第14話:不可視だから地雷である

「イヤよ。イ・ヤ。ぜーったいイヤ! 何で悪魔と食事しなきゃいけないのよ! しかも、この人達の悪魔と一緒に!」

「そんなこと言わないでくださいよ……、仲間が増えたんですよ? 仲良くしましょう? ね! お世話になるかもですし!」

「仲良くなんてしないし、お世話にもならないわ!」

「え〜……じゃあ、ご挨拶だけでも——」

「挨拶したいならアンタだけ行って」

「仲間はずれは淋しいじゃないですか」

「淋しくなんかな——」

「てことで、お邪魔して良いですか? ケイトくん、ヒカルくん」

「別に、いいけど」

「何でオレらに訊くんだよ」

「一応、礼儀として……?」

「……勝手にしろ」

「わーい、ありがとうございます!」

「あたしの話を聞きなさいよ馬鹿!!」


 食堂の出入口から、ひょっこりと顔を出して見た廊下の先。

 三人の少年と一人の少女が騒いでいる。


 と言うより主に騒がしいのは、ふんわりと巻かれた栗毛色の髪を持つ、如何にも外国の血が入った少女。きゃんきゃん吠える様は小型犬のようだ。

 彼女の制服を引っ張る黒髪の眼鏡少年は、にこにこ笑って少女を説得したり、ケイトとヒカルに何かの許可を取ったりしている。



 何者だ、あの二人は。



 なんて、野暮なことは訊かない。


 聖ゴヱテア高等学院は中央に置かれた召喚場を挟んで、南側に『N棟』、北側に『A棟』が建っている。

 どちらも一階には食堂、洗面所、浴場など日常生活に必要な設備が。二階と三階は職員室と、授業で使用する教室が集められている。寮は四階より上にある。

 全面ガラス張りふうのA棟とは異なり、N棟の外観はロマネスク様式。後者の方が階数が少なく、規模も小さい。

 その理由は、N棟こそが本来の校舎兼寮だから。

 けれど生徒数の増加と、特異生徒であるニルの出現を理由に、より大きくて広い新校舎が建設された。そして、ニルは『N棟』、アストラは『A棟』に別れて生活するようになった。


 つまり、N棟の廊下に居る。

 イコール、N組の関係者というわけだ。


 しかし、必要最低限の時間しか出歩かず、空き教室に缶詰だった俺には見知らぬ人間なので。当然の流れでフォカロルに訊ねる。


「誰だ、あの二人は」

「ルナちゃんとユウスケ。ヒカル達の同期」

「随分とかしましい女の子だな」

「そこは『元気いっぱい』って言ってあげてよ」

「元気が有り余ったじゃじゃ馬っぽいぞ」

「うーん、否定出来ないのが辛い」

「そこ! 聞こえてるわよ!?」


 ビシッと効果音が聞こえそうな勢いで、俺らを指差すじゃじゃ馬娘。

 そのまま、つかつかつかと早足にこちらへ歩いて来る。いまだ彼女の制服を摑んでいる眼鏡少年は、半ば引き摺られる形だ。

 その後ろからケイトとヒカルが続いて来る。

 俺は二人に「よ」と片手を上げる。


「お疲れ。授業は終わったのか?」


 うん、と頷くケイト。


「そっちは? 反省文、書き終わったの?」

「ああ。ぴったり四万字、書き尽くしてやったさ」

「セイルのドヤ顔に騙されるなよ。確かに四万字書いたけど、言い回しを変えてるだけ。突き詰めると百字反省文だから」

「そう言うフォカロルは半分コピペな上に、俺の反省文の一部をパクっただろう」

「ちょっ、シーーーーッ!! それ言っちゃ駄目!!」


 唇の前に人差し指を立て、もう片方の手で俺の口を塞ごうとするフォカロル。

 慌てた様子と見切りやすい動作に思わず声を上げて笑いながら、身を翻して避ける。そのままケイトの背後へ移動。

 両肩に手を置き、自分よりも小さな身体を盾にする。ヒカルから呆れたような視線を向けられた。


「馬鹿だな、お前ら」

「何? そう言うヒカルは真面目に、書いたんだろうな?」


 わざわざ「百枚」を強調して訊いてやれば、深い溜息を吐いて素気無く


「書くわけねえだろ」

「!? おい、聞いたかフォカロル!」

「ああ、聞いた! 駄目だろ、ヒカル! ちゃんと書かなきゃ! イポスに叱られちまうぞ!?」

「『百枚書け』なんて、嘘に決まってんだろ」

「え」

「そうなの?」


 マジ? と、ケイトの顔を覗き込めば「嘘ではないだろうけど」と苦笑を浮かべる。


「本気でもないと思うよ。『深く反省してくれれば良い』が、本音じゃないかな」

「だいたい、四百枚の反省文を読むと思うか? イポス先生が」


 意趣返しのつもりか。「あの」を強調して、鼻で嗤われた。

 そう言われてしまうと反論が出来ない。

 何故なら、俺に特別授業を行なったのはケイト、ヒカル、フォカロルだったから。

 具体的に言えば、丸投げされたケイトの補助を二人が買って出た。あくまで人間相手の『教師』であるイポスさんは、最初から最後までノータッチ。

 それどころか


「使役権限を委ねられたのだから躾を含めて全部、きみが責任を持って世話をしましょう」


 みたいなことをケイトに告げる始末。

 おまけに、一般教養以外の授業でも


「己で考え、決断し、動いて気付く。これぞ真の学び」


 だとか何とか嘯いて、教師らしい振る舞いは碌にやらないのだとか(内心で「学ぶ機会を与えて導く気のあるザフィエルの方が、よっぽど教師らしいな」と呟いたのは内緒だ)。

 そんなイポスさんが、百枚掛ける四人分の反省文を読むだろうか?

 答えは——否。


 冷静になれば判るのに判らなかった現実に切歯扼腕せっしやくわんする俺とフォカロル。その声に、控えめな笑い声が混ざる。

 ケイト越しに声の方へ目を遣れば、口許を手で隠した眼鏡少年がクスクスと笑っている。


「真面目な悪魔さんですね、お二方は」

「真面目っつーか、間抜けだろ」

「なにおう!? 生意気な不良め!」

「ッ、止めろフォカロル! 頭撫でんじゃねえ!」

「わはは、まるで鳥の巣のようだ〜!」

「ざっけんな!」


 あーあ、折角のセットが台無しだ。

 可哀想に。


「……本当は可哀想なんて思ってないくせに」

「ん? ケイト、何か言ったか?」

「言ってない」

「そうか、『僕もやって欲しい』のか。しょうがないなあ」

「だから『言ってない』ってば!」

「わあ、こちらもすっかり仲良しさんですね〜」


 朗らかな笑みを浮かべる眼鏡少年とは対照的に、紅一点は「仲良し?」と鼻で嗤う。


「ナメられてるの間違いでしょ。——使役どころか、契約さえ出来てないんだから」


 可愛らしい声で容赦のない一言。

 冷たい悪意が練り込まれた言葉に、廊下は水を打ったようにしんとなる。全員の目線が一点に集まる。

 彼女の眼は俺に向けられている。視線は氷刃の如く鋭い。けれど、淡褐色の瞳の奥には隠し切れない炎がちらついている。その色は、青。心の奥底から、ぞわぞわと騒めくような透明度の高い青色が、境界の外へ出るか否かの部分で燃え盛る。

 燃料となる感情が手に取るように判って、つい唇が緩んでしまった。

 彼女の眉間に深い皺が作られる。


「お嬢さん」


 と、俺は、じゃじゃ馬娘に優しく声をかける。


「一つ訂正しておこう。ケイトは契約出来ていないわけではない。んだ。お上は俺を『危険悪魔じんぶつ』と認定して、契約することを禁止したからな」


 譬え有能で愛らしい少女でも、俺との契約は絶対に不可能だよ。


 そう締め括ってやれば、彼女の白いかんばせがみるみるうちに赤くなってゆく。血が出るのではと思うほどに唇を嚙み、キッと睨み付ける眼に涙の膜が張っていく。

 しかし、それが溢れることはなかった。

 代わりに「何よ」と小さく呟く。


「物体を早く運ぶしか能のない——戦闘力に乏しい悪魔なんて、こっちからお断りよ!」


 がーん!

 あんまりにもあんまりな物言いにショックを隠し切れないが、しかし何も言い返せない。戦闘力が乏しいのは事実なので。

 落ち込む俺など御構い無しに、少女は言葉を続ける。


「あたしは誰よりも……この学院に居る人間の中で、なんだから! こいつらと違って使役や契約が出来ないんじゃない! エリートに相応しい悪魔を、あ・た・しが選んでるの!!」


 そう叫んで、少女は制服を摑んだままな眼鏡少年の手をパシッと叩き落とす。

 そして「気が変わった。ママと食べる」と言い、踵を返してN棟を出て行ってしまった。



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