第12話:情報を整理する

 バルディエルが現れ、街を蹂躙し、何百人もの死傷者を出した。

 その土地の名は『ナガノ』である。


 最初に聞いた時、俺は脳内で『長野』と変換した。

 そして連想ゲームの如く、自分が今『日本』という国のどこかに居るのだと察した。マノコがプレイしていたソシャゲの舞台が日本か否か、知らないし知りようがないけれど。とにかくそう思っていた。

 バルディエルと戦った場所も寺だったしね。


 しかし、実際は違う。

 俺が居る国の名は『ワコク』である。


『倭国』ではない。カタカナで、ワコク。


 それって結局『日本』じゃん!

 と思われるだろう。

 が、地図を広げても教科書を開いても、戦争さながらな国際テロ事件の歴史を紐解いても『日本』の二文字はどこにもなく。代わりに『ワコク』と表記されている(因みに英語では『JAPAN』だ。己の知識と違わず、ほっとした)。

 都道府県、市区町村、全てカタカナ。

 首都はトウキョウ

 しかし、二〇二〇年に発生した世界同時多発テロにより壊滅。首都機能はギフとキョウトに分散移転された。

 この話を聞いた時、俺は何の気なしに


「じゃあ、オリンピックは行われなかったんだな」


 と言った。

 俺の言に対し、ケイトは不思議そうな顔をして、こう返した。


「開催されたよ。セネガルは攻撃を受けなかったからね」


 脳内が疑問符で埋め尽くされたのは言うまでもない。


 俺の知識によれば、二〇二〇年のオリンピック開催地はトウキョウ(正確には東京)である。セネガルではない。セネガルがあるアフリカ大陸で初めてオリンピックが開催されるのは、二〇二六年。それもユースオリンピックだ。

 テロが起こってトウキョウが壊滅したのも驚きだけれど、オリンピックの件はもっと驚いた。



 驚かされる点は他にもある。

 ワコクと世界が実際に歩んだ歴史と、俺の知る歴史が異なっているのだ。


 世界大戦は三度あった。

 核は三つ落とされた。

 リーマンショックは起きず、ハイジャックされた旅客機がツインタワーに激突することもなかった。

 震災の発生日時や場所は、誤差の範囲で違っている。


 最も大きな違いであり転換期は、二〇二〇年一月一日。

〈あるグループ〉がネット上に動画を投稿した。

 彼らは自らを『賢者』、他者を『愚者』と呼んだ。そして地球、あらゆる生命、恒久的な平和のために、浄化活動を開始すると宣言した。

 けれど、誰もその動画に興味を示さなかった。否、興味は示したが相手にしなかった。

 何故なら彼らは新興宗教団体。主張が余りにも馬鹿げていたので。

 しかし、浄化活動は実行される。

 同年二月初旬。主要都市——ロンドン、ニューヨーク、トウキョウ、パリ、シンガポールが一瞬にして更地となった。その破壊力は正に、だった。

 直後、例のグループが犯行声明を出す。

 彼らは浄化活動を『ユスティティア』と名付けた。


 以降、グループの活動は活発化する。

 特定の人種のみが感染する致死率100%のウイルスを拡散。紛争地域に『第三勢力』が現れ、やはりで一斉攻撃を行い、二大勢力が鉄屑と肉塊となった。

 大小様々な害悪が蔓延り、世界は混沌と化した。


〈あるグループ〉が〈凶悪なテロリスト集団〉に格上げされるまで、そう時間はかからなかった。

 だが、対抗手段を得るには時間がかかった。の正体が解明出来ない所為で。


 惨劇から半世紀が経つ頃、欧州で〈凶悪なテロリスト集団〉に〈唯一対抗可能な組織〉が旗揚げされる。


 組織の言葉は、世間を震撼させた。

 しかし、一笑に付すことも出来なかった。

 の正体が「天使から与えられしもの」だなんて。非科学的かつ非現実的過ぎて、いっそ非常識だ。

 けれど、世界的に有名な推理小説の台詞にもあるように、“全ての不可能を消去して最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる”。

 最終的に、組織の主張は全面的に(戦力として悪魔を召喚することまで)受け入れられた。

 そして、あっという間に国際機構となった。

 国民を——家族を——己の命を守るため、政府は巨額の予算を組んで資金を投じた。潤沢な資金を得た組織は、テロの被害に遭った国を中心に続々と支部を設置していく。


 ワコクも例外ではない。

 ワコク第一支部の地に選ばれたのは、トウキョウだ。

 皇居があった場所に拠点ビル、国会議事堂跡には聖ゴヱテア高等学院を建設。その二つを中心に研究所や病院、職員用住宅などが作られた。

 工場が生まれ、住宅も増えた。小さな商店は規模を拡大して商店街となる。公園が整備された。子供が増えたことで教育機関が拡充された。


 こうして、トウキョウは新時代の軍事都市となる。



 * * *



 聖ゴヱテア高等学院は〈唯一対抗可能な組織〉が経営、運営、管理している学校だ。

 教育目的は召喚士——コンジュラーの育成。

 ケイト曰く、大変厳しい入学審査を設けているらしい。高い学力と体力は勿論、マナが水準に達していなければ入試資格すら得られないという。


 入試を突破し晴れて合格。入学後、まずは敷地の中心にある召喚場で『召喚の儀』を行う。

 これはクラス分けとやらに関わる大事なイベント。悪魔ないし魔獣を一体でも召喚し、使役出来れば、『アストラ』——通称、A組に配属される。大抵の生徒はA組に振り分けられる。


 召喚と使役に成功した人間の中で極稀に、強力な悪魔を従える生徒がいる。それも、複数体。

 そんな稀有な存在は組織にとって、正に希望の星。配属先は『スペース』——S組である。

 S組が学院内で学ぶことはない。噂によると支部、あるいは欧州の本部へ送られ、即戦力として任務に就いているらしい。噂の範囲を出ないのは配属されて直ぐ、姿を消してしまうから。

 ケイトの同期にもS組へ行った女子がいる。

 儀式以降、彼女の姿を目撃した者は一人も居ないらしい。

 担当教諭ではないが、一応は学院の教師であるイポスさんでさえ「見てませんね、そういえば」と首を横に振る。


 反対に、全く召喚出来ない生徒がいる。

 そんな生徒の行き先は『ニル』——N組だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る