#29 シエル part 3.3 ~緊急招集~
「あの……着きました、けど……」
リムルちゃんに声をかけられ、目を開く。
一瞬の内に、私は自分の家にいた。
私は机の上に置いておいた猫面を手に取る。
そして、目を閉じて、大きく息を吐き出す。
――戦え、戦え、戦え。私は『仮面のシエル』なのだから。
心の中でそう唱えてから、仮面を顔にはめ――。
まぶたを開くと同時に、『仮面のシエル』としての自分が目覚めた。
「待たせたね。それでは、行こうじゃないか」
と、面をつけた私の姿を見て、リムルがおろおろとしだす。
「なんだか雰囲気が別人なんですけど……さっきは結構、話しやすかったのに……」
「これが『仮面のシエル』としての私なんだ。さて、この後は魔導院だったね?」
「はい……それじゃあ、院まで飛ぶので、またリムルに触れてください」
言われて触ったリムルの体はプルプルしていた。
「……大丈夫かい?」
「す、す、すみません。今のシエルさんから、圧を感じてしまって……」
「怖がることはないさ。仮面を付けて、それらしく振る舞っているだけで、実際は何も変わっていないのだから……」
先ほどと同様に目を閉じながら、そう答え――。
「院に着きましたけど……」
その一瞬の内に、私は魔導院の教室の中にいた。
室内には、私とリムルの他に四人の少女。歳は全員自分と同い年くらいといったところ。めいめいがばらばらに座席についている。
耳にしたことがある特徴と照らし合わせて見るに、髪を二つに結んだ細目のエルフが『神の眼』フラム・デトニクス。
体中に包帯のようなものを巻き、右目に眼帯をつけている幼い顔立ちの犬耳の子が『ネームド・ベルセルク』ネージュ・アクシズで、その隣にいる左目にモノクルをつけているのが『アーチャー』エリス・グラース。
教室の一番隅っこの席で静かに座っている銀髪の少女が『銀盾の勇者』ラメール・ウォルフォード。
全員が私と同じギフト持ちで、一級冒険者として名の知れた者たちだ。
と、周囲の様子を伺っていると、
「そろそろ、皆そろった頃か」
ドアを開けながら、初老の男が入って来た。教室中の視線がそちらに向く。
その男は、ソムニア魔導院の副院長、ランスロット・モリグナだった。
「……うむ。そろっているな」
「これで全員だって言うなら、早よウチらに倒してほしい魔物のことを話してくれん? 緊急招集までしぃ、こんだけのメンバーを集めたってことは、よほどヤバいやつなんやろ?」
フラムが机に肘を付きながら、陽気で独特の口調で尋ねる。確か、どこだかの地方の方言がこんな感じだった気がする。
「ちゅうか、院長はおらへんの? 緊急招集するくらいやから、あの人も来ると思うとったんやけど」
「いや、事は一刻も争うのでな。私が独断で招集した。サラ・ブラックキャットが発見した魔物は非常に危険だと聞いたのでな」
「ふーん、なるほどな」
納得したように、フラムが頷いた。
ランスロットがサラに並々ならぬ対抗心を持ち、何かと出し抜こうとしていることは、小耳に挟んだことがある。
二十年前、当時勇者パーティーの一員だったサラと模擬戦をし、敗北したことが原因だとか。
「要はサラさんが見つけたヤバいヤツをウチらに倒させて、サラさんに先んじようっちゅう腹か」
「なんとでも言え。私とて、これ以上あんな小娘ごときに後れをとる訳にはいかんのだ」
「それを言うたらさ」
フラムの目が大きく開く。これまでの陽気な高い声からうって変わって、威圧するような低さで告げる。
「ここにおる大半がその小娘ごときと似たようなもん……というか、歳で言うたらそれ以下やけど? アンタ的にはサラさんの鼻を明かすためにサラさん以下の連中を使うのはありなん?」
「それは……」
ランスロットは痛いところを突かれたというように顔をしかめた。
「まあ、ええわ。アンタが優秀な女をあまりよく思っとれへんのは周知の事実やし。それに危ないやつを放っておくわけにもいかんしな。さっさと詳細を話しぃ」
見開いていた目をにっと細めて、フラムはランスロットにそう促す。
「……その前に確認しておきたいことがある。ここにいる者達はみな十代だ。二十年前まで行われていた魔王軍との戦いのことを詳しく知らない者もいるかもしれない。今回の件に関係があることだ。もし、そういう者がいたら手をあげよ」
ランスロットの問いかけに、私以外の四人が手をあげた。
「ふむ。『仮面のシエル』以外の全員か。それならば、簡単に説明しておく」
そうして、淡々とランスロットは過去の戦いについて語り始めた。
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