取材初日

数週間後、アポがようやく確定して取材当日を迎えた。さすがにメインの立場での取材なんぞはしたことがないので、社内で1番良くしてくれている、前田さんという先輩記者が同行してサポートしてくれることになった。彼は年齢が4つほど上で既に子供がいるパパ。その歳からするとかなり落ち着いている雰囲気で、しっかりした頼れる先輩である。


ちなみに私がイメージしている矢野しずく像は、サラサラの黒髪長髪、かなり無口で綺麗な人というざっくりしたものであったが…なんかもう「イメージしたまんまの女性」が出てきて自分でもビックリした。サラサラの黒髪に芸能人並みの美しい容姿、不気味なくらいに色白くキレイな手と指先。それを体の前方、腹部の上あたりで合わせて背筋をしっかりと伸ばしている。その中でもイメージを「超えてきた」のは口数の少なさだ。実は取材に先立ってしずくさん側から一つだけ条件が提示されていた。それはYES or NOで答えられる質問に限って受け付けるというもので、それを聞いた時「気難しい、無口な天才肌」という彼女の人物像が私の中で一層色濃くなったのだが、実際の矢野しずくはそれよりも圧倒的に無口であった。というより口を動かす素振りすらない。それも演じているというよりは、何か達観しているような感じで、正直少し冷たい怖さを感じた。肉食動物に見定められてる草食動物の気持ちがわかった気がする。勿論彼女がここでいう「肉食動物」というわけではないが。


そんなこんなで取材が始まった。用意していた質問を投げかける。彼女はただ首を縦と横に振ることに徹していた。感じたことのない、不思議な空気が流れる。その中でふと、すべてのやりとりが「私の憶測から始まっている」というのが、何だか申し訳ない気持ちになってきた。失礼な事を聞いたりしていないかな…と逐一考えてしまう。そしてこの状況を一言で表すなら「格が違いすぎた」ということだ。人生経験やその達観した雰囲気、大袈裟ではない天才的なオーラ。別に勝負をしているわけでもないのだが、彼女は全てにおいて私を上回っていた。そして15分程経っただろうか。「オドオド」せざるをえない時間がようやく終わり、お礼を伝えた時だった。なんと彼女が口を開いたのだ。


「明後日のお昼1時頃、またお越しください」


驚いた。高くて細い綺麗な声だった。これはまさしく「矢野しずく」の声だ。そう思った。そして嬉しさのあまり直ぐに「はい!!わかりました!!」とニッコニコになりながら、私は二つ返事で答えた。それと同時に私よりも、同行してくれている前田さん、少し離れたところで「見守ってくれていた」彼女の秘書の方がとても驚いていたのが印象的であった。


実はその日、前田さんが車を出してくれていた。帰りの車中で彼は言った。「すごいぞ柏木。何か特殊能力でも持ってるのか?しずくさんは無口で有名なんだ。喋る姿すらお目にかかれない上、女性かどうかすら噂されるくらいなのに…。お前のおかげでその疑問すらも晴れたよ。笑」

確かに今思えば、矢野しずくが女性だという保証はどこにもなかった。そういう意味で直接顔を見れるだけでも凄い事だったのかもしれない。今更気づくようでは、記者としての素養が全く無いのではないかと自ら疑問に感じる事象だが、すぐさま前田さんが癖のあるブレーキングをしながら続けた。

「柏木の真っ直ぐで愚直なところが彼女の心に刺さったのかもしれないね。俺は正直まだ「絶対音幹」については半信半疑なんだけど、さっきの一連の出来事を見る限り実在する能力なのかもしれないって思ったよ」更に「明後日はお前一人で行くべきだ。緊張するかもしれないけど、がんばれよ」

「えーっっ!?」という気持ちと素直に嬉しい気持ちが同居していた。今まで感じたことのない高揚感があった。


その夜部長に誘われ、前田さんと3人で呑みに行くことになった。ベタにもベタな、サラリーマンが会社帰りに同僚と「サクッ」と寄るような大衆居酒屋で、高くはない酒を飲みながら、詳しくその日の取材の事を報告した。すると部長は全く現場にいなかったのに、まるでその場で見ていたかのように「そうだったよな!」のスタンスで、いわゆる「ハナタカ」になりながらすこぶる喜んでいる。この光景を記者仲間が見たら「また手柄を横取りだよ。苦笑」と思うかもしれない。ただ当の私はそんなことはなく、部長が喜んでくれるのがシンプルに嬉しかった。

そもそも事実として、しずくさんの取材を私に振ってくれたのは部長であることには違いない。

デキる男というわけではいのかもしれないけど、ちゃんとした理由があってこのポジションにいるのだろうな、と私は思った。なんとも失礼な話である。

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