#22 The others part 2.3 ~最悪の再会~

 自ら作り出した魔道具・空を飛べる靴を履いて、ソムニアから北東へと飛び、サブリサイドをこえてさらに一時間程の所にサラは降り立った。


 そこから、枝葉が邪魔する険しい獣道を進んでいくと、やがて目の前にがっちりと閉ざされた石の扉が現れる。


「【アンロック】」


 手をかざし、封印を解く魔法を放つ。ゴゴゴという重い音を響かせながら、入口がゆっくりと開いた。


 この洞窟にはクリスタルと化した悠貴が眠っている。


 ここは元勇者パーティーのメンバーとヴィルヘルミナしか知らないし、その誰もここが封じられて以降、誰一人として立ち入っていない。


 サラも、ヴィルヘルミナから受けた依頼がなければ、一生足を踏み入れるつもりはなかった。

 この洞窟はある意味では悠貴の墓なのだ。ここに来るということは、嫌でも悠貴の喪失を突き付けられることになる。それに耐えられないのだ。


 けれど、今はそんな事を言っている場合ではない。


 もしかしたら、悠貴の死を冒涜する存在がいるかもしれないのだから。


 サラは自ら開発したファンネル型松明に火をつけ、洞窟の中に侵入する。


 ファンネル型松明は、火を灯すと使用者の周囲に浮遊し、使用者の意思を受けて自由自在に辺りを照らせる他、使用者が敵と判断したものに向かって、炎を放つ機能もついている。

 洞窟内でも両手が開けられるうえ、魔物との戦闘もサポートしてくれることから、特に近接戦を得意とする冒険者に人気がある魔道具だ。


 浮遊する松明の後ろに続く形でサラは洞窟内を進んでいく。

 悠貴がいる場所まではほぼ一本道だ。冒険者をやめて久しいとはいえ、これまでにいくつもの難関ダンジョンを攻略してきたサラが迷うことはまずない。


 と、前方から複数の火の玉と何者かの集団が彼女へと近づいてきた。


「……まさか自分でキミ達と戦うことになるなんてね」


 火の玉に照らされて浮かび上がったそれらの姿は、今のサラとまったく同じ見た目をしていた。


 サラはこの洞窟を封印する際、奥にいる悠貴を守るためのセキュリティシステムも設置していた。悠貴から溢れる魔王の魔力を動力源に、侵入者を撃退する魔物を生み出す魔石だ。


 この魔石の魔力が侵入者の魔力と反応することで、侵入者を完全にコピーした魔物・ドッペルゲンガーが生成される仕組みになっていた。


 ドッペルゲンガーたちは、コピーした松明から火を放ち、サラを襲う。


「こんなことなら、魔石を無効化する装置もつけておけば良かったかな」


 サラは飛んでくる炎の間をかいくぐりながら、懐から太く長い針を取り出すと、それでドッペルゲンガーたちを刺していった。


 途端に、ドッペルゲンガーたちの体が弾ける。


「急いでいるのに、一体ずつ処理しなきゃいけないのは面倒だ」


 この針も、サラが作成した魔道具だ。その名も散らし針。刺した箇所の魔力を散らす魔法が込められている。


 ドッペルゲンガーはいわば魔力の塊。それを崩してしまえば、ドッペルゲンガーは肉体を維持できなくなるのだ。


 次々に湧き上がってくるドッペルゲンガーの攻撃を避け、針を刺す。

 そんな単純作業をしながら、サラは洞窟の奥へとどんどん進んでいった。

 最深部に近づくにつれ、ドッペルゲンガーとの遭遇頻度が減っていく。


「……これは一体どういうことだろうか」


 悠貴の側の方が、より魔力が濃い。

 当然、奥に行けば行くほど、ドッペルゲンガーがより多く生み出される。

 最深部付近なんて、本来は数十メートルに数体の頻度で現れるはずなのだ。

 それが、ある程度奥に来てからは、一体も遭遇しなくなった。


「やはり、何かは起きているみたいだね」


 サラは気を引き締めるように呟いて、悠貴の元に向かった。


 そうして辿り着いたそこは、サラが知るその場所とは大きく変わっていた。


 思わずサラは息を呑む。


 ここはクリスタル化した悠貴から溢れる魔力の光で一面輝いていたはずだ。

 しかし、そこにクリスタルと化した悠貴の姿はなかった。その代わり――。


「なっ……?」


 マントを羽織ったサイドポニーの少女がそこにたたずんでいた。


 桐ヶ谷悠貴が、そこにはいた。


 クリスタルではなく、生身の悠貴がいた。


 抑えられない気持ちのまま、サラは悠貴へ駆け出す。

 眼前にドッペルゲンガーが現れた。


「邪魔だ」


 サラは出現したドッペルゲンガーに針を刺そうとする。

 しかし、それより先にドッペルゲンガーが崩れ、悠貴の元に吸収されていった。


 よく見ると悠貴の周囲には、巨大な魔力の塊がうねっていた。それを目にして、サラは道中でドッペルゲンガーが徐々に出現しなくなったことに合点がいった。


 ドッペルゲンガーが生まれては悠貴に吸収されていたから、ドッペルゲンガーが出てこなくなったのだ。


 おそらく魔力を体内に取り込み、力をためているのだろう。


 それからサラは。


 気を取り直すように。


 気を落ち着けるように。


 うまく言葉に出来ない混沌としたモノをはくように深呼吸してから、サラは悠貴に問いかけた。


「……悠貴なのか?」


「そうだよ。十年ぶりだね。サラちゃん」


 そう返す悠貴の笑顔は、間違いなくサラの記憶の中にあるものと一緒だ。


 けれど、その目の奥に全身の毛穴から冷汗が噴き出すような不快な気配を感じた。


「……いや。姿こそ悠貴だが、中身は悠貴じゃないな。魔王とも違う。何者だ?」


 悠貴の体をもてあそばれて昂った感情に身を任せ、サラは松明から炎を飛ばす。


 それを素手で軽々と払いのけると、悠貴は本人ならば決して浮かべないような歪んだ笑みで言った。


「一瞬で私に気付くなんて……さすが、この体の子と特別な関係にあっただけはあるわね」


「質問に答えたまえ!」


「そんなに怖い顔しなくても教えてあげるわよ。私はアーテル。この世界とは異なる世界から来たの。この世界を無に帰すために。でも、世界の管理者気取り達が転生勇者とかいう邪魔者を送り込んできてね。その子を確実に始末するために、この子の肉体を借りたの。この子も転生勇者なのでしょう?【トルニトス・ハスタ】!」


 アーテルは自己紹介とともに、サラへと手のひらを向ける。そこから雷の槍が打ち出された。


「……っ! それは悠貴の……」


 サラはさっとその場から飛び退いて、それを躱す。雷はドッペルゲンガーを生成する魔石に当たると、それを一瞬にして粉々にした。


「そう。この子の古代魔法。自分が受ける日が来るなんて思わなかった?」


 拳を握りしめるサラを煽るように、アーテルは嘲笑を浮かべた。


「それにこんな事も出来るわよ。【フェニックス・フレア】!」


 アーテルの手のひらから、今度は巨大な鳥を模した炎の塊が放たれる。


「魔王の力まで……」


 サラは懐からグレアムランドの雪の結晶が入った瓶を取り出し、地面に叩きつけた。割れた瓶から溢れた冷気が火の鳥を包み込み、凍りつかせる。


「ただの魔道具で魔王の魔法を相殺するなんて、さすがね」


 アーテルは納得するように頷いた。


「余裕こいているんじゃあないよ。悠貴をおもちゃにして……キミ、もう許されないよ?」


 怒りのままに啖呵を切ったものの、実際のところ、今のサラにアーテルをどうにかする術はないに等しかった。


 サラは強力な魔法を使えるものの、その多くが発動までに時間がかかってしまうため、誰かとパーティーを組んでいるならばともかく、一人での戦いにはあまり役にたたない。


 そのため、サラは一人での戦闘が想定される場合、事前に自分の魔法で作った魔道具を準備し、それを用いて戦う。


 しかし、持ち物までコピーするドッペルゲンガーの対策のため、今回は相手に使用されても対処できるように、店で普通に売っている物しか持ってきていない。

 自分の魔法によってある程度強化しているため、並みの相手なら十分事足りる威力はある。


 しかし、敵は悠貴と魔王の力を手にした存在。店売りの品を少し強化したくらいの魔道具では太刀打ちできそうにない。


 グレアムランドの雪の結晶が残した冷気に充てられて、冷静さを取り戻したサラは今するべき行動を理解した。


「……悔しいがここは引くしかなさそうだ。けれど、せめて」


 と、サラは散らし針をアーテルに向かって投げつける。


「そんなもの、避けるまでもないわね」


 針はアーテルの肩に命中した。


 瞬間、アーテルを包みこんでいた魔力の塊が大きく脈打ち始める。


「なっ⁉ 何を⁉」


 動揺するアーテルに、サラは淡々と説明する。


「それは固まった魔力を散らすものだよ。キミがため込んだ魔力が一気に弾けたら、キミにもそこそこ効くんじゃないかな」


 直後、魔力の塊が轟音とともに爆発した。


 その威力は凄まじく、洞窟が激しい音を立てて崩れ出すほどだった。

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