#23 The others part 2.4 ~報告~

 瞬間移動の魔法【テレポーテーション】を使い、サラは洞窟の外に脱出していた。


【テレポーテーション】は魔力消費が激しい割には、そこまで遠くに移動することはできない。けれど、このような緊急時には役に立つ。


「いつの間にか、もう夜か……」


 辺りはすっかり黒く染まっていた。


「……こんな時間で悪いけれど、すぐにこのことを師匠に報告に行かないとだね」


 巨大な魔力の爆発を浴びせたとはいえ、それでアーテルを倒せたとはまったく思ってはいない。


 ヤツはこの世界を無に帰すと言っていた。このまま、何もしないでもいずれ再び会うことになるだろう。


 けれど、その時まで待つつもりはない。


 アーテルは悠貴の体を奪っているのだ。


 装備を整え次第、こちらから出向いて必ず悠貴を取り戻してやる。


 サラはそう決意を固めた。


「……この辺りでいいか」


 洞窟から少し離れた場所で、サラは羽のような紋章が刻まれた魔石を懐から出す。


 この石はテレポストーン。


 これもまたサラが開発した魔道具だ。この魔石は持ち主の【テレポーテーション】の力を強化する魔力が込められている。これを握りしめた状態で【テレポーテーション】を使用すれば、別のテレポストーンが置かれた地点まで一気に移動できる。


 事前準備が必要なうえ、発動した【テレポーテーション】の効果が出るまで時間がかかるようになるという欠点はあるものの、通常の【テレポーテーション】では不可能な距離を移動することが可能になるため、魔法を得意とする者たちの間で重宝されている。


「【テレポーテーション】!」


 そうしてサラは魔導院に飛んだ。ヴィルヘルミナは学院の院長執務室の裏に魔法で自室を作り、そこに住んでいるためだ。


 と、勝手に門が開き、寝間着姿のヴィルヘルミナが歩み寄ってきた。


「まさか師匠の方から来てくれるなんてね。てっきり、起こすなと怒られると思っていたんだが」


「洞窟からまたしても大きな魔力の反応を感知したからねー。おちおち寝てられないなーって。それで何が……」


 と、複雑そうな顔で黙り込むサラを見て、ヴィルヘルミナは言葉を止めた。代わりに「なるほどねー」と納得したように頷く。


 懐から棒付きキャンディを出し、それを咥えて、ヴィルヘルミナはサラに尋ねた。


「悠貴の身に何かあったんだー?」


「……悠貴が人間に戻っていたんだ」


 サラの発言に、ヴィルヘルミナは口内のキャンディを噛み砕いた。


「何だってー? それは本当なのー?」


「ああ。ワタシも信じられないが」


「それなら、悠貴はどこにいるのさー? 一緒に帰ってこなかったのー?」


 その質問に、サラは拳を握りしめながら答えた。


「……けれど、悠貴の体は乗っ取られていた」


「なっ⁉ 乗っ取られていただってー? 誰にさー? まさか魔王がー?」


 相変わらず間延びしているものの、ヴィルヘルミナの声にはいつもとは違い、明らかな緊張感が含まれていた。


「いや。やつはアーテルと名乗っていた。この世界と異なる世界から、この世界を滅ぼしに来たらしい。それを邪魔するであろう転生勇者……ひかり君を確実に始末するために悠貴の力が必要だったから、体を奪ったそうだ。しかも、悠貴の中に眠る魔王の力まで」


 爪が手のひらに食い込む程、サラはより強く拳を握る。


「ワタシは今からもう一度アーテルの元に行き、やつを倒す。だから、師匠にはアレッタのことを頼みたい」


「……あなた一人でどうにかなるのー? そいつは」


「それでも、ワタシがやらないとなんだ! この世界を滅亡させようとしているやつに悠貴を好き勝手させてたまるか!」


「うん。あなたの気持ちはわかるよー。けれど、敵は勇者と魔王の力を持った厄災そのものみたいな存在。そんな相手にあなた一人で挑ませるわけにはいかないなー」


 ヴィルヘルミナがそう告げた瞬間、サラの周囲を光の檻が包んだ。


「くっ……無呪文無動作で魔法を……」


 サラは抵抗することなく、その場に座り込んだ。今の手持ちの魔道具では、ヴィルヘルミナが【ジェイル】の魔法で作った光の檻を破れないと判断したからだ。

 下手に暴れるよりも、ヴィルヘルミナを説得してここから出してもらった方がいいと考えたと理由もある。


「最初に確かめておきたいのだが、このままワタシを閉じ込めて、悠貴のところに行かせないとかはないだろうね? だとするならば、ワタシは大人しくするのをやめて、できるだけの手を尽くして脱出を試みることになるが」


「安心しなよー。アーテルの討伐はあなたにも行ってもらうからー」


 再び懐から棒付きキャンディを取り、それを口に放りこみながらヴィルヘルミナは続けた。


「いいー? あなたの話を聞く限り、敵は二十年前の魔王以上の厄災な訳だよー。さすがのあなたでも、一人で太刀打ちするのは無理に決まってる。だから、ソムニア騎士団の精鋭、アイリス隊にも討伐に参加してもらう」


「……確かに彼女らがいたら心強い」


 強力なギフトを持つ者もいるアイリス隊ならば、アーテルが相手でも十分戦力になるだろうと、サラは頷いた。


「それで? いつ出発させてくれるんだい? わかっていると思うけど、あまり長時間を待つつもりはないぞ」


「私としてもアーテルを長い時間野放しにしておくつもりはないからねー。明日、準備が出来次第向かってもらうよー」


「わかった」


「じゃあ、明日ねー。おやすみー」


 言い残して去っていこうとするヴィルヘルミナを、サラは慌てて呼び止めた。


「ちょっと待ちたまえ。寝る前にワタシをここから出してはくれないだろうか? 事情を知らないものがこの光景を見たら、ワタシが何かやらかして折檻されているみたいにみえるだろう」


「うーん。そうかもしれないけれど、出すのはちょっとなー。私が寝ている間にあなたが心変わりして勝手なことをされないとも限らないしー」


「いや。そこは弟子を信用してくれないだろうか」


「でも、あなたは昔から悠貴の事になるとまともな判断が出来なくなるでしょー? さっきもそうだったし」


「……」


 ヴィルヘルミナの指摘に、サラは何も言い返せなかった。


「まあ、捕まっているように見えるだけで、実際はそうじゃないのだからいいでしょー。せいぜい登校してきた生徒たちに、ついに捕まったのかーって思われるくらいでさー」


「十分不名誉なんだが……」


「いやいや、セクハラ魔を演じている時点で、あなたの名誉なんて地に落ちているんだよー? 今さらこの程度どうってことないでしょー」


「……まあ、それもそう、なのか?」


 無理やり納得させられた感はあるが、サラはこれ以上何も言わずにその場に寝転んだ。


「……おやすみ、師匠」


「ああ、おやすみー……くれぐれも勝手なことをしないようにねー」


 そう告げるヴィルヘルミナの視線は、檻の中のサラにではなく、檻の上を飛んでいた肉眼で捉えるのが難しいような小さな羽虫に向けられていた。

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