2章:R.I.P.

第11話:住めば都になる

 悪魔悪魔イポスさんと契約する。

 そんな摩訶不思議な展開を迎えたけれど、この表現はあまり的確ではない。正確さを重視するのなら、イポスさんの言を引用するべきだろう。

 ということで、イポスさんの発言がこちら。


「契約主なんて、書類上の方便ですよ。私が実際に、セイルくんを使役することはありません。何分、私は教師。職場は学校です。扱き使おうとすれば、校内の雑用を一手に任せるしかない。(中略)正直に言いましょう。無駄です。なので私ではなく、ケイトくんと行動を共にしてもらいます」


 セイルくん——ケイトくんの命令に従いなさい。任務から日常生活に至るまで、全部です。

 ケイトくん——セイルくんを使役する権限を含め、きみに委ねます。煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ。


 ややこしい上に、抜け穴からグレーゾーンへ飛び出した感が半端ない。

 けれど、誰かに突っ込まれても「イポスさん契約主の指示」で解決出来るのは有り難い。上司でも何でもない同族に、馬車馬の如く使われるのは嫌だ。それなら人間の方がマシである。

 不服そうなケイトも、何かを耳打ちされると納得したようだった。



 * * *



 そんなこんなで始まった人界生活は、イポスさんの言う通り、存外悪くない。


 地獄とは違い、空気が澄んでいる。

 太陽は惜しみなく輝き、天気も穏やか。夏は死ぬほど暑く、冬は凍るほど寒く、梅雨の時期は湿気が凄過ぎて息苦しいらしいけれど。今は過ごしやすい季節。

 青空に刷毛で白い絵の具をサッと塗ったような雲が浮いているのを見て、感動した。どころか大はしゃぎした。

 ケイトとヒカルは顔に「?」を書いたけれど、フォカロルは全力で「わかる」と同意した。


 人間は、自分達が如何に美しく、素晴らしい世界で生きているのかご存知ないらしい。

 勿体ないことだな、と思う。

 彼らが地獄に来たら判るだろう。俺達が何故こんなに感動するのか、を。


 生活面でも不自由はない。

 譬えば、俺に与えられた部屋。独りで住まうには充分過ぎる程に広く綺麗(リフォーム済みで家具家電付き、システムキッチンまで完備)な一室の家賃は、何と無料である。

 ついでに言うと光熱費もタダ。

 階下で振る舞われる食事も基本的には無償だと言うのだから、悪魔(無一文)にとっては正に『地獄に仏』だ。しかも、料理が最高に美味しい。和洋中。前菜からデザート、おやつまで悪魔的な旨さ。

 これらが毎日無料だなんて……本当は人界ではなく天国に居るのでは?


「んなわけねえだろ、現実を見て?」

「見てるよ。見ているからこその素直な感想だ」

「天国で『背脂こってりニンニク味噌豚骨ラーメン』が食べられるとでも?」

「昨日の夜中に食べたやつ! あれ美味かったな……、この『クリームチーズどら焼き』も美味いけど」

「そもそも無料なのは国営施設だからであって、金の出所は国民の懐——税金だぞ」


 うわ。フォカロルが至極まともなことを言ってる。



 ある日の午前十一時二十分。

 聖ゴヱテア高等学院、N棟一階——食堂にて。

 待機中の俺とフォカロルの会話である。

 ケイトとヒカルは授業中だ。学生らしく。


 俺が召喚された日からこちら、報告書と反省文(百枚)の製作に大変忙しかった。

 特に後者は


「百どころか十も書けない!」

「二枚も厳しい!」


 と散々騒いで四苦八苦しながら、どうにかこうにか書き上げたのが本日。

 その間、任務はゼロ。人間二人には学校へ行く義務もあったけれど、俺達は空き教室に缶詰になって、SF過ぎる端末で文章を作成し続ける毎日を送っていたのだ。その苦行から解放されて、今である。

 ようやく人心地つける。

 と言うより。

 やっと情報が整理出来る。


「税金、ねえ。……いまだに納得し難いな。テロリストは天使と、対テロ組織は悪魔と手を組んで戦っていて、聖ゴヱテア学院は対テロ組織が運営する謂わば『』だなんて」


 そもそも何故、天使が犯罪者に協力しているのか。

 全くもって理解不能だが、そこは脇に置いておくとして。


『アルブス』という単語と、同居人である自称・俺の妹マノコとの会話からてっきり、彼女が夢中になっているソシャゲの世界に飛ばされたのだと思っていた。

 けれど、反省文を書く作業と並行して実施された特別授業——この世界のいろは解説を聞けば聞くほど、そうではないことが判ってくる。

 更に言えば、俺が持っている知識とも異なっている。一体どこからどう手を付けて整理したものか……。


 ……取り敢えず、について触れておこう。



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