#16 ひかり part 2.1 ~vsゴブリン~
グズマさんの話を聞いた後、パン屋で昼食用のサンドウィッチを調達してわたし達はソムニアを出発した。
グズマさん曰く、目的の洞窟まではそれなりの距離があるそうだ。
怪鳥タクシーを使えばすぐに着くらしいのだけれど、お金もかかるし、何より酔うからと、シエルちゃんが嫌がったため、わたし達は歩いて向かうことにした。
ルミナス☆リリィへの変身端末の地図機能では、目的地までのルートや所要時間を調べることもできる。
それによると、今から徒歩の場合、順調にいって昼過ぎの到着になるみたいだ。
街から繰り出すなり、わたしは眼前いっぱい広がる草原に思わず目を細めた。
当然と言えば、当然だけれど、日本とは全く違うその光景にワクワクする。
つい立ち止まってしまった。前にいたシエルちゃんが振り返る。
「どうしたの? 何かあった?」
「いや、別に。すみません。すぐ行きます」
わたしは大きな息をひとつ吐いてから、シエルちゃんの元へと駆ける。
しばらく進むと、不意に一匹の人型の魔物と遭遇した。小学校低学年くらいのサイズで、肌はくすんだ緑色。灰色の髪の毛とひげを生やしていて、手には短剣を持っている。
魔物はこちらに気づくと、奇声を上げながら短剣を振り回し始めた。随分やる気のようだ。
「ゴブリンだ! 来るよ!」
「……昨日の蜘蛛と違って、人型だから戦うのは少し抵抗がありますね……」
「そんなことを言っていたら、この世界じゃやっていけないよ?」
及び腰になっているわたしを、シエルちゃんはそう鼓舞した。
たとえ人型だろうと、相手は魔物。魔物を前に戦う事を躊躇なんてしていたら、命がいくつあったって足りない。ここはそういう世界なのだろう。
「……わかりました。【トランスリリィ】!」
わたしはルミナス☆リリィの姿に変身し、杖を構えた。
ゴブリンから視線を外さないまま、シエルちゃんはわたしに指示を出す。
「いい? ひかりの魔法を使えばゴブリンなんて一発だろうけど、今はひかりの魔力量がどれくらいあるかわからない。だから、念の為、魔法は極力温存して……」
「あの……ごめんなさい。シエルちゃん」
「何が……って、んんっ⁉︎」
と、シエルちゃんが目を見開いた。
それもそうだろう。わたしの杖の先端に眩い光が収束しているのだから。わたしだって、どうしてこんなことになったのかわからない。
周辺の空気がビリビリと振動しだした。
「戦おうと思って、杖をゴブリンに向けたら、勝手に魔法が発動しちゃったみたいで……【ルミナスバスター】!」
戸惑い半分にわたしは呪文を唱えた。杖から閃光が放たれ、ゴブリンを貫く。
次の瞬間、轟音とともにゴブリンは跡形もなく消え、発生した衝撃で周囲の地面が裂けた。
「目がぁ……目がぁ……」
巻き起こった風圧で舞った土埃が、もろに目に入って来た。めちゃくちゃ痛い。
まぶたを擦って土を払い落としていると、シエルちゃんが詰め寄ってきた。
「魔法は温存しろって言っているそばから、何してるの?」
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんですけど、突然杖が光って……」
そこでわたしの腹の虫が大声で鳴いたかと思うと、リリィへの変身が解けてしまった。がくりとその場に膝をつく。
「……急におなかが空いて力が出なくなっちゃいました」
「は?」
……そういえば、わたし、昨日も魔法を使った後に、空腹で倒れちゃったんだっけ。今回も、正直一歩も動けない。
「もしかして……またなの?」
「はい……まったく歩けないので、ここでお昼ご飯にしませんか?」
「……そうしようか」
そんなわけで、わたし達は急遽昼食を取ることにした。
近くにちょうどいい大きさの石があったので、そこに腰掛ける。
目の前には気が遠くなる程の緑色に、一部わたしが作ってしまった茶色が混ざっている。
不意に吹いた心地のいい風がわたし達の顔を撫でた。
「ほら」
シエルちゃんがサンドウィッチを袋から取って、わたしに差し出してくれた。
わたしはそれを受け取ると、口の中に押し込む。
パンに塗られたバターの風味とマスタードの刺激、塩漬け肉のしょっぱさとシャキシャキとしたレタスの歯応え。それらで口内が満たされた。
「ほいひいれす」
「食べ終わってからしゃべりなよ……」
シエルちゃんも仮面の口の周りだけ取り外して、自分のサンドウィッチを頬張る。
……その仮面、そういう仕様になっているんだ。
「うん。美味しい。私、毎日カレーばかりだからか、カレー以外の物がやたら美味しく感じるんだよね」
「それなら、カレー以外のお料理にも挑戦してみては?」
「そうなんだけど、うまくいったためしがないんだよ。いつのまにか、カレーを作っているの。だから、結局、カレー生活から抜け出せないままなんだよね」
「そんなことあります? それはもうカレーの精霊か何かにつかれているんじゃ……」
「そうかも。まあ、別にいいんだけどね。カレー、美味しいし」
そんな風にたわいもない会話をしながら、わたし達は昼食を楽しんだ。
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