#18 ひかり part 2.3 ~ノーダメージ~

 ゴブリンと戦った場所からしばらく歩くと、横道があった。

 草や木の枝が邪魔する険しい獣道だ。


「この先だよ」


 シエルちゃんの後について草木をかき分けながら進んでいくと、やがて近くの岩肌の脇に、奥を窺い知れない穴がぽっかりと空いていた。


「おお……」


 わたしは感嘆の声を漏らしながら、上から下へゆっくりと見回す。

 入り口からは、うっすらと奇麗に整備された階段が下層へと続いていた。


 この世界に来て記念すべき初めての洞窟だ。せっかくだから、この場所についてもっと知りたい。


 と、ルミナス☆リリィに変身する際に使う端末には、スマホのような機能があると言われていたことを思い出す。検索機能とかもついていないだろうか。


 試しに探してみたら普通にあったので、早速検索してみる。


 どうやらここは、以前は財宝隠しの洞窟と呼ばれていたらしい。

 はるか昔の大富豪がこの洞窟を改造して自分の宝の隠し場所にした。

 時がたち、この洞窟が冒険者に発見されると、至る所にあった財宝はほぼ取り尽くされた。

 現在となっては、中が整備されているうえ、ごく稀に残っていた宝が発見されることもあって駆け出しの冒険者のダンジョン探索の練習場所となっているという。


「……本物の洞窟なんて初めて見ました。すごい。ちょっと感動です」


「まるで観光地気分だね……」


「わたしの世界だと、洞窟はだいたい観光スポットでしたから。一度、来てみたかったんですよ」


 岩壁に触れながら、わたしが不用心に入っていこうとすると、シエルちゃんが慌てて引き留めてきた。


「待って! こっちの世界の洞窟は観光スポットなんかじゃなくて、危ないとこだからね? 魔物とかが襲ってくるんだからちゃんと用心しないと。私が先に行くから」


 シエルちゃんは手近にあった木の枝の先端に【ファイア】で火をつける。


 そうして作った即席の松明を片手に、シエルちゃんがわたしを先導してくれた。階段を下ると体にまとわりつく空気の質が、地上のそれとはまったく異なっていた。

 陽の暖かさを一切感じさせない。湿っていて、それでいてひんやりとしていた。


 松明の灯りが照らす範囲を除き、一面が黒く塗りつぶされている。こんな所で探し物をしなきゃいけないことを考えると気が遠くなる。


 唯一幸いなのは、床は人の手が入っていることもあって、さっきの獣道より歩きやすいことくらいだ。

 洞窟内に二つの足音が響く。


「そうだ。ひかりに一つ守ってほしいことがあった」


「何ですか?」


「絶対にあの魔法を使わないでね。さっきゴブリンを吹っ飛ばしたやつ」


「ボス戦でもですか?」


「ボス戦? よくわからないけど、ダメだからね? 私、がれきでぺちゃんこになったり、生き埋めになったりするのはごめんだし」


「ああ、そういうことですか」


 ここであの魔法を放ったら、この洞窟が崩れてしまうかもしれないからダメということだろう。


 シエルちゃんが言わんとしたことを理解し、わたしは頷いた。


 薄暗い中、足元に目を向けながら進んでいく。

 元は一人の人間が財宝を隠すために作ったと記されていたので、小さな洞窟を想像していたけれど、ぜんぜん広い。

 だんだんお守りを見つけられる気がしなくなってきた。


 とはいえ、受注した以上はやり遂げなくては。


 それに、このクエストの間はシエルちゃんと一緒にいられる。そう考えれば、そんなに悪くないかも。


 なんてことを思っていると、シエルちゃんが大きく息を吐き出した。


「どうしたんですか? 急にため息なんかついて」


「別に。ちょっと面倒な依頼を受けちゃったなって思っただけ。こんな暗闇で探し物って、しんどくない?」


「でも、わたしは楽しいですよ。シエルちゃんとダンジョン探索ができて」


「……」


 シエルちゃんが、わたしから顔を逸らし、そのまま、無言で歩き始めた。

 またやらかしてしまったのだろうか。わたしも黙ってシエルちゃんの後に続く。


 それからしばらく進むと、目の前に何かが転がっている事に気づいた。


「これは……?」


 拾い上げてみる。革袋だった。使い古されているものの、それなりに手入れされている。状態はそこまで悪くなかった。

 中身は数本の液体が入った瓶。自分で調べてもよくわからないので、シエルちゃんに見せてみた。


「……これは、傷を癒やすポーションと解毒薬だ。最近、この洞窟に来た誰かの落とし物かな。一応、回収しておこう」


「あしもとを しらべた。なんと 道具袋を てにいれた」


「急に何?」


「いえ、せっかくアイテムを入手したので、お決まりのやつを言ってみたくなって」


「お決まりのやつ? 知らないけど」


「わたしが元いた世界のやつなので……すみません。忘れてください」


 なんてことをしながら歩いていると、ふと、前方から虫の羽音のようなものが聞こえた。


 シエルちゃんが立ち止まり、わたしの方に振りむく。


「何かが近づいている。多分魔物」


「どうするんですか? 戦う? 逃げる?」


「倒さなきゃ先に進めないし、迎え撃つよ。でも、くれぐれもさっきの魔法は使わないでね」


「わかりました……【トランスリリィ】!」


 わたしが変身したのを確認した後、シエルちゃんは抜剣し、向かってくる気配に対して構える。


 その正体は、二匹の魔物。巨大なハエ型の魔物だった。


「ダンジョンフライか。大した敵じゃなくて良かったよ……【電光石火】!」


 シエルちゃんは目にも止まらぬ物凄い速さで、ダンジョンフライ達に斬りかかる。

 その斬撃は会心の当たりで、ダンジョンフライの一匹を一撃で仕留めた。


 しかし、残ったもう一匹がシエルちゃんをすり抜けてわたしに向かってきた。


「ひかり! 一匹、そっちに行った!」


「は、はい! えっと……」


 どう対処していいかわからず、思わず杖を構えてしまった。

 すると、杖が輝きだし――。


「ちょっと! それはダメだって!」


「違うんです! 使うつもりはなかったんですけど、戦おうとしたらまた勝手に……これ、どうやってキャンセルしたらいいんですか? ×ボタン? Bボタン?」


「ボタン? 何言ってるかわかんないんだけど! いいから、それを止めて!」


「だから、止め方が分からないんですって!」


 パニックになっている隙に、ダンジョンフライの突進がわたしの腹部に命中した。


「ぐっ……」


「ひかりっ! 大丈夫⁉︎」


「ええ……不思議と全然痛くないです。ほんの少し衝撃があったくらいで」


 自分でも驚くくらい、まったく痛みを感じなかった。昨日グズマさんを倒した時も思ったけれど、わたしはモルぺウスさんのおかげで相当強くなっているみたいだ。


 ダンジョンフライは、攻撃を諸に浴びせたわたしがピンピンしているのに戸惑っているようだ。警戒するようにわたしから距離を取って次の攻撃のタイミングを計っている。


「……とにかく、ひかりが戦おうとすると魔法が発動しちゃうみたいだし、あいつも私がやるよ」


 シエルちゃんは松明をわたしに預けて、剣を構えなおした。すると、ダンジョンフライがシエルちゃんを目掛けて突進した。


「……【カウンタースタブ】」


 シエルちゃんは向かってくるダンジョンフライの頭を狙って、剣を突き出す。


 剣がダンジョンフライの額を勢いよく貫いた。


 そのまま、あっけなくダンジョンフライは絶命した。


「ふぅ……」


 足元に転がったダンジョンフライの死体から剣を引き抜き、シエルちゃんは一息はいた。


 わたしはと言うと、今の戦闘でまったく役立たずだったことに自己嫌悪していた。


「すみませんでした。わたし、どうも魔法のコントロール出来ないみたいで……」


「別にいいよ。結果、何事もなく済んだんだし。それより、ひかり、本当にけがはないの?」


「はい。痛みも全然ないですし……傷ひとつ、ついていません」


「……噓でしょ」


 シエルちゃんが唖然として、わたしをまじまじと見つめてくる。


「あの……どうしたんですか? そんなに見つめられると、わたし照れちゃうんですけど」


 わたしは冗談半分、本心半分で身をもだえた。


「あ、いや、ごめん」


 すると、シエルちゃんは何かを取り繕うようにわたしから目を逸らした。


「……それにしても、魔物の攻撃を受けてまったくの無傷なんて、どれだけ頑丈な体なの?」


「うーん。それはわたしにもわからないです」


 シエルちゃんの質問に答えられず、わたしはただほほ笑みを返すばかりだった。


 実際、わたしはどれくらい頑丈なんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る