第16話【第四章】

【第四章】


 室内に戻ると、いつに間にやらプロジェクターが設置されていた。

 スクリーンにはヴィーナスの姿が映され、なにやら神妙な顔つきで大河原三佐と話をしている。


《つまり、ゾンビたちの駆逐は完了したのね?》

「ああ。私は木端微塵にしてしまったが、絢斗は違う。今から我々が戦ったゾンビ共のデータを送るから、解析を頼みたい」

《ふう、やっと私も税金泥棒の皮を脱げる、ってことね?》

「そうだな。ついでに他人の遺体をいじくり回す権限まで与えられたわけだ。ところで、警視庁の監視カメラ、偽造映像はあとどのくらい持つ?」」

《長く見積もって、あと二時間》

「了解。俺は一旦そちらに向かう。葉崎、七海、お前たちはゾンビの出現場所、かつての総合病院の跡地に迎え。おそらくゾンビを生み出している黒幕はそこにいる。ふたりで制圧してもらうことになるが、可能か?」

「ゾンビの強さがこの程度なら、問題ないと思われます」


 妙にハキハキとした薫の返答。俺はズッコケそうになったが、実際俺たちが二人で急襲するしかないんだろうな、やっぱり。任務の性質上、これ以上の増援は望めないだろうし。

 俺もまた、三佐に大きく頷いて見せた。


 しかしなあ。

 三佐、さっきはゾンビを『木端微塵にしてしまった』って言ってるんだよな。薫は聞き流していたようだが、彼女と三佐の間で意見の対立が起きたら、俺には止めようがない。

 いや、どうせなら三佐の側につきたい、というのが本音だし。


 なんていうか……。薫って独断専行型というか、斬り込み隊長型というか、そんな性格をしている気がする。

 にもかかわらず、非殺戦闘を心掛けているという矛盾。


 ここ十数年で、警視庁も随分と棘のある組織にはなってきたようだが、いや、だからこそ、明確な敵に慈悲をかけるような甘ったるい組織ではいられまい。

 俺なりに薫の意志を尊重する……というか、妥協点を探し出す。とすれば。


「そりゃあ確かに、手足で戦う方が、銃器で戦うよりは手加減できるだろうけど……」

「ん? 絢斗、あんた何か言った?」

「いや、なんでもない」


 俺がスクリーンを見ながら呟くと、ヴィーナスはこう言った。


《あなたたちの下へ飛ばした新型ドローンだけど、爆薬が取りつけてあるの。いざって時は突撃させることもできるから、マズいと思ったら連絡して頂戴。くれぐれも半径十メートル以内には踏み入らないように。火傷を負いたくないならね》


 俺と薫は口をそろえて、ありがとうございましたと一言。そこでスクリーンは真っ黒に染まった。通信終了。


「で、俺と君たち二人は、別動隊として動くようになりそうだな。若さにかまけて無茶をするようなことがあったら、俺はお前らの居場所を探って、二人に拳骨を見舞ってやる。覚悟しろよ。――ああ、死ぬんじゃないぞ? 幽霊は殴れないからな」


 指の関節をパキポキ鳴らしながら、三佐は凄んだ。


 よくできた現場指揮官だ。それは認める。だが、三佐の過去を許すことはできない。

 そんなアンバランスな感情が、俺の胸中をざわつかせていた。


         ※


 大河原三佐のセーフハウスを出発してから、約二十分が経過していた。

 以前からヴィーナスとの接触を続けていた薫の携帯端末に、簡易な地図が展開されている。

 この《ヘキサゴン》自体、それほど広い土地ではない。タイムリミットが設けられているといって、焦る必要はあるまい。急がば回れってやつだ。


 廃病院に向かう途中、前方は薫、後方は俺という、さっきと同じ陣形で静かに歩みを進めた。しかし、敵性勢力の姿は見当たらなかった。やはり、俺たちを誘っているのか。

 背中合わせの薫が足を止めた。俺もぴたりと立ち止まり、援護射撃体勢に移行する。


「廃病院に到着。この体勢を維持したまま、メインエントランスより突入する。いいわね、絢斗?」

「了解だ。後方警戒を続行する」


 俺は少しだけ振り返り、エントランスの様子を見計らった。

 病院というには、あまりにも寂れきっている。窓ガラスは全壊、車椅子も横倒し、この季節にしては異様に冷えた風が流れ込んでいく。


 ちょうど俺がエントランスへ踏み込んだ直後。音もなく冷たい何かが俺の頭頂部を直撃し、そのまま背中へと流れていった。


「うっ!」


 慌てて自動小銃を上方へ向け、警戒する。危うく悲鳴を上げるところだったが、降ってきたのはただの雨水だった。なんだ、雨漏りかよ。


「チッ、ビビらせやがって――」


 と言うつもりだったのだが、最後までは言葉が続かなかった。

 理由は単純で、薫に突き飛ばされたからだ。

 そしてその先にいたのは、さっき見かけたのと同様のゾンビ。薫のヤツ、後方警戒中の俺を盾にしやがった。


「暴れるんじゃねえ、コイツ!」


 なんとか足払いでゾンビを転倒させ、そいつを跨ぐようにして二発発砲。

 一発目は僅かに逸れたが、二発目は見事に額に吸い込まれていった。

 がくん、と脱力するゾンビ。大人しく待ってろ、後でちゃんと人間に戻してやる。


「絢斗! 無事?」

「ああ、ピンピンしてるぜ!」


 他人様を勝手に囮にしやがって。……とは言わないでおく。


「このエントランス、そこいら中にゾンビの気配がある! お互い離れて戦いましょう!」


 有難い。これで味方に突き飛ばされる危険はなくなる。

 俺はその場でしゃがみ込み、ゾンビたちの足を撃つことに専念した。


 ゴム弾の反動や命中した時の感覚は、実弾とはかなり異なる。

 どうも調子が狂ってしまうが、当たったのか外れたのかが分かるだけよしとするか。


 数体のゾンビを足止めし、額に弾丸を撃ち込む。油断するわけではないが、最初に連中と遭遇した時に比べれば、俺は随分と落ち着いているようだ。――と自己分析。


 もしかしたら、その落ち着きをもたらしてくれているのは、俺のバディなのかもしれない。

 言うまでもなく、七原薫のことだ。


 俺は周囲を見回し、素早く壁際に移動。ゾンビたちは、今は薫に集中攻撃を行うつもりらしい。確かにこの場においては、俺よりも薫の方が、よっぽど大きな脅威だろう。

 俺は片膝を立て、自動小銃を固定して、援護射撃を開始した。


 その間の薫の戦い方は、まさに目を瞠るものがあった。一挙手一投足に流れがあり、そしてゾンビたちにはそれを止められないのだ。

 一度跳躍した薫は、最初のハイキックでゾンビを横転させた。二体目が圧し掛かってくるが、さっと屈んでこれを回避。薫に躓いて転倒したゾンビの後頭部にかかと落としを決める。

 ぼんやりしている三体目に中段蹴りを入れ、前のめりになったところで顔の両側をホールド。その下顎に、膝を的確に打ち込んだ。


 現在のところ、俺から見ると薫は、右から左へと移動している。

 俺は薫とは逆向きに、左側の敵から狙うことにした。時に足を、時に胴体を。

 その方が、殴る・蹴るという技を仕掛ける薫にはちょうどいいはず。上方は狙いづらいからな。


 こうして銃撃と殴打を繰り返している間に、エントランス内のゾンビたちは、どんどんその数を減じていった。

 ゴム弾はまだあるにはあるが、実弾の方が残量が多いという状況だ。


 さて、どう戦っていくべきか。薫一人に戦いを任せておきたくはない。

 ええい、仕方ない。


「予備のつもりだったが……、構っていられるか!」


 俺は自動小銃を肩からぶら提げたまま、ホルスターから拳銃を抜いた。

 自動小銃より威力はないし、狙いもつけづらい。だが、今の俺は光石の力で銃撃戦能力が上がっているはず。諦めるには早すぎる。


 俺は全身の力を一度抜いて、深呼吸を一つ。……よし、いける。


「おーーーい!!」


 思いっきり声を張り上げる。


「おーーーい、ゾンビ共! 成仏させてやる! 覚悟しやがれ!!」


 ゆっくりとこちらに振り向く、残りのゾンビ。数はざっと三、四体といったところか。

 俺はセーフティを解除し、両手で構える。

 今度は俺自身も、ゾンビの額を銃撃しようと試みる。


 二発ずつ発砲する。さっきと同じだ。

 すると、精度が上がったのだろうか、二発ともゾンビの眉間を直撃した。微かに舞い散る真っ赤な鮮血。まあ、死んではいまい。


 俺が二体を倒すのと、薫が最後の一体に蹴りをかますのは同時だった。

 俺と薫は敢えて距離を取り、残存する敵がいないかどうか、慎重に確かめる。


「クリア」

「クリア」


 安全確保をするタイミングもまた、同時だった。

 薫の気配を感じて振り返ると、薫もまた俺を見つめていた。視線がぶつかって、やっと胸のつっかえ棒が折れた。


「やるじゃねえか、警視庁」

「そのまま返すわ、防衛省」


 何が可笑しかったのか、俺たちはしばしの間、互いに目配せしながら笑いあった。

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