あぁ!ルネサンスに殺される

さわけん

第1話「ルネサンス、人間の時代」

なぜ俺たちは殺し合っている?

勇者フリートが魔王を倒し、平和な世を迎えることこそ、我ら人間の運命では無かったのか?

我ら人間は同じ、アダムとイヴから生まれたというのに。


飛び交う砲弾と魔法の音、辺りで剣同士のこすれる音が聞こえる。

そして、ぼうっ!と赤いものが通り過ぎ、後ろの兵士が悲鳴をあげる。


「あああああああ!燃える!甲冑が…!熱い!ぬげない、あああ—」

「!待ってろ!今、水をかけてやる!」


燃える仲間に駆け寄り、消火にかかる。

震える手をかざし、震える口で唱える。


「全てを満たし、受け入れる海よ。この者に恵みの水を与えたまえ…」


手の平からなんとか水を生成し、炎にかける。

だが、俺の魔法では炎を消し去れない。

くそっ!なんとかしなければ!

俺は必死に土をかけ、水をかけ続けた。

なんで、なんでこんなことに…


「みんなにげろぉぉぉ!火の国だぁ!俺たちは火の国に狙われたんだぁ、あああああ」


どさっ、さっきまで叫んでいた兵士が火だるまになって、動かなくなった。

それを皮切りに周りの兵士達が絶叫を上げながら守るべき国、バグアムに向かって走り始める。

俺はもう呆然としていた。

終わりだと思ったからか、逃げている兵士が後ろから炎で打ち抜かれている姿を滑稽だと思ったのか。

バグアムの王城に白旗が上がったからだろうか。

ただ、もう炎は飛んでは来ず、敵兵もそれ以上何もしてこなかった。

終わった、ただそれだけを思った。

泥だらけの死体には何も感想はなかった。



————————————————————


あれから1週間が経過した。

我らの国、バグアムは。

火の国の1つ、オベグニカに敗戦し、植民地になった。

そして俺を含めた兵士全般がごみくずのような扱いを受けた。

バグアムの市民に。


「この役立たず!この国を守れないで何が兵士だ!」

「そうだそうだ!あれだけ私ら市民から奪っておきながら、今度は奴らと一緒に奪うのか!」

「死ね!血税を貰い、血を流せぬ魔族共め!」

「魔法しか使えない王族共々を引きずり下ろせ!」


俺は家の隅っこで丸まって、道で叫んでいる市民に震えながら耐え忍んでいる。

家にあったほとんどの物が、市民に差し押さえられ、奪われた。

もう軍は機能しておらず、市民を罰する力すらないほど衰えた。

もう街を歩くのは、敵国オベグニカの兵士共と、狂暴化した市民と、這いつくばり食料を求める兵士しかいなかった。

もうすぐこの国は終わる。

だれでも分かる惨状だった。

隠してあった食料はもう食いつくしてしまった。

ゆるやかな死を待つのみになった。

野垂れ死ぬのか、市民に殺されるかとびくびくしていると、いつの間にか日が落ちてきた。

外で騒いでいた市民は居なくなり、不気味な静寂がこの街バグアムを包んだ。


だから、聞こえてきた。

小さな陰謀の声が。


「オベグニカ、今夜、バグアムを薪とする」

「魔法陣、火薬の設置。共に準備完了、計画実行可能」

「よし、バグアムを土に反す」


会話はたったそれだけだった。

しかし、恐怖するには十分だった。

今夜、この街バグアムが火の海になる。

俺は劫火に焼かれて死ぬ。


「は、は、はは、ああああああ、嫌だあああああぁぁ」


曖昧になっていた死が、明確な形を得て俺を吞み込んだ。

さっきまで、死んでもいいと言っていた俺はどこかにいってしまった。

俺は走る。

街の中心にある城に、市民の怒号が集まっている。

俺は逃げる。

がむしゃらにバグアムの外を目指す。

後ろが光り、熱を帯びる。

城の燃える音と、人間の悲鳴が聞こえる。

火が走る。

だんだん火の燃える音が近くなり、火薬に引火し爆発する。

人の形をした炎が俺を追いかける。

火から俺は逃げる。

もうやめてくれ…

火は俺を追いたてる。

そして、俺の傍にあった火薬に引火し、吹っ飛んだ。



————————————————————————



キーン

耳鳴りがして朦朧とした意識を取り戻す。

俺はまだ生きているのか…

五体満足でもある。

動きたくない。

だが、熱い後ろを見て思い出す。


俺の住んでいたバグアムは炎に包まれていた。

俺の意識が覚醒する。

とりあえず逃げなければならないと思った俺はよりバグアムから離れるために森の中に入った。


焦燥した心と身体を引きずって前に進むこと30分。

物音が聞こえた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


この森に住む獣か、バグアムから逃げてきた者か— 敵国、オベグニカの人間か。


「物音が聞こえた!バグアム人はすべて薪にしろ!ただ、姫だけは殺すな!」


俺はまた走りだした。

草木を踏み、枝が肌をこする。

その音が2重、3重とどんどん増えていくのが分かる。

死にたくねぇ、死にたくねぇ…

俺は震える声で唱えていた。


「神よ我をお救いください」


すると、月光が射しこんだ。

バグアムの姫君、クラウディアと戦争の遺品、剣と盾が照らされていた。


「あぁ神よ、我に救いをお与えくださるのですね」


俺は剣と盾を素早く拾い、クラウディアめがけて走った。

クラウディアも追われているようで逃げている。

だが、ドレスを着ていたのですぐに追いついた。

腕を掴む。


「やめて、離してください!」


俺がこんなに苦労したのに。

この姫は守るべき民を見殺しにして逃げようとしている。


「!あなたはバグアムの兵士ではありませんか!お願いです!助けてください!」


潤んだ瞳で助けを求めるクラウディア。

ガサゴソと音を立てて、向かって来ているオベグニカの奴ら。

もう猶予はない!


「ここに、バグアムの姫がいたぞおおおおおお」


俺は思いっきり叫んだ。


「!あなた、まさか—くっ!らいめ—ああ」


クラウディアが魔法を唱えるのを口に手を突っこみ止めさせる。

そして、首筋に剣を当てた。


「んんあ!んあ!」

「おとなしくしろ!でないと首を切ってやる」


俺は地面にクラウディアを仰向けで叩きつけ、覆いかぶさった。

下は草がよく生えていて衝撃はあまりないが、拘束するには十分だ。

クラウディアは悔しさと疑問と死を覚悟した顔をした。


草をかき分けて、ぞろぞろとオベグニカの追手が出てきた。

ここからだ。

落ち着け、俺。

なんとしても生きなければ。

オベグニカの1人が俺に声をかける。


「よくぞ、バグアムの姫を取り押さえた」

「はぁ、はぁ、はぁ、ああ。すぐに全員を集めてくれ」

「既に全員集まっている。ところで、なぜバグアムの兵士の恰好をしている?」


俺はクラウディアの口に突っこんだ手を引っ込め、代わりにクラウディアの口元を手で覆う。

クラウディアは目を見開く。

そして、大きめの声で答える。


「俺は、バグアムで秘密裏に動いたんだよ。今夜、バグアムに魔法陣を書くのも手伝ったんだ。そしたら、姫が失踪したっていうから足取りを追ってたんだよ!まさか、民を見殺しにして自分だけ逃げるとは!思わなかったがなぁ!」


ぱんっ、金属と肌のぶつかる音が響いた。


「もういい、捕まえたならいいんだ…」

「じゃあ—」

「この任務は我ら7人と姫以外は—」

「お、おい…待ってくれよ!この女をやっとの思いで気絶させ、無力化したのに…!やめて—」

「それは—好都合というものだ」


瞬間、7人が一斉に俺に飛び掛かった。

俺は横っとびして衝撃に備えた。


「—雷鳴よ、打ち抜け—」


ザンッ、と光が敵を穿つ。


「1人!」

「ああぁ、な、なかま割れではな、なく、謀られた、か!」


俺は横っ飛びの際に盾と剣を拾い、殺しにかかっていた。

痺れている、好機を逃すな!

一気に飛び込んだ。


「さ、さっ、せるか!!」


奴はナイフで俺の心臓を貫こうとする。

鋭い攻撃だ。

だが分かりやすい単調な動きであった。


「うおおおおおぉ!」


俺は盾で受け流しながら前進し、そのまま全体重をかけて剣で奴の心臓を貫いた。


「ご、ごぉぉぷ、ああ」


俺は奴に、全てをぶつけた。


「バグアムの怨嗟の炎を思い知れぇぇぇえぇ!」


天高く奴が刺さった剣を掲げ、真っ赤な炎で奴を燃やし尽くした。

すべてが灰になって消えた。

そして、終わったのだ。


「はぁ、はぁ、はぁーぁ、あ」


手をぶらんとおろして、たまらず膝をつき、手をついた。


「!大丈夫ですか!?仰向けになれますか?」


クラウディアは俺に駆け寄ってくる。

見た目はドレスがだいぶ汚れているが、大丈夫そうだ。


「ふぅ…いえ、問題ありません。姫は—」

「問題ないはずありません!手に血が滲んでいますよ。治療させてください。本来は私が負うべき傷だったのですから」

「…この傷は、私が受けるべき傷だったのです。姫のことを逆恨みし、地面に叩きつけ、剣を突き立てた。命が3つなければ償えないようなものを…私は…」


姫に対して、何も思わないなんてできない。

ただ、今回のバグアムが燃えたことについて、クラウディアに非はないだろう。

敵国オベグニカの人間が戦いを欲した結果のせいである。

俺も、クラウディアも、奪われたのだ。


「私は、そうは思いません。バグアムが焼失したのは、我ら王族が間違えたからでしょう…それを兵士に市民に、痛みを押し付けていたに過ぎません…」


クラウディアは泣きそうになるのを食いしばって堪えている。

…そうなのかもしれない。

バグアムの王族が間違えていなければ。

敵国オベグニカが戦争を仕掛けてこなければ。

勇者フリートが魔王を倒さず、人間が徒党を組んでいた時代のままであれば。

ルネサンスを唱え、人間の万能を信じなければ。


「私は何を間違えたのだろうか…」


満月に呟いた。

静寂だけが、あれらの言葉であった。

クラウディア姫も満月を見つめた。


「1つだけ、間違えていないと、思いたいことがあります」

「1つだけ…?」

「ええ…こうして生きていることです…」


くたびれた様子のクラウディア姫だったが、それでも生きようとしていた。


「あなたにも、生きてほしい…私は、間違っていますか?」

「分かり、ません…」

「正直、ですね、」


俺はもう死ぬしかないと思い、生きることを放棄しようとした人間だ。

だから、分からない。

生きることが間違っていないのか。

けれど、だけれど—


「ただ、生きることが間違いだと、思いたくはありません」

「…であれば、生きましょう」


俺の手を取るクラウディア姫。

それに対して片膝をつき、応える。


「私はクラウディアです。あなたは?」

「私は—ハンリット、と申します」

「—月明りの柔らかな光、ハンリットの傷を癒し給え—」


彼女が唱えると、満月のように淡く光る。

ぼろぼろのドレスが、反って美しく見えた。

爆弾の衝撃の傷、草木が擦れた傷、盾を殴って血の滲んだ拳が癒えた。


「これで、私を救ってくれた借りは、少しは返せましたかね…」

「それはどういう—」


顔を上げ、クラウディア姫を見る。

その顔は、決意の炎に燃えていた。

ただ、少しだけ、熱いだけではない温かな側面ものぞかせている。

温情と復讐が混ざる、顔であった。


「あなたは行ってください…私も、いきます」

「わたしは、ひめに、その、ような………」


俺は、思わず視線を落とし、声が途切れていく。

俺の手を離し、別れを告げるクラウディア姫。

彼女は背を向け、歩き始める。

止めないと、ここで止めないと、彼女は変わる。

彼女は歩く。

止められそうな言葉と理由が見当たらない。

彼女は先を歩く。


「わたしが、あなたを助けたこと、間違いにさせないでください」


彼女は遂に見えなくなった。

俺は立ち上がり、歩きだす。

俺も生きることを、助けられたことを、間違いにしないように。

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