#28 ひかり part 3.2 ~シエルの出立~

『仮面のシエル』を呼びにきたというリムルちゃんの言葉に、シエルちゃんは目を見開いていた。


「……なんで『仮面のシエル』がここにいると思ったの? 普通は家に行くものじゃない?」


 探るように、シエルちゃんがリムルちゃんに尋ねた。


 確かに、『仮面のシエル』=ここにいるシエルちゃんということが分かっていて、コンタクトを取ろうというのならば、家を訪ねるものだろう。


 にもかかわらず、リムルちゃんはシエルちゃんに会いにこの廃砦に来たのだ。

 シエルちゃんはわたしの付き添いでここにいる。今この場所にいるのはまったくの偶然だというのに。


「フ、フラムさんがここにいると言っていたので……フラムさんには……探している人がどこにいるかすぐわかるギフトがあるので……なんか、あの……すみません……」


 シエルちゃんの質問に、リムルちゃんがしどろもどろになりながら答えた。


「フラムって……あのフラム・デトニクス? あらゆるモノを見抜くギフト【千里眼】を持った一級冒険者、『神の眼』?」


「そうです……そのフラムさんです」


 メグちゃんの言葉を、リムルちゃんが首肯する。


「なるほど……それで『仮面のシエル』がここにいるとわかったわけか」


 納得したように、シエルちゃんも頷いた。


「……それで、『仮面のシエル』さんは? 魔物の討伐のため、魔導院の副院長から緊急招集が出ているんですけど……」


「緊急招集……」


 シエルちゃんは再び目をカッと開いた。


「それって確か、領主と魔導院やギルドの上層部だけが発令できる、一級冒険者達を何よりも優先して発令者の元に来るように呼びつけるものでしょ? 最後に発令されたのって、魔王軍と戦っていたころで、もう二十年以上前って聞いたけど……」


 メグちゃんも驚きの声をあげる。よくわからないけれど、どうも緊急招集とはかなり大事みたいだ。


「つまり、相当の事態が起きているってことだよね……」


 少し悩むようなそぶりをしてから、シエルちゃんが告げる。


「……『仮面のシエル』は私だよ。招集には応じる。でも、家に戻って準備しなきゃいけないから、ちょっと待ってて」


 さっきからあまり状況についていけていないけれど、ただ事ではないということは悟ったわたしは、シエルちゃんに憂うような視線を送ってしまった。


 それに気づいたシエルちゃんは、わたしを落ち着かせるようにほほ笑んだ。


「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。私は『仮面のシエル』なんだから」


「でも、シエルちゃんは……」


 言いかけて、わたしは口を閉じた。


 シエルちゃんは、魔物との戦闘が本当は怖いはずだ。それなのに、魔王軍との戦い以来、二十年以上発令されなかった緊急招集が必要な程の魔物の討伐に向かわされるなんて……。


 だから、引き留めようと考えたけれど、今はメグちゃんやリムルちゃんがいる。

 素顔がバレるのはともかく、仮面がなくては魔物と戦えないということまで知られるのは、さすがに困るだろう。


 そう思って、わたしは口に出すのをやめたのだ。


「……ありがとうね、ひかり」


 笑顔を崩さないまま、シエルちゃんが呟くようなトーンで言う。それから、


「じゃあ、私は準備があるから一度家に帰るよ」


 と、この場所を出ようとすると、


「あの……もし、よければ、リムルがシエルさんのおうちまで、お連れしますけど……」


 リムルちゃんがそう提案した。


「それなら、そうしてもらおうかな」


「わかりました。えっと、じゃあ、これからシエルさんのおうちに戻って、その後は直接魔導院まで行きますけど……それでいいですか?」


「うん。いいよ」


 ……このまま、シエルちゃん達を行かせていいのだろうか。


 というか、今こそ、転生勇者の出番じゃないだろうか。

 本当は戦いたくないシエルちゃんの代わりに、わたしがその魔物を討伐すればいいんじゃないだろうか……。


「あの……ちょっと待ってください」


 この場を去ろうとするシエルちゃん達を、わたしは呼び止めた。


「どうしたの? ひかり」


「わたしも連れて行ってくれませんか? 緊急招集が必要な程の魔物……わたしはきっと、それを倒すために、この世界に送られたんだと思うんです。それがわたしの勇者としての使命なんだと思うんです」


「勇者? あなたが、ですか……?」


 戸惑いの声をリムルちゃんが漏らした。やはり、勇者だと言って、そうすんなりと受け入れてはもらえないみたいだ。それでも。


「ええ。スカルスパイダーもデビルプラントも一撃で倒せますし、がれきにつぶされても傷一つ付きません。だから、わたしも」


「ダメだよ」


 首を振りながら、シエルちゃんが口を挟んできた。


「ひかりはダメ」


「そんな! どうしてですか!」


「当たり前でしょ! まだ魔法の制御が出来ていないんだよ? 魔法を使って、動けなくなった後に敵に攻撃されたら」


「でも、わたしなら、きっと一撃で魔物を倒せます! それにわたしの体はそう簡単に傷付きません! シエルちゃんも知っているじゃないですか!」


「相手は緊急招集が必要と判断される程の魔物だよ? これまでとは訳が違う。もし万が一、仕留めきれなかったら? もし万が一、ひかりを傷つけられる力を持っていたら? わずかでも、ひかりを失ってしまう可能性があるところに、ひかりを連れてはいけない。お願い。わかって」


 懇願するようなシエルちゃんの顔に、わたしは何も反論できなくなってしまう。

 拳を握りしめながら、首を縦に振るしかなかった。


「ありがとう。それじゃあ、悪いけど行ってくるね、ひかり」


「……どうか、気をつけてくださいね。シエルちゃん」


 わたしの言葉に、シエルちゃんは笑顔で頷いてくれた。


「えっと、じゃあ、話はまとまったみたいなので……今からシエルさんをご自宅にお連れします。リムルの体に触れてもらっていいですか」


 促されたシエルちゃんが、リムルちゃんの肩に手を触れる。


「それでは、目を、瞑って、シエルさんのおうちの場所をイメージしてほしいんですけど……」


 その指示に従い、シエルちゃんが目を閉じる。その直後、シエルちゃん達の姿はわたしの前から一瞬にして消え去った。


「……私たちが知らないところで、とんでもないことが起こっているみたいだね」


 メグちゃんがぽつりとそう言った。

 自分は転生勇者なのに、その「とんでもないこと」に関われないのが、情けなく感じた。


「メグちゃん、特訓の再開をお願いします」


 一刻も早く魔法の制御を身に付けて、シエルちゃんの隣に並べるようにならないと……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る