第10話:滑稽譚を開演する

 死神のような出で立ちで死神のように浮いていた不気味な奴——ザフィエルと名乗ったらしいアルブス持ちは、俺の読み通り、バルディエルを援護することはなかった。そして、ケイト達を攻撃することもなかった。

 後に聞いた話によると、延々とフォカロルを煽り続けたらしい。

 煽られたフォカロルは当然、ザフィエルに攻撃を仕掛ける。が、何故か攻撃は当たらなかった。掠りさえしなかった。微動だにせず、煽りに煽って不意に


「終わりですか……、はあ、残念です。崇高な力を正しく使えない屑に、死以上の価値はありません」


 と、全く残念そうじゃない様子で言い、溶けるように消えたという。


 俺がケイト達のもとへ飛んで帰って見た光景は「何がどうしてそうなった????」と、疑問符をいくら付けても足りないぐらいの有様で。有り体に言えば、ぐっちゃぐちゃ——地形は変形しているし、川は消失しているし、あった筈の山が消えて、なかった場所に山があった。深い池も生まれていた。

 余りの惨状にヒカルはブチ切れ。ケイトはドン引き。

 フォカロルだけが呑気に、俺の生還を心の底から喜んでいた。

 ケイトとヒカルも喜んではくれた。けれど……バルディエルの殺害には暗い顔を見せ、生存者を放置したことには怒りを露わにした。


「何で連れて来ないんだよ!」

「大量運搬は不得意なんだ」


 それに、目前で頭を潰した悪魔に助けられるのも嫌なんじゃないか?

 と続ければ、ぐうの音も出ないようだった。


 かくして、緊急事態は無事に終局を迎えたと思ったのだが……。



 * * *



「きみ達は『報連相』を知らないのですか?」


 召喚陣のある部屋で仁王立ちするイポスさん。

 の、足元で正座する俺達四人。

 因みに俺とフォカロルの太腿の上には巨大な石板が載せられ、縄で身体に括り付けられている。


「『悪魔』と『人間』は本来相容れない関係であり、ビジネスの間柄でもありません。しかし我々は現在、一つの組織に属しているのですよ。学生であるケイトくんとヒカルくんも例外ではない。現着した時点で連絡を寄越しなさい。想定以上の事態ならば尚更。私に連絡を入れ、指示を仰ぐべきでしょう」

「ごめんなさい……」「ごめんなさい……」

「きみもですよ、フォカロルくん。真横に便利なタクシーがありながら何故、即刻撤退しなかったのです?」

「俺はタクシーじゃない」

「黙りなさいセイルくん、きみは後です」

「いやあ、撤退も考えなかったわけじゃないんすよ。ただほら、ヨコハマの件があったし。すぐに対応しないとナガノ以外もやべえよなー、どうすっかなーって考えてたら襲撃されちゃいまして」

「だから一戦交えて地形を破壊したと?」

「それはザフィエルが、! ……すんません」

「お待たせしました、セイルくん」


 きみには言うべきことが山程ある。

 と、告げたイポスさんの灰色の瞳が怪しく光る。


「まず、私はきみに『助力』をお願いした。ええ、確かに助力してくれましたね。最初の襲撃の際、皆を連れて逃亡してくれたことには大変感謝しています。しかし、その後の戦闘は何ですか? どうして、きみが戦うのです? 誰とも契約していない悪魔が、何故?

 百歩譲ってフォカロルくんと共闘するのなら判ります。が、召喚者であるケイトくんからも離れて一騎討ちって……自分を何だとお思いで?

 きみ一人の死なら自殺で済みますが、もしもザフィエルに攻撃の意思があって、フォカロルくん達が全滅したら、どうするつもりだったんです?」

「……すみませんでした」


 項垂れて素直に謝罪する。これこそ、ぐうの音も出ない、だ。

 自分で『希望的観測』と言っておきながら、フォカロル達が全滅した時の行動を考えていなかった。

 ついでに言うと、俺がバルディエルに負けた場合の事態も。


「……まあ、今回は確かにヨコハマ区の件がありますので、上は『終わり良ければすべて良し』としましたが。私としては、このまま『結果オーライ』とする気はありません」


 そう言って、イポスさんは「全員、報告書の他に反省文を百枚」書くように命じた。

 反省文を! 百枚! そりゃあないよイポスさん! そうだそうだパワハラだ! モラハラだ! いつの時代の悪魔ですか!? と喚く俺達だったけれど、氷の化身もかくやな冷た過ぎる眼差しで


「おや、二百枚が良いのですか?」


 そう訊かれてしまったら、百枚が良いですと答えるしかない。


「それからセイルくん」


 何だ。まだ続くのか、俺への説教。


「ケイトくんとの契約の件ですが、上の判断で『不可』となりました」

「え!」「え!?」「え!?」「えー!」

「……異なる感情を同じひらがなで揃えるなんて、きみ達は仲良しですね」


 俺の感情は言うまでもなく、歓喜(最初から契約には反対であり、今も同意しない)。

 ケイトは確実に、絶望。

 ヒカルは、驚愕。

 フォカロルは……ケイトと似たようなものだな。失意とか落胆とか、そんな感じ。

 仕方がないのですよ、と、イポスさんが言葉を続ける。


「セイルくんは未契約の身で単独行動を行い、バルディエルを殺した。

 ……バルディエルは地元住民と観光客を含め、約三百人を死傷。未だ行方不明の者も居ます。ですから、アルブスを排除して『人間』の法律で裁いても死刑は確実です。しかし、だからと言って、殺しの免罪符にはならない」


 処理班の報告書と、目撃者の証言録を読みました。

 と話しながら、どこからともなくファイルを取り出すイポスさん。表紙を開き、ファイリングされた紙を一枚一枚捲る音が、薄暗い空間の中で嫌に耳につく。


「破壊した石灯籠で動きを完全に封じた後、命乞いをする無抵抗なバルディエルの頭部を潰して殺害。……アルブスの排除方法を知らないとは言え、やり過ぎです。首から下を更に念入りに潰すとか、手脚を引きちぎって達磨にする程度で良かったんですよ」


 それも少々……と言うより、やり過ぎだと思うけれど。しかし、完膚なきまでペチャンコにした俺が言えた義理ではない。

 よって、という言葉と共に、ぱたんとファイルが閉じられる。


「上はセイルくんを『危険悪魔じんぶつ』と認定。如何なる人間も、きみと契約することは出来ません。

 また、セイルくんを制御出来ないケイトくんは、当然ながら使役不可能と判断されました。なので、契約は禁止です」

「そんなあ……」


 落ち込むケイトの隣で、盛大にガッツポーズ。

 であれば、俺はもう用無しですね。帰ります!


「駄目です」


 何で?

 きょとんとする俺を見、イポスさんは「しょうがないですねえ」みたいな種類の微笑みを浮かべる。


「無辜の民の命を何百と奪った凶悪犯とは言え、人間一人を惨たらしく殺めたのです。そんな悪魔を、おいそれと魔界へ帰すわけにはいきません。ですからここに留まって、我々に協力して頂きます」


 ……は?


「協力……?」

「ええ。フォカロルくん同様、になるのです。しかし、立場は異なります。セイルくんの契約主は人間ではなく、私——イポスが務めます」

「……い、やいやいやいや、悪魔が悪魔と契約って——!」

「人界での生活も存外、悪くないですよ」


 贖罪と思って、精々励んでください。


 そう告げたイポスさんの手袋に包まれた手が、ぽんと頭に載せられる。



 * * *



 こうして緊急事態は本当に、終局を迎える。


 結局、ケイトとの契約は回避出来たものの、魔界へ帰ることは出来なかった。

 それどころか同族であるイポスさんが俺の契約者になるという謎展開となった。

 どうしてこんなことに……、と頭を抱える俺は、当然ながら何も判っていなかった。


 この世界が、単なる『ソシャゲの中』ではないことを。

 どんな奴を相手にし、どんな組織に属しているのかを。

 ケイトのことを。

 俺自身のことを。


 何も。



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