第45話 クリームソーダのチェリーを笑う奴はチェリーに泣く



 *4



 はぁ……マジかよ……。

 今頃は家電量販店でエアコンを選んでいる最中だったのに……なぜか今、僕は臥龍がりょうの店で店番をさせられている。


 しかも無給で。

 しかも夏休み中ずっと。


 こんなはずじゃ、無かったのに……。


 僕が溜め息をついていると、店の扉が開いた。

 こんな店でも客って来るんだな……。



 「いらっしゃ──」



 僕は途中で黙った。

 なぜなら、店に来たのは客では無く、心絵こころえだったからだ。



 「おい心絵。お前にめられて、とんでも無いことになったんだぞ。なにか言う事ぐらいあるだろ」


 「分かってるわよ。その事で戻って来たのだから」



 あれ?

 やけに物分かりがいいな。



 「はいこれ」



 心絵に小さなメモ用紙を手渡された。

 そのメモ用紙には『お願い事を一回だけ何でもしてあげる券』。と、書かれていた。



 「なんだよ? この紙は」


 「アナタそろそろ誕生日だそうじゃない。臥龍のおじ様から聞いたわよ。だから、『お願い事を一回だけ何でもしてあげる券』を、プレゼントしに戻ってきたの」



 あぁ、そうだった。

 もうすぐ僕の誕生日の八月八日だったんだ。


 と言うか、僕は臥龍に自分の誕生日を教えていないのに、あいつはどこまで、僕の事を調べているんだよ……。


 つーか、てっきり謝罪しに戻って来たのかと思ったら……変な紙を渡されただけだった。


 やっぱりこいつは、何も解ってない。


 それに今、何でもって言ったのか?

 確か、凄く昔に──似たような響きの言葉が流行ったような気がするが……。

 んまぁ、別にいっか。



 「い、いや悪いよ。気持ちだけで充分だから」



 僕は心絵から手渡されたメモ用紙を、心絵に返した。

 と言うか、嫌な予感しかしないかららない。



 「何を言ってるのよ。私は有言実行ゆうげんじっこうの女なのだから、受け取りなさい」


 「……まぁそこまで言うなら、受け取るよ」



 こんな券よりも、心絵が僕の代わりに夏休み中ずっと、店番をやるべきだろ。

 あのフルプレートアーマーを壊したのは、こいつなんだし。



 「あっそうそう。何でもって言っても、私にもできる事とできない事があるから。できる範囲はんいの事をまとめた、お願い事のメニュー表を書いてきたの。はいこれ」



 心絵からまた、メモ用紙を手渡された。

 メニュー表ねぇ……、一応目を通しておくか。


 僕は心絵から手渡されたメニュー表なるものを読んでみた。



 えっと、なになに──


 殺す。

 もしくは殺す。

 とりあえず殺す。

 やっぱり殺す。

 ぶっ殺す。

 ぶっ転がす。

 なんか殺すと転がすって似てるから殺す。

 転がしながら殺す。

 アナタを殺す略してアナコロ。

 逆に略してコロアナ。

 逆に逆に略してコロラド。

 もう略すの面倒だから黙って殺す。

 殺すって言葉がゲシュタルト崩壊してきたから殺す。


 殺す殺すころ──



 「っておい! 殺すって項目しかねえぞ! 何がお願い事のメニュー表だ! これただの脅迫状きょうはくじょうだろ! お前のできる事の範囲は殺す以外に無いのか!」


 「何を言っているのよ、ちゃんと見なさい。逆に逆に略してコロラドって書いてあるじゃない」


 「それもう逆になってないだろ! 表になってるだろ! しかも略してコロラドって略してないし!」


 「とにかくコロラドよ。全く、いちいち細かいんだから。それじゃあアナタはコロラドを選ぶって事でいいのね?」


 「いや、よくねえよ! 勝手に決めるな! ていうか、コロラドってただの地名じゃん。アメリカの州の名前じゃん。これ選んだら僕はどうなっちゃうんだよ! いったい何が始まっちゃうんだよ!」


 「五月蝿うるさいわね。私が適当に思いついて書いたメニュー表に、いちいちケチを付けないでくれるかしら」


 「適当って言っちゃったよ……。思いっきり面倒臭そうに、適当って言っちゃったよこいつ!」



 と言うか、僕の誕生日を祝う気がない……。

 むしろ僕の誕生日を呪う気しかない!



 「さぁ。しのごの言わずに、さっさと選びなさい。こっちだって忙しいのよ」


 「選べるかこんなもん!」



 つーか、僕が臥龍の店に来る前から、ずっとフルプレートアーマーの中に隠れていた奴が、忙しいとか言ってんじゃねえよ。


 めっちゃ暇人ひまじんじゃねえか!



 「なによ。せっかく私が忙しい時間を割いて割いて割きまくって、書いてあげたというのに」


 「お前はどんだけ多忙の身なんだよ……」


 「私のスケジュールは十数年後まで、あり一匹入る隙間も無いぐらい詰まっているのよ。もう、ぎゅうぎゅうなのよ。ちなみに私は七十二時間ぐらいなら仮眠無しで行動できるし、睡眠も三日に一回の五分程度しか取らないわ。そして一秒に一億円稼ぐことができるのよ」


 「お前はどこのスーパービジネスマンだ!」


 「マンでは無いわ。ウーマンよ。スーパービジネスウーマンよ。あっ、間違えたわ。ウーメンよ。スーパービジネスウーメンよ」


 「そこ訂正して言い直すぐらい重要な事なのか? 対して変わって無いだろ。ちょっと発音が変わっただけじゃん」


 「とても重要よ。ウーマンとウーメンじゃ物凄く違うわ。どれだけ重要かたとえるなら、クリームソーダを注文した時に、バニラアイスの上にチェリーが載っているか、載っていないかぐらい重要なのよ」


 「それ全然重要じゃねーだろ!」


 「ついでにアナタもチェリーだから」


 「はい? それは何のチェリーなんだ?」


 「誰からも食べてもらえない可哀想かわいそうなチェリー」


 「そっちのチェリーなのか!?」


 「しおれた可哀想なチェリー」


 「僕のチェリーを見たことあるのか!?」


 「萎れて腐ったチェリー」


 「いや腐ってはいないぞ!」


 「近寄らないで、私まで腐ってしまうわ」


 「僕を腐ったミカンみたいに言うな!」


 「ちなみにダークチェリーの方よ」


 「僕のはそんなに真っ黒じゃない!」


 「誰にも相手にされず、世の中を恨む闇って意味よ」


 「何だよその病んでる奴みたいな言い方は! 僕の闇は深く無いぞ!」



 ていうか、僕には闇なんて無い。

 まぁ、心絵の事は恨んでいるが。

 なぜなら、こいつの所為せいで、僕の夏休みの計画が台無しになったからだ。



 「さっきから何を言っているの? もしかして、嫌らしい事でも想像しているんじゃないでしょうね? あー汚らわしい」


 「話題を振ってきたのはお前だろ!」


 「五月蝿うるさいわね。闇がうつるわ」


 「うつるわけねえだろ!」


 「チェリーがうつるわ」


 「話し戻すんかい!」


 「それで?」


 「それでって、何が?」


 「アナタはチェリーなのかしら?」


 「お前に答える義務は無い」


 「あらそう、なら素人チェリーなの?」


 「チェリーに素人も玄人くろうともあるのか!?」


 「で、どっちなの?」



 僕の質問に対して、質問で返してきやがった。

 しかし、僕の返答は決まっている。


 心絵の質問に真面目に答える必要なんて無い、と言うことだ。



 「だから、答えたく無いし、答える義務も無いって言ってんの!」


 「アナタが片意地を張って、答え無いと言うなら、答えるまでアナタの事をこれからずっと、街中で大声を出して素人チェリーと呼び続けるから」


 「分かったよ! もう僕はチェリーでいいよ!」


 「ふうん。やっぱりアナタは童貞だったのね」


 「童貞って言うな!」


 「どうてい


 「分割して言うな! と言うか、その言葉を口にするな!」


 「まぁ、アナタが『思念気しねんき』を纏って『波動思念はどうしねん』を一時的にとは言え、使えたから知ってたけれどね。早い話しが【精神思念法せいしんしねんほう】は、非処女、非童貞には使えないのよ」


 「……え? なんだよそれ。つまり最初から知ってたのか?」


 「そう言うこと」



 こいつ……知ってるのに、僕をおちょくる為に、わざといてきやがったのか。


 悪魔以上に悪魔的な奴だ。


 しかしまぁ、まさか、こんな僕と同い年ぐらいの女子の口から、非処女や非童貞などと言う単語が軽く飛び出すとは。


 それも本人は、恥じることも無く至って自然な口調だったし。


 これが……陰陽師と言うものなのか。

 多分、違うと思うけど。


 ただ、少し気になっていることがある。


 それは、灰玄かいげんや心絵が言っている、しねんき、だとか──しょうかきこう、なる言葉だ。


 意味までは解らずとも、どんな漢字の単語なのかは気になっていた。



 なので、僕は心絵にその単語の漢字はどう書くのかと質問してみた。


 ついでに、灰玄が夜の六国山ろっこくやまで、勝手に教えてきた四大基本やら、じゅそしねんやら、はどうしねんやらの漢字も教えてくれと言った。

 



 すると、さきほど心絵に手渡された誕生日プレゼントのメモ用紙ならぬ脅迫状に、心絵が面倒臭そうに、スラスラと漢字で書いていく。




 そして、メモ用紙に書かれた漢字を見ると──『思念気』、『昇華気孔しょうかきこう』、【精神思念法】、『波動思念』、『呪詛思念じゅそしねん』、『波動壮丈はどうそうじょう』、『波動烈堅はどうれっけん』、『波動爪牙はどうそうが』、『波動脚煌はどうきゃっこう』、と書かれていた。




 ご丁寧なことに、心絵が僕に教えた『波動脚煌』まで書いてある。


 なるほど、漢字にして読むと、なんとなく意味が解るような気もしないでもないな。




 と言うか、心絵の奴が僕に誕生日プレゼントだと言って、手渡してきたメモ用紙に書くなんて……やっぱり僕の誕生日を祝う気なんて無かったんじゃねえか。



 本人も適当とか言ってたし、僕は心絵が書いたラクガキを渡されただけだったようだ。


 どこまでも人を馬鹿にしやがって……!


 まぁいい。

 ちょっと気になっていた陰陽師の専門用語も分かったし、残るは心絵に言うべき事が一つあるだけである。



 「心絵。今から大切な事を言うから、ちゃんと聞いてくれ」


 「どうしたのよ。急に改まって」



 僕は深呼吸をしてから、真顔で声を大にして言った。



 「お前はさっさと店から出て行けッ!!」

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