#25 The others part 3.1 ~新たなる脅威~

 夜に溶け込むように、黒いローブをまとった者がそこにいた。

 彼は闇の中から、自分が始末するべき相手――転生勇者、明日奈ひかり――の姿を観察していた。


 ――へえ。なかなかかわいい子だね。ボク程じゃないけど。


 彼は自分の見た目に絶対の自信があった。故郷では男でありながら、美少女の名をほしいままにしていた。


 もっとも、そこは彼自身の手で滅ぼしてしまったため、今は存在しないが。


 ――殺す相手じゃなかったら、友達になりたかったな。


 ため息をつくと、彼は懐から鏡を取り出した。自分の顔を眺めるためである。


 ――うんうん。やっぱり、がっかりするボクもかわいいな。自分でも怖くなりそうだ。


 星月の明かりくらいしかない闇の中だというのに、その鏡にはくっきりと彼の姿が映されていた。


 かつて天使のようだと謳われた奇麗に整った愛らしい顔立ち。

 透き通った瞳。ぱっちりとして大きな眼。やや垂れ目がちなところも愛嬌がある。

 高過ぎず、低過ぎない鼻に、艶やかな唇。


 鏡の中の自分の顔にうっとりとする。


 その鏡に、突然ライオンのたてがみのような髪をした、いかつい顔の男が映り込んだ。


 彼は驚いて持っていた鏡を取り落としてしまった。慌てて拾い上げる。


「そんな……」


 鏡面にヒビが入ってしまっていた。


「なんてことするのさ、ナイさん! 鏡が割れちゃったじゃん!」


「我は何もしていないが……」


 低い声でそううなったこの男は、オニロガルドを滅ぼさんとする者たちの一人・ナイアルラ。


「何もしてない? そんな凶悪な顔で突然目の前に現れるなんて、何の嫌がらせかと思ったよ! だいたい、ナイさん、もっとかわいい姿にもなれるんだから、そっちで出てきてよ!」


 対して彼は、その見た目通りの少女らしい高い声を荒らげる。


 ナイアルラはやれやれと首を左右に振った。


「そちらは今与えられている役割にふさわしくないからな……さて、汝が鏡に夢中なのはいつものことだが、任務の方は問題なく進んでいるだろうな?」


「それがさ、聞いてよ。こっちの世界はそっちよりマナが薄くてさ。こっちの世界にきた時に減った魔力が回復するのに時間かかってるから、まだ大したことは出来てないんだよね」


「汝の力なら、完全でなくとも、世界を一つ滅ぼすくらいわけなかろう」


「いやいや、完璧でかわいいボクの姿と力を見せつけてあげるのが、めちゃくちゃにする世界への礼儀というものでしょ」


「それならば、魔力の回復薬を使えば良かろう。そっちの世界にもあるだろうに」


「えー、お断りだよ。薬なんてボクのかわいい口には合わないもん。それにそんなものを飲んでおなかを壊したらどうするのさ?」


「……リッチが腹痛になどなるものか」


「ひどいな。リッチ差別だよ?」


 見た目こそ可愛らしい少女の姿だが、彼の正体は高位のアンデッド・リッチだ。


 彼は幼くして数々の魔法を極め、その実力と姿から名声を得ていた魔導士だった。


 しかし、年々男らしくなっていく自分の顔や体を嫌い、成長を止めようと不老不死の禁術に手を出し、リッチへと成ったのだ。


「心配しなくても勇者はちゃんと始末するよ。世界を壊すのに邪魔だからね。あ、ナイさんも勇者を見る? 今こっそり観察してるんだけど、かわいいよ。もちろん、ボク程じゃないけど」


「いらぬわ。しかし、相変わらずこの調子か……やはり策を打っておいて良かった」


「ん? どういうこと?」


「わずかでも我々の障害になりそうなものは、いち早く消さねばならぬからな。ゆえにアーテルもそちらに送っているのだ。これで」


「はあ? 何勝手なことをしてんのさ!」


 ナイアルラの言葉を遮って、彼は怒声を上げた。


「しかも、よりによってあのオバさんを……まさか、協力して勇者を始末して、世界を滅ぼせとか言わないよね? 絶対無理だよ?」


「別にその必要はない。汝らのどちらかが勇者を始末し、世界を滅亡させられればそれでよいのだから。彼奴にこの任務を与えた時、それはそれは喜んでおったぞ。汝から手柄を奪えるとな」


「……なるほど。あのオバさんに好き勝手されたくなければ、さっさと動けってことか。やってくれたね、ナイさん」


 彼は魔力を放ち、手にしていた鏡を粉々にした。


「……あーあ、お気に入りだったのに壊しちゃった。まあいいか。残念だけど、しばらく鏡を見ている時間はなさそうだし」


 誰に言うでもなく、そう呟く。


 彼にとって、アーテルは最も嫌いな存在だった。

 会う度に人の事を女装ジジイ呼ばわりしてくるし、そして何より、アーテルのやり方が気に食わない。


 他人の体を乗っ取って利用するやり方は、まったくもってかわいくない。自身の姿や力に誇りを持つアインにとって、吐き気を催すほどの嫌悪感があった。


 そんな相手に、自分程ではないにせよかわいい勇者を殺させる気も、この世界を滅ぼさせる気も一切なかった。


 ――勇者はボクがかわいく殺すし、この世界はボクのかわいさを見せつけながら、めちゃくちゃにしてやるんだ。あんなやつに邪魔はさせないよ。


 彼の名はアイン・オプスキュリテ。


 自分のかわいい姿を敵に見せてから殺すことにこだわるオニロガルドの新たな脅威だ。

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