#17 ひかり part 2.2 ~まるでピクニック~
「サンドウィッチのおかげで元気百倍です」
わたしは体の具合を確かめるようにぴょんぴょんとその場で跳ね回った。
もう大丈夫そうだ。
昨日もおなかいっぱいになったら回復した。どうやら、魔法を使って動けなくなったら、食事すればいいみたいだ。
「それじゃあ……どうする? もう行く? サンドウィッチ、まだあるけど」
そうシエルちゃんが聞いてきた。
いざという時のために、取っておくことも考えたけど。
「せっかくなので、全ていただいちゃいましょう」
もう少しこの時間を楽しめるなら、ここで食べ切ってしまってもいいかと思った。
「ん」
シエルちゃんが袋に入っていた残り二切れのサンドウィッチを両方渡してきた。
「ほら、全部あげる」
やや驚きつつ、わたしはそれをもらう。
「いいんですか? シエルちゃんの分は?」
「もうおなかいっぱい。私、そんなにたくさんいらないタイプだし、それに……」
言いかけて、シエルちゃんは口を閉ざした。
「何ですか?気になるんですけど」
「別に何でもなかった」
「絶対うそじゃないですか」
わたしは両手に持ったサンドウィッチを片方ずつモチャモチャと味わう。
「こうしていると、まるでピクニックですね」
一個めのサンドウィッチを食べ終えてから、わたしはふとそんな呟きをこぼした。
「こんな風にご飯が食べられるようになるなんて、考えたこともなかったです」
今までは食事はずっと病院のベッドの上。
こうやって地べたに座ってサンドウィッチを頬張れる日が来るなんて想像したこともなかった。
ついぼんやりしてしまう。
「外で食事するのって、気持ちがいいんですね」
「……気に入ったなら、これからずっとそうすればいいんじゃない? ひかりはもうそれが出来る体になったんだし」
「そうですね。でも、この心地よさはただ外で食事しているからって訳じゃないと思うんですよ」
二個目のサンドウィッチを一口齧って、わたしはシエルちゃんを見つめた。
「シエルちゃんと一緒だからっていうのもあるんです。やっぱり、わたし、シエルちゃんと友達に」
「……やめて」
シエルちゃんがつらそうな顔で、わたしの言葉を遮った。
「それ以上言われたら、私は……。私は誰とも友達になりたくない。だから、ひかりとの関係は、この依頼が終わるまでにしたいんだ。ごめん」
一瞬、時間が止まったようだった。風に揺らされた草が擦れる音でわれに返る。
「……どうしてですか?」
「何が?」
「どうしてそんなにも友達を作りたくないんですか?」
シエルちゃんが目を伏せた。想像はしていたけれど、やはりあまり答えたくないことだったみたいだ。それでも、聞かずにはいられなかった。
少し間を置いてから、シエルちゃんは一言だけ口にした。
「まあ、いろいろあるんだよ」
「いろいろ、ですか……わかりました」
本当はその理由を詳しく知ってみたい。けれど、無理強いするべきではないことは、わたしだってわかっている。これ以上掘り下げようとすれば、シエルちゃんを傷つけてしまうだろう。
だから、わたしはこの話をここで終わりにした。
「……意外だ」
「何がですか?」
「もっと根掘り葉掘り質問してくるんじゃないかと身構えていたから」
シエルちゃんの言葉に首を小さく横に振ってから、わたしは溜息をはいた。
「さすがにそんなことしませんよ。わたしがそこまでデリカシーがないと思ってたんですか?」
「正直、ちょっと」
「そんなひどい」
へらっと、わたしは気を抜いたように頬を緩ませた。
それから、サンドウィッチを片手に持ったまま、膝を立てて、身を硬くするように足を抱く。
「まあ、誰だって言いたくないことの一つや二つありますから。それとも、実は聞いてほしかったりしますか? だったら、喜んで聞きますけど」
「いやいい。聞かないでくれる方がありがたいから……」
シエルちゃんはこの場の空気を切り替えるように、仮面をつけながら告げる。
「話は終わり。ほら、残っているサンドウィッチをさっさと食べちゃって。そろそろ行こう」
「……行くって?」
「はあ……何でここで食事することになったのか、思い出してみて」
シエルちゃんは、若干呆れながらわたしの手を引っ張り、立たせてくれた。
「えっと……わたし達、クエストの途中でしたね、そういえば」
口元のマスタードを拭ってから、「頑張りましょう」とわたしは拳を握った。
アクシデントがきっかけで起きた昼食時間だったけれど、わたしはこの時間を楽しんでいた。
シエルちゃんとこうしていると、胸の中がくすぐったくなる。
でも、このクエスト後、シエルちゃんとは別れることになっているのだ。
さっきの態度を見て、シエルちゃんはその約束を間違いなく果たそうとするだろうと確信した。そんなの、寂しすぎる。
それに誰とも友達になりたくないというシエルちゃんの表情はひどく苦しそうだった。あんな顔をされたら放っておけるわけがない。
わたしはシエルちゃんに、自分が出来る何かをしてあげたいと思った。
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