第15話:事情は千差万別である

「ルナさんのお父さんは、コンジュラーなんです」


 ほんのりと悲しそうな笑みを浮かべながら、眼鏡少年――ユウスケは語る。


「とても有能な方だそうで。以前はワコク支部にいらっしゃいましたが、今は母国であるアメリカに居ます。アメリカ支部の最前線でご活躍中だそうです」


 そしてワコク人である母親は、己の母国の支部に在籍している。

 彼女もまた有能なコンジュラーである。それでいながら、技術開発の方でも秀でているらしい。

 一番の功績は魔術道具『ヴィンクルム』の開発。

 勿論、ルナの母親が一人で開発したわけではない。何十人もの技術者と魔術者が協力して作り上げた、汗と涙と血の結晶だ。

 しかしそれでも、科学技術の面で大いに貢献したのは、ルナの母親であると言う。


 ゆえに、ルナは自身を「エリート」だと宣う。

 両親が有能なコンジュラーだから。

 母親に至っては『ヴィンクルム』開発メンバーの中心だから。


「実際ルナは、エリートだよ。悪魔や魔獣を召喚しているんだ。入学してから、ずっと……、一度も失敗してない」


 僕と違って、と、ケイトが言う。

 やや沈んだ声で。


 入学して以降、ルナは何度も『召喚の儀』を行なっている。そして毎回、成功させている。ソシャゲで言うところのURやSSR級は出せないものの、ノーマルランクなら余裕で出せるらしい。

 けれど。


 どうしてかルナは、悪魔や魔獣を使役することが出来ない。

 彼女が述べた通り「エリートに相応しい悪魔を選んでる」部分は多分にあるだろう。より強い悪魔を――レア度の高い悪魔を求めているのは間違いない。それはこの学院に於いて、延いてはこの組織に属する者として当然の思考であり欲望だ。

 けれど己の欲望と、実際に使役出来るか否かは、全く別物の話になる。


 何十、何百もの悪魔や魔獣を召喚しても、必ず使役に失敗する。

 ルナが「雑魚に用はない」と切り捨て、祓っているわけではないのに。まるで悪魔と魔獣の方が彼女を拒絶するかのように、失敗が繰り返される。何度も。何度も。

 それはそれで異常だと言う。


「イポス先生が言うには、あいつが召喚した悪魔は一様に、怯えの姿勢を見せるらしい」


 そう話すヒカルの顔は、不可解極まりないと言いたげだ。


「強えコンジュラー相手にビビるなら、判る。取り憑いたり殺したりする前に、自分が祓われちまうからな。付き添ってるイポス先生にビビるのも判る。

 けど、ルナにビビる意味は判んねえ」


 確かに、と俺は内心で頷く。

 彼女の印象は、初めに見た時も、思い出す今も変わらない。

 元気が有り余った、じゃじゃ馬娘。小型犬のように吠える人間。付け加えるなら……エリート意識の強い高飛車女。親の優秀さを自分のものと錯覚している憐れな子供。

 指先でピンと弾くだけで、すぐに死んでしまう命。

 怯える理由はない。

 俺が鈍感なだけだろうか?

 と思い、視線でフォカロルに問う。が、首を横に振るだけだった。彼も俺と同意見らしい――彼女を脅威と認識していない。


「それでも悪魔を求めてしまうとは……諦めが悪いと言うか何というか……、N組の性分だな」


 と言うより性悪だ。

 仕方がないとはいえ、嘆かないではいられない。

 それにあの様子だと、N組所属という現実が不服なだけではない。自分より先に、ケイトとヒカルが悪魔を従えていることが赦せないのだ。

 まあ、ヒカルは仮契約だし、ケイトに至ってはイポスさんから貸し出されている状態だけれど(自分で言って微妙な気持ちになってきた)、自分だけの悪魔が居るというのは気分が良いのだろう。


 そこまで考えて、ふと疑問に思う。

 己を卑下するケイトや、嫉妬心剥き出しの眼を向けてくる彼女とは違い、ユウスケの態度は至極穏やかだ。

 語る前も今も種類こそ異なれ、笑みを浮かべている。悪魔や魔獣を召喚出来ない事実を受け入れているのか、劣等感を抱いている様子がまるでない。

 不思議に思って訊ねると、ユウスケは苦笑して「劣等感がないわけじゃないですけど」と言う。


「でも、くよくよしても仕方がないですから。ぼくは出来ることを……自分にしか出来ないことをやるだけです」


 聞けば、AIやデジタル化が進んだ現代でも、人間の手に頼るしかない仕事が山程あるらしい。

 組織で必要とされるのは、コンジュラーだけではない。コンジュラーはあくまで花形。彼らを支える裏方が居なければ、組織は土台から瓦解し、戦いには勝てない。


「卒業しても組織に――〈パンタレイ〉に貢献して、みなさんが平和に暮らせる世界を作る。それだけで、ぼくは充分です」


 そう言って、男子高校生にしては可愛らしい、満面の笑みを見せるユウスケ。

 ここで俺にとって、最も大きな驚きであり、一番の謎が三度浮かび上がる。


〈パンタレイ〉


 それは『天使を召喚し、悪魔を殺す』ソーシャルゲームの名前だ。

 主人公であるプレイヤーは、悪魔を倒す側。つまり、ゲームの舞台設定はどうであれ〈パンタレイ〉を冠するなら、天使を召喚する側でなければならない。

 しかし、実際は逆。


 この世界では、悪魔を召喚する方が〈パンタレイ〉の名を掲げているのだ。



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