスミスさんが何かを言おうとしたとき、それは起きた。
獣の遠吠えが聞こえて、遅れてけたたましい警鐘の音が鳴り響く。
状況確認をするべきだ。
「行こう!ガンスミスさん」
「あぁ!行こう、ハンリット」
——————————————————————
ピョヤの村の住人はほとんどが戦闘員であり、魔法や剣が使える者ばかりだ。
彼らはこの地に縄張りを築き、村を開拓した。
そして、今回は縄張り争いの一環だ。
皆、村の真ん中に集まっている。
遠出という女性もいた。
村長が発言する。
「シンリョクオオカミが攻めてきた。4、8、12時の方向に敵影を確認した」
「本命は?」
「12時に頭、8時に敵が多い、4時は少ないと見た…遠出はどう思う」
「そう思う」
?遠出に確認をとる必要があるのか?
「なら、12時に遠出と精鋭で頭を叩いてもらう。8時に多くの人員を割いて凌いでもらう。4時は若者で対処、ハンリットもそこで対処だ…以上!」
皆、すぐに散開し持ち場に急ぐ。
俺も若者についていく。
遠出は精鋭扱いを受けていた。
それが気になりながら持ち場についた。
—————————————————————
4時方向は敵が少ないこともありすぐに迎撃できた。
リーダーが発言する。
「敵影なし。ここに見張りを数人置いて、残りは8時の増援に向かう」
「「「了解」」」
俺も付いて行くのだが、リーダーに止められた。
「お客人、あなたは12時方向へ行ってもらいたい」
「了解です」
「すまないな、案内役を1人付ける。頭を頼んだ」
「いえ、案内は不要です。了解です。ご武運を」
俺たちは散開した。
軽く走り、呼吸を整えて向かう。
シンリョクオオカミについて改めて分析し、戦い方を理解しておく。
狼は一匹で狩りをしたり、4匹で一組で獲物を襲うこともある。
全速力は70km/h出るという。
シンリョクオオカミは緑の森に生息する。
緑色の毛皮でカモフラージュ性があり、草を踏んでも音が響きにくい隠密性もある。
彼らの狩りは基本暗殺であり、それ以外は獲物を疲れさせ、刈り取るものだ。
他の狼よりも初速が早く小回りが効き、最高速度は遅い。
物陰に隠れ奇襲を狙う傾向にあり、見つけるのは難しい。
弱点として
近くの大きな物音で単調な動きで飛び出すためそこを狙う。
力一杯動いた後は動きが大きく鈍る。
群れの頭が居なくなると撤退を始める。
今回攻めてきたから、隠れることは少ない。
相手が思いっきり動いた後、体力がないかどうかを見極めるのが重要だ。
シンリョクオオカミの分析を終えたタイミングでピョヤの村民達の後ろ姿が見える。
彼らを驚かせないように遠くから声をかけて近づいた。
「4時の敵を掃討し、応援に駆けつけました」
「やっぱり来たか!状況はあと1歩だ」
多くのシンリョクオオカミの亡骸が転がっている。
その先に、遠出が居て、ずっと警戒している。
ある方向をずっと見つめ、鞘から剣を抜けるようにして。
その方向に敵は見えない。
「なるほど、敵が見えないですね」
「ああ、居るような気はしてる。最初は面で攻めようとしたんだが…」
等間隔で攻め入り、隣合う人間同士で連携を取りながら掃除をする。
強行だが、4時方向の戦況によっては急がなくてはならないことを考えるといい案のように思える。
「遠出が言うには、カウンター狙いで誘っているらしい」
攻撃を仕掛けてくるようなら敵全員で命を取りに来る。
来ないなら持久戦。
いつどこから来るか分からないシンリョクオオカミを相手するピョヤ陣営。
敵の来る方向が分かっていて、物陰でじっと待てるオオカミ陣営。
ピョヤ陣営が明らかに不利だ。
動くなら早めに動かなければならない。
「お客人、急だが、案はあるか?無かったら、俺たちが面で攻め、出てきた所を主に遠出に任せながら進んでいこうと思う」
なるほど。
遠出はかなり強いようだ。
前衛で面を張り、遠出の剣の届く範囲で戦い、中衛で遠出が狩っていく。後衛で状況確認と魔法の援護をする。
このように敵を捌いていたのか。
敵がカウンター狙いになるのも無理はない。
向かって来る敵にはまさに無敵の布陣だろう。
ただ、進むとなると話は違う。
状況確認は森の中では難しく、同時に別々の人に攻められれば遠出でも捌ききれないだろう。
なら—的を1つにすればいい。
「案があります。私だけ囮になることです。早速、彼女と話してきます」
——————————————————
「あなたが、全てを凌ぎ、耐えると言うのですか?」
遠出は静かに、坦々と話す。
「はい。私が水の魔法を使い、辺りを水浸しにします。それでも奴らの足音は聞こえないかもしれませんが、私を襲う初歩はきっと踏み込み、音が聞こえるはずです」
水でさらに足音に注意を払い、集中力が疎かになる。動きが単調になるかもしれないし、相手が滑り、足音が聞こえるかもしれない。
「同時に攻められた時は?」
「きっと、しっかり同時に攻撃はしてこないはずです」
連携するといっても、きっかり同じ場所を同時に攻めれば、避けられたとき衝突してしまうリスクがある。
やるなら命がけの時だけだろう。
連撃なら捌き、弾いてみせる。
「…では、最後に1つ…なぜ、私を頼れるのですか?」
「ここを守ろうとする強い人々が、あなたを頼っているからです」
遠出は一度、鞘から手を離し、静かに伝える。
「…気配は全部で7つです。その中に小さいが濃いものがある。それが頭でしょう」
なるほど、どうやら群れの頭は普通の個体より小さいようだ。
遠出は鞘と剣の持ち手を握り、静かに構えた。
「…参りましょう」
「はい、行きます—海よ、我の周囲に恵みを与え続け給え—」
水を周囲6m張る。
森の中に進む。
遠出の気配が後ろに10mの所に感じる。
森の奥へ行く。
遠出の気配が消える。
構わず森を行く。
呼吸の音すら出さないように気を張る。
…
……
…………
……パキッ
9時の方向から木を踏んだ音が聞こえた!
いや、これじゃない!
本命は…
4時方向からポチャ、っと水音が響く。
来る!
右手の剣を4時方向に、地面に突き立てるようにして、足を守る。
ガキンッと金属音が鳴る。
オオカミが剣に嚙みついている。ポチャ、7時方向。
これが足止めだとすぐ理解し、力を流し弾き飛ばし2匹目にぶつける。
1時方向と遅れて9時方向から水音が聞こえる。
低い態勢で左旋回、オオカミの残影を視認し、盾を地面に擦れさせ斜めにして拾い、そのまま4匹目も盾でぶん殴り、弾き飛ばす。
俺は7時方向を向く。
少し間が入る。
「—火よ、我に力を—」
左手に火を生成しておく。
正面から姿を表す小さな5匹目と、4時方向、12時方向から水音がする。
正面に火を発射して、盾を構え、正面に飛び込む。
頭は左に避けたので、盾を地面に叩きつけて受け身を取って頭を追いながら残り2匹を見るつもりだった。
しかし、既に死んでいた。
遠出が既に斬っていて、水で剣に付いた血を洗い、鞘に収めているところだった。
終わったのか…
「私から言うのも妙かもしれないが…素晴らしい、戦いぶりでした」
遠出は変わらず、静かに坦々と告げた。
「あぁ…いや、君は凄まじいな…いつ刈り取ったか分かりませんでした」
周りをよく見てみると、弾いたオオカミ4匹も急所を狩られ絶命している。
すごい腕だ。
…いや、感心している場合じゃないな。
ピョヤ村の様子を確認しなければ…
戻ろうと遠出に声をかけようとした。
彼女は手を合わせていた、慈悲深く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます