#27 シエル part 3.2 ~メグの魔法指導~
街から少し登った丘にある朽ち果てた砦は、二十年前の魔王軍との戦いで利用されていたものだ。役目を終えた今では、当然のことながら人気が全くない。
そこの裏庭には、かつての主であろう人物の石像がある。
メグさん曰く、
「ここは何を壊しても人に迷惑がかからない。たまにソムニア魔導院の生徒が魔法の練習をしにここに来てるのも見かけるし、ひかりの特訓にはぴったりでしょ」
とのこと。
ひかりの魔法の特訓にちょうどいい場所ということでメグさんが連れてきてくれたのだ。
「まず確認だけど、ひかりは一回魔法を放つと、しばらく動けなくなるんだよね?」
「ええ。もの凄い空腹感に襲われてしまって……」
「その理由は、なんとなくひかりもわかっているみたいだけど、魔力の制御が出来ていないからだと思うよ。だから、一回の魔法で全魔力を消費して動けなくなる」
「へえー、じゃあ、おなかが空くのはなんでですか?」
「魔力を使用し過ぎて無くなってしまったエネルギーを、体が食事によって補給しようとして、おなかが減るんだよ」
メグさんが、魔法を使う度にひかりが動けなくなる理屈を説明してくれた。
私は魔法の基礎知識については、昔、ブランから聞いたことしかわからない。この話は初耳だった。
私が魔力の尽きないギフトを持っているから、ブランも必要ないと判断して教えなかったのだろう。
「じゃあ、戦おうとすると魔法が勝手に発動しちゃうのはなぜなんでしょう?」
「うーん……本来、魔法は自分が習得しているものの使用をイメージすることで発動するものなんだよ。ひかりは戦闘時に何を考えているの?」
「そうですね……とにかく敵を倒す、とかですかね……」
「じゃあ、それが原因かも。そういう雑なイメージで魔法を使おうとするから、ひかりが覚えている魔法の中で一番威力が強いものが発動しちゃう……とかなんじゃないかな」
「確かに、魔法を発動する時は、いつもルミナス☆リリィが必殺技を放つシーンが浮かんでいました。無意識に必殺魔法を使用していたのかもしれません」
「それなら、もっと具体的に使う魔法をイメージすれば、もしかしたら、魔法を暴発させずに制御できるようになるかも」
「本当ですか⁉︎」
嬉しそうに尋ねるひかりに、メグさんは頷く。
「多分だけど。というか、そもそもひかりってどんな魔法を習得しているの?」
「それがよくわからなくて……」
「わからない? 冒険者カードに書いてあるでしょ」
ひかりの答えに、メグさんが小首をひねる。
そんなメグさんに、ひかりは冒険者カードを見せた。
「……なにこれ。能力値が全て文字化けしてる……ひかりって、何者なの?」
「あー、実はわたし、転生勇者なんですよ」
「は? 冗談でしょ?」
「その反応、シエルちゃんに初めて話した時にもされましたけど、本当なんです」
メグさんが近くで見守っていた私に、どう反応を返すべきか伺うような視線を送ってきた。いきなり転生勇者を名乗られたら、戸惑うのはわかる。誰だって、そうする。私もそうした。
「メグさんのリアクションは正しいけど、ひかりが言っていることは本当だと思う。ひかりは転生勇者だよ」
私の言葉に、メグさんは顔に浮かべた困惑の色をより濃くする。
「え? マジなの……? 街の英雄と転生勇者相手に、私、すごい分不相応なことをしている気がしてきた……教わるの、私なんかでいいの?」
「もちろんです! 友達に指導してもらった方が、わたしも嬉しいですし」
「……そっか。それなら、精一杯務めさせてもらうよ」
そんなやり取りを見て、私はなぜかほんのちょっとだけモヤっとしてしまった。ひかりがメグを友達と呼んだ。そんな何でもないことが、ムッときてしまったのだ。
訳が分からないと、私は一人首を振る。
「でも、使える魔法が謎のままじゃな……どうやって練習しよう」
困ったようにメグさんが首をかしげる。
私も少し考え、そして、思い出す。
「そういえば、初めて出会った時、拘束魔法を使ってなかった? 私をスカルスパイダーから救ってくれたやつ。あれはどうやったの?」
「あの時はシエルちゃんを助けなきゃって必死だったから、あんまり覚えてないんですよね……」
「でも、それが出来たってことは、ひかりは拘束魔法を使えるんじゃないかな。そのつもりで練習してみようか」
「わかりました……【トランスリリィ】」
メグさんの言葉に頷いた後、ひかりはルミナス☆リリィの姿に変身し、手元に杖を召喚する。
そして、目を閉じ、杖を構える。
すると、杖の先に淡い光が灯り始めた。
「そしたら、あの像を敵だと思って、魔法を撃ってみて」
メグさんの指示を受け、ひかりは杖の先端を像に向けて、カッと目を見開く。
ひかりの杖から小さな閃光が放たれ、像に吸い込まれるように突き刺さり――。
直後、像はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
と、同時にひかりも腹の虫を鳴かせながらその場にうずくまる。
「……あれ? 失敗しちゃったみたいです。おなかが空いて力が出ません」
「まあ、最初はうまくいかないものだしね。練習していればきっとそのうち出来んじゃないかな。魔力回復のポーションをアレッタが持たせてくれたから、それを飲みながら、とにかく特訓あるのみだよ」
「わかりました。頑張ります」
と、ひかりがポーションを飲み終わった時だった。
「……あの、ちょっと……その……用事が、あるんですけど……」
振り向くと、私たちの後ろに一人の少女がいた。
誰かが来た気配はまったくしなかった。いつの間に近づいていたのか疑問だ。
というか、そもそもこの少女は一体?
耳が尖っていることから、エルフであることは間違いないけれど……。
髪形は緑色のボブヘア。両目が隠れるほどの長い前髪が特徴的だ。
黒を基調にところどころ緑色が入った衣装を身に着けている。
エルフの少女は、「えっと……その……」と何かを言おうとしているようだった。
私たちは、いきなり現れたエルフの少女が何者なのだろうかと、その姿を見据えながら、少女の言葉を待つ。
「あの……」
「……」
「……」
少女はおろおろとしながら、とうとう沈黙してしまった。
助け舟を出すつもりだろう。メグさんがほほ笑みながら少女に尋ねる。
「用事って?」
「あ、あの、す、すみません……やっぱり、無理」
急に音もなく少女がかき消えた。
「ええ……?」
突然のことにわたし達は困惑し、思わず固まってしまう。
それから数秒後。
「失礼しました……」
と、気づかないうちにエルフの少女が再び私たちのすぐ後ろに立っていた。
さっきの事と合わせて考えると、どうもこの子は【テレポーテーション】の使い手のようだ。
「リムル、人と話すのが、その……すごく苦手なんです……それなのに、副院長がみんなを呼んで来いって……本当に無理なんですけど……フラムさんは面倒だからってついてきてくれないし……」
ぶつぶつと呟きながら、エルフの少女は膝を抱えて、その場に座り込んだ。
私は少女の言動に戸惑いながらも、怯えている小動物に声をかけるようなトーンで、少女に尋ねた。
「あー、えっと……とりあえず、まずは名前を教えてもらっていいかな?」
「あ、リムルです。リムル・フルールです、けど……」
リムルさんは顔を私から背けながらそう名乗った。
「それじゃあ、リムルさん。さっき用事があるって言っていたけど、どんな?」
「えっと……あの、その……あば、あばばばば……」
「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」
「あ、すみません……」
ひゅぅぅぅと、リムルさんは大きく息を吐き出してから告げた。
「用というのは、『仮面のシエル』さんを呼びに来た、というものでして……。『仮面のシエル』さんはどなたですか?」
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