第46話 人間には二種類のタイプが存在する、飯をオゴる側の人間とオゴられる側の人間である



 *5



 ……10分経過。


  ……20分経過。


   ……30分経過。



 「あのさぁ……マジで帰ってくんない? 頼むからさぁ……」



 この台詞はもう、数十回は心絵こころえに言ったが、無視され続けている……。


 最初に僕があれだけ強く、心絵に店から出て行けと言ったのに、全然動じず出て行かなかった。


 なのでこうして、懇願にも似た台詞で、心絵の心に訴えかけているが、無視され続けている……。



 やれやれ、心絵なのに心なんて微塵みじんも無い奴だ。


 澄まし顔で、僕の事などまるで眼中に無いような素振そぶりで、物思いにふけっている。



 何を考えているのかは、想像に難くない。


 また僕を小馬鹿にするネタでも考えているに違いない。


 そんな事は真っ平御免なので、僕は心絵に言い続ける。



 「心絵……マジで早く──」


 「そうだ。中華料理を食べに行きましょう」



 心絵がひらめいたような口調で言った。



 「いや、おかしいでしょ。何でこの流れで中華料理を食べに行く方向になってんだよ。しかも、そうだ京都行こう、みたいな感覚で言うなっての」


 「アナタは何を言っているのよ。ここから京都に行くとしたら、私がどんなに全力を出しても約30分ぐらいはかかるのよ。それに比べれば、中華料理を食べに行く方が近いじゃない」


 「だから……。僕が言ってるのは、そう言う意味じゃない」


 「じゃあ、どう言う意味よ?」


 「いや、だから──って、あれ? ちょっと待てよ。ここから京都まで約30分って、どう言う意味だ?」


 「言葉通りの意味よ。全力で走って約30分ぐらい」


 「え? ここから京都まで直線距離で300キロメートル以上は離れてるよな? それで30分って事は……えっと……」


 「時速約600キロメートルよ。ちなみに正確には、ここから京都までは、直線距離で約340キロメートルぐらい離れているわね」


 「時速約600キロメートルって──お前はリニアモーターカーなのか!?」


 「そんな事、どうでもいいのよ。早く中華料理を食べに行きましょう」


 「行きましょうって言われても……店番があるし」


 「こんな店に客なんて来ないわよ」



 身内が経営している店なのに、平気な顔して酷い事を言う奴だな……。



 「ほら、早く行くわよ。美味しい中華料理屋に連れて行ってあげるから」


 「いや……連れて行くって言われても──」



 ──なに?


 今こいつ、連れて行ってあげる。と、言ったよな?


 それはつまり……おごってくれるって事だよな?



 僕は心絵に、中華料理を奢ってくれるのかと、質問しようと思ったが、質問はしなかった。


 こいつの事だ、僕が急に目の色を変えて、それは奢りなのか? なんて訊いたら、心絵の気が変わってしまうかもしれない。


 つまり、奢ってくれないかもしれない。と言うことである。


 心絵の性格は、まだよく解らないが、会話などから察するに、かなりの気分屋だろう。


 しかも、山の天気よりも変わりやすいと思う。



 なのでここは、心絵の気分が変わらないうちに、それと無く賛同するのだ。



 「ま、まぁ。丁度今は昼飯時だし。心絵が美味しい中華料理屋に連れて行ってくれるなら、僕も一緒に行ってもいいぞ」


 「分かったわ、それじゃあ行きましょう」



 そう行って、意気揚々と臥龍がりょうの店から出て行く心絵。


 そして僕も早々に店に鍵を掛け、心絵の後を追う。



 しっかし、真夏に着物姿は目立つな。


 真っ昼間だから余計に目立つ。


 おまけに黙っていれば、凛々しく美麗な容貌ようぼうをした少女だから、着物もより着映えしている。


 はっきり言って華麗である。


 しかし、一旦でも口を開けば……大悪魔である。



 そんな大悪魔とも知らずに、道ですれ違う人々は、涼しげに歩く着物姿の心絵を見て、息を呑んでいる。


 異性だけでは無く、同性も。



 僕と心絵は、そんな人々の目線の中で、取り留めも無い会話をした。


 このまま黙って歩きながら、目的地である中華料理屋に行くのもひまだったからだ。



 「あのさぁ。なんで初対面の時に、臥龍の親戚だって言わなかったんだ?」


 「それがルールだからよ。依頼主の情報は口外しない決まりになっているの。それに依頼された仕事は、親戚であろうと他人であろうと、必ず完遂かんすいするわ」


 「何だかプロっぽい事を言ってるけど、それってつまり、依頼されたらどんな事でもやるのか?」


 「大抵の事はね。でも私にも決して曲げないポリシーがあるわ」


 「そのポリシーって、なんだよ?」


 「女と子供は絶対に殺さない」


 「涼しい顔して、平然と殺すとか危ない発言するな! つーか、お前はどこの牛乳が好きな殺し屋だ!」


 「ちなみに、依頼されたらアナタも殺すわ」


 「ふざけんな! 何で僕が殺されなくちゃいけないんだ! プロ意識が高過ぎるだろ! それに、僕は誰からも恨みを買うような生き方はしてないぞ!」


 「だってプロなのだから当たり前でしょ。それに、依頼されなくてもアナタを殺すわ」


 「その意識はおかしいだろ! プロとかもう関係ないじゃん!」


 「それじゃあ、私が自分に依頼してアナタを殺すわ」


 「いったいお前は僕にどんな恨みがあるんだ!?」



 むしろ恨みがあるのは僕の方だ。

 おもに、夏休みの計画を台無しにされた事や……チェリーの件である。



 「恨みなんて無いけれど、アナタを殺す事なんて、私にとっては昼下がりに、のんびりとコーヒーを飲む事と同じようなものなのよ」


 「どこの盗賊団のリーダーだお前は! それに僕の命をなんだと思ってるんだ!」


 「ゴミかしら。いや、違うわね。ゴミかしら」


 「それ訂正になって無いから! つーか僕の命、軽過ぎだろ!」


 「当たり前じゃない。アナタの命なんて道端みちばたに捨ててある、飴玉あめだまの包み紙よりも軽いのよ」


 「お前はいつからロシアン・マフィアの大幹部になったんだ!?」


 「ほら。アナタが大声を出している間に着いたわよ」


 「──ッ!」




 心絵が足を止め、指差す先の店を見て……僕は驚愕きょうがくのあまり絶句した。



 なぜなら、心絵が指を差した店は、街羽市まちばしの駅周辺にある、一等いっとう豪華な中華料理屋だったからだ。


 僕はこの中華料理屋を知っていたが、自分には一生えんがない店だと思っていた。



 その理由は、見た目の豪華さと値段が比例しているからに他ならない。


 つまり物凄く高級で値段が高い中華料理屋なのだ。


 てっきり僕は、個人経営の小さな中華料理屋を想像していたのだが……まさか心絵が、こんなに豪華な高級中華料理屋で昼飯を奢ってくれるなんて、夢にも思わなかったぞ。



 ていうか、お金は大丈夫なのだろうか?


 僕は少し心配になり心絵に訊いてみた。



 「……心絵さん? 本当に……この店に入るの? お金とか……大丈夫なのか?」


 「もちろん。心配しなくても大丈夫よ」



 言って、すたすたと先に店に入る心絵。



 うーむ……心絵の奢りとは言え、やはり気が引ける。


 できるだけ、安い料理を注文──いやいや、何を考えているのだ。


 ここは目一杯、高い料理を注文してやる!



 覚悟しろよ心絵。


 僕の夏休みを奪った分だけ、高級中華料理を食べてやる。


 消えた夏休みとチェリーの恨みを思い知れッ!

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