第13話:事象と感情は相反する

 N組。

 マナは高水準。『召喚の儀』にも問題はない。なのに、うんともすんとも言わない。低級魔獣の一匹さえ喚び出せない。喚び出せても何故か使役出来ない。

 S組とは真逆の意味で稀な少年少女達。


 生徒数は四人。

 二年生であるケイト、ヒカル。

 女子が一人。数ヶ月遅れで入学した男子が一人。


 後輩は居ない。

 ケイト曰く「今年の新入生は全員、優秀だった。僕と違って」


 先輩も居ない。

 ……いや、正確には二人

 一人は自主退学。

 もう一人は長期休暇明けから休学中だとか。




 現状、四人中二人は召喚に成功している。

 ケイトと違い、ヒカルはフォカロルと契約関係だ。なのに何故、ヒカルはN組に在籍しているのか。

 訳を訊くと、ヒカルは実にあっさり「“カッコ仮”だから」と答えた。

 

「え、“カッコ仮”?」

「ああ」

「……悪魔と仮契約ってありなのか?」

「知らねえ。フォカロルは乗り気じゃねえし。でも『協力してくんねえと困る』って説得したら『じゃあ“カッコ仮”ってことで!』て言い出して。話が纏まった」


 軽っ!

 と思ったけれど、言葉にはしなかった。

 フォカロルはサーファーみたいなルックスでパリピだが、陽キャである。それでもって、いいヤツだ。大方、困っている子供を捨て置くに忍びなかったのだろう。気持ちは判らんでもない。

 それにしても、


(協力してくれないと困る、か)


 どら焼きの最後の一口を咀嚼しながら反芻する。

 ケイトの口からも同じ台詞が出た。

 協力してくれないと困る。天使から力を与えられた人間——アルブス持ちの犯罪者に対抗出来ないから。悪魔や魔獣の協力なくしては、無辜の民を救えない。守れない。


 本音に忠実に言い換えれば、こうだろう。

 してくれないと困る。


 コンジュラーを育成する学校に入学したから。誰とも契約出来なければ、折角の苦労も水の泡。劣等生のまま終わる。聖ゴヱテア高等学院を卒業した人間の八割がコンジュラーとなり、その内の約六割は支部で勤務するらしい。

 つまり、ゴヱテア学院は『軍学校』であり『専門学校』。

 将来がかかっているから、S組以外は全員、必死になる。

 高度な任務を遂行して輝かしい成績を残すために。A組は、より強い戦力を求める。

 N組は召喚に躍起となる。戦力を持たない子供に、大人は任務を与えないから。


「難儀だよなあ」


 俺の呟きに、フォカロルの目がまばたく。

 温かい緑茶のお代わりを二杯煎れ、正面の席に坐り直して首を傾げる。


「何が? 納税が?」

「それは“国民の義務”だろ。そっちじゃなくて。ほら……、N組とか、とか」


 これ、と言い、ワイシャツの襟に指を引っ掛け、首元を晒す。

 そこには細い荊模様が、チョーカーのように刻み込まれている。

 イポスさんを契約主として人界に留まると決定された日、強制的に付けられたものだ。


 名称は『ヴィンクルム』。

 魔術と科学を織り交ぜて組織が作り上げた魔術道具。

 使役した悪魔・魔獣に装着することで、無用な能力放出を。突発的、偶発的な事故の発生を防止することが出来る。

 仮に事故が起こった場合でも、召喚者および周辺の人間への被害を最小限に止めることが出来る。


 ……なんて耳当たりのよい言葉を並べているが、要は首輪。枷である。

 バルディエル戦でフォカロルが


「悪魔も人間も瞬間移動は出来ない」

「今のセイルなら問題ない」


 などと引っ掛かる物言いをしていた理由は、これだ。

 人間はともかく、悪魔は、“目的の場所で姿を現す能力”を有している。勿論、各々得手不得手があるし、素早さを筆頭に汎用性の高さは俺が随一と言っても過言ではないけれど。あの場から逃走することは、フォカロルにとって至極簡単な行為だった。

 ヴィンクルムで制御されていなければ。

 更に言うなら、独りであれば——召喚者ヒカルが居なければ。


 まあ、ヴィンクルムに一度でも触れれば『アルブス』が可視化されるので、悪い話ばかりでもない。

 それに条件次第では解除されて、能力を解放することが出来るらしい。その点、ソシャゲの世界っぽいなあと思う。こっちは“倒される側”だけど。

 でも、気分は良くない。

 犬猫ペットじゃないっつーの。


 俺の前に湯呑み茶碗を置いたフォカロルが苦笑する。


「仕方ないっちゃあ、仕方ないけどな。どうしたってオレ達は人間よりも強えし。いろんな意味で」

「だからって首はないだろ。手とか、足とか……、他にあるだろ」

「それはそれで、どうなの? マジで枷じゃん」


 確かに。


「ま、セイルは二人分だから、余計きちいわな」


 そう。

 俺のヴィンクルムは

 言わずもがな、ケイトとイポスさんだ。

 制御の主導権は6:4の割合だと言う。どっちがどっちなのかは教えてもらえなかった。イポスさん曰く


「お人好しで優しいきみに限って、小賢しい真似はしないでしょうけど。念のためです」


 信用してくれているなら一人分で充分じゃないですか? と、思わないでもない。

 が、いくら使役権限を委ねられたとはいえ、仮契約主でも何でもないケイトが手綱を握るのは不味いのだろう。

 逆に、契約主であるイポスさんの手から完全に手綱が離れるのも宜しくない。

 ゆえの折衷案。


「セイルには悪いけど、」


 如何にも話題を変えますと言うふうな明るい声音で、フォカロルが語る。


「オレは、お前が来てくれて嬉しいよ。ヒカルもだけど、ケイトはどうしてもコンジュラーになりたくて、でも全ッ然召喚出来ないから『自分は出来損ないだ』って、ずっとくさくさしてたんだよ。やっと召喚した魔獣もA組の奴らが祓っちゃったから、余計に」

「……そういやあ、言ってたな。そんなこと」


 秒で逃して、祓われた挙句に嗤われた……だったか。


「A組の連中は大っぴらにN組を劣等生呼ばわりするし。大人もN組の扱いにこまぬくわ、“お荷物”な態度を隠そうともしないわで、卑屈に磨きがかかっちゃって。だけど、あれで案外、負けん気が強えからさ。何くそ根性で『どんな手を使ってでも召喚して使役してやる!』みたいな、変な気合が入ってたんだよ。進級してからは特に」


 だから優しくて、いい悪魔なセイルが来てくれて良かった。


 そう言って俺の眼を真っ直ぐに見つめながら、柔らかく笑むフォカロル。

 約三秒。無言で見つめ返した後、俺はやおら湯呑み茶碗に手を伸ばす。飲み頃をやや過ぎた緑茶は、喉に残った甘さを流すのに丁度よい。

 一口、二口と味わい、口を開く。


「言っておくがな、俺は優しくない。いい悪魔でもない。そういうのは自ら仮契約を提案する、お前のようなヤツを指すんだ。誰かと契約する気なんて微塵もない。そもそも、召喚場の雑儀式からして気に入らん。あんな、あらゆる方面に中指を立てるようなやり方、嬲り殺されても文句は……おい、何故ニヤニヤしている」

「え? いやあ? やっぱセイルは優しいよなーと思って」

「話を聞いているのか? それとも耳が詰まっているのか? 優しくねえって言ってんだよ」

「いやいや、優しい。めーっちゃ優しい!」

「判った。どこかに脳味噌を落としたんだな。ああ、惜しくない悪魔を喪った……」

「落としてねえし、ちょっとは惜しんで?」


 というか、フォカロルは随分とケイトの事情に詳しいな。N組の周辺事情にも。

 いつ召喚されたんだ。


「一年ちょっと前」

「……てことは、入学して最初の『召喚の儀』?」

「おう!」

「おう! じゃないよ! は!? 最初からじゃないか!」


 そりゃあ詳しいに決まっている!




 その後も他愛のない会話をしていると、授業終了の鐘が鳴り響いた。

 程なくして廊下に小さな騒めきが起こる。

 すっかり聴き慣れた声が二つに、初めて聴く声が二つ。


「…………」

「…………」


 見つめ合い、一つ頷き合って、こそこそと食堂の出入口へ向かう俺達。



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