第44話 それでも僕はブッ壊してねーんだよッ!



 *3



 僕が慌てて店の外に出ると、なんとも間の悪いことに臥龍がりょう鉢合はちあわせてしまった。


 まるで僕が店から出て来るのを待っていたかのように……。

 しかも満面の笑みで──何か良い事でもあったのか?



 「おっ。九条くじょう君じゃないか。そんなに慌ててどうしたんだ? 店の開店時間は昼の十二時だから、まだ一時間も早いぞ」



 なるほど、臥龍の店の開店時間は昼の十二時だったのか──って、今はそんな情報なんて、どうだっていい!


 早くこの場から立ち去らねば。



 「い、いや〜。ちょっと、お腹の具合が悪くてトイレに……」


 「トイレなら店の中にもあるだろ。おっと。そんな事よりも、君に見せたい物があるんだ」


 「見せたい物? いや……いいですよ。今度見ます今度」


 「まぁ、そう言うなって。君も見たら驚くぞ。今日届いたばかりのフルプレートアーマーだ。ほら、早く店の中に入るんだ」



 今日届いたばかりの……フルプレートアーマーって、もしかして……。

 いや、考え過ぎるな。


 臥龍の店には、他にも西洋甲冑がある。

 つまり心絵こころえが壊したフルプレートアーマーが、今日届いたばかりの物だと決まった訳では無い。



 「九条君。そんな店の前で突っ立っていないで、早く来いって。君も、見たらきっと興奮するぞ?」


 「だから……僕はその……体調が──」



 僕の話しも聞かず、臥龍は僕の手を取り、強引に店の中に戻された。



 「あれ? どこに飾っておいたか……。九条君、ちょっと待っててくれ」



 臥龍が店内で骨董品の山を掻き分けている。

 よし……今がチャンスだ。

 このすきに音を立てず、ゆっくり逃げ──



 「うおーう! うおーう! なんだこれは!? 驚き桃の木缶コーヒー!」



 臥龍の叫び声だった。

 ていうか、このタイミングで叫ぶって事は、もしかして──



 「九条君……! いったい……なんだこれは……?」



 ──予感的中。

 臥龍は、屑鉄になったフルプレートアーマーの残骸を指差して、剣呑けんのんな目つきで僕にいてきた。


 表情は言わずもがな、相当怒っている。

 さっき、『見たらきっと興奮するぞ』と、言っていたが。

 違う意味で臥龍は興奮している……。



 「……え? なんのことです? 僕には分らないな〜」



 この場は、素っとぼけて、やり過ごそうとしたのだが──



 「君が慌てて店から出てきた理由が解ったぞ。ここに飾っておいた、フルプレートアーマーを壊したのは九条君だな……!」



 え、ええええ!?


 何でそうなるの?

 違うんだ臥龍よ。これは心絵がやったのだ。


 仕方ない。

 ちゃんと臥龍に説明すれば、きっとこいつも分ってくれるだろう──多分。


 ていうか、【リザルト・キャンセラー】さん。

 どうかこの、フルプレートアーマーが壊れた結果を取り消して下さい……。



 「あのですね……。このフルプレートアーマーを壊したのは僕じゃ無く──」


 「いいや、君だ! 店から慌てて飛び出してきたのは、九条君しかいなかっただろ!」


 「いや……。それを壊したのは僕じゃ無くて──」


 「君しかいないだろ!」



 この野郎!

 最後まで僕の話しを聞け!



 「だから! 壊したのは僕じゃないって言ってんの!」


 「ほ〜う。では誰が壊したと言うんだ? それとも勝手に壊れたとでも言うつもりか?」


 「壊したのは僕じゃなくて──心絵って言う、お前の遠い親戚しんせきだと名乗る女の子だよ」


 「な、なに!? き、君は心絵君が壊したと言うのか?」


 「そうだけど」



 これは真実だ。

 嘘では無い。

 僕は完全に冤罪えんざいなのだ。


 そう、心絵に振り回されて、罪を着せられた被害者である。


 だが、臥龍は鼻を鳴らし、僕の言葉を否定した。



 「心絵君がそんなことをする訳無いだろ。他人に罪をなすりつけて、自分だけ逃げようなんて、恥ずかしくないのか?」


 「恥ずかしいも何も、本当の事なんだって! 信じてくれよ! それに他人に罪を擦りつけて無いから。擦られた側なんだよ僕は!」


 「何が擦られただ! 言葉はちゃんと使え! それに心絵君は九条君と違うんだぞ? まさに天と地、雲の上のような存在なんだ」



 はぁ……。

 そのまま、雲の上にずっといて、下界に降りて来ないでもらいたいよ……。



 「ていうかさぁ。西洋甲冑なら他にも店の中にあるんだから、一つぐらい無くてもいいじゃん。何でそこまで、あのフルプレートアーマーにこだわるんだよ」



 僕が言うと、またしても激怒する臥龍。

 何か言ってはいけない事でも、言ってしまったのか?



 「あれは、どこでも手に入るレプリカとは違うんだぞ! 十五世紀にミラノで制作された、上流階級の貴族だけが身につけていた五千万円もする、芸術作品なんだ!」


 「ご、五千万ッ!?」



 臥龍が激怒する理由が解った。


 今日届いたばかりの、五千万円もするフルプレートアーマーが、一瞬にして屑鉄になったら、誰だって怒るよな。



 「臥龍のおじ様。大きな声を出して、何かあったんですか?」



 しれっとした顔と声で、心絵が再び店に戻ってきた。



 「ん? あぁ、心絵君か。いや、ここに居る九条君が、今日届いたばかりのフルプレートアーマーを壊した犯人は、心絵君だと言い張るもんだから、つい声を荒げてしまったのだよ」


 「そうだったのですか。しかし臥龍のおじ様、間違えは誰にでもあるものです。私も頭を下げますから、どうか、お怒りを静めてください」


 「まぁ、心絵君がそこまで言うなら仕方ない。ここは怒りを収めて冷静になろう。それよりも九条君。こんなにも清廉潔白せいれんけっぱくな心絵君をつかまえて、犯人に仕立て上げようとするなんて、見損なったぞ」


 「いや、待ってくれ! 思いっきりそいつが犯人なんだけど!」


 「君って奴は……、まだ言うか……」



 駄目だこりゃ。


 完全に僕を信用していない。

 どうやら臥龍は、身内には甘いが他人には冷たい人間のようだ。


 と言うか、なにか今の会話で、引っかかる所があるんだよな。

 あいつは僕の事を、心絵に紹介もしないで、普通に僕を名前で呼んでいた。


 三人がこうして、面と向かって話すのは、今が始めてなのに。



 「はぁ……、とにかくだ。九条君が壊したフルプレートアーマーについては弁償させるとして。依頼の件は俺から妹のコチョウに伝えておくから。君も、その事で店に来たんだろ?」


 「ええ。そうですけど。目の前に臥龍のおじ様が依頼をなさった、守るようにと言った方が、いらっしゃるのですが……」


 「うおーう! 興奮し過ぎて、うっかりしていた!」



 依頼?

 始めて心絵に出会った時に、依頼がどうとか言ってたけれど──臥龍が心絵に依頼したのか。


 だからさっき、臥龍は心絵に僕を紹介しなかったんだな。

 あぁー、これですっきり────しねえよ!



 「おい臥龍! 弁償ってどういうことだ!? 僕は五千万なんて大金持って無いぞ!」


 「五千万!? 臥龍のおじ様。私からもお願いします。まだ青年の彼に、五千万なんて大金を払わせるのは、あまりにひどいと思います」



 酷いのはお前だお前!

 わざとらしく良い子ぶりやがって。


 壊したのは心絵じゃねえか!



 「うーん……、それも、そうか」



 臥龍は少し、うつむきながら、あごに手を当てて、何やら考え込んでいる。

 また、ろくでもない事を考えているに違いない。



 「じゃあ、こうしよう。特別に弁償は許す。その代わり、夏休み中ずっと、この店で働いてもらう。もちろん無給でだ。しかし、しょうが無いので、飯だけは食わせてやる。これは俺の恩情だ。有り難く思え」



 いやいやいや、全然思えねえよ!

 なーに言ってんの、このおっさん!

 僕はこの店のアルバイトを辞める事を伝える為に来たんだぞ!



 「流石です臥龍のおじ様。私もその考えに賛成です。なんてお優しい人なのかしら。まるで神様のようです」



 心絵は余計な口をはさむんじゃねえ!

 元はと言えば全部お前の所為せいだろ!

 僕が何も言って無いのに、勝手に臥龍の意見に便乗してんじゃねえよ!



 しかも神は神でも疫病神やくびょうがみだ。


 疫病神コンビだぞこいつらは!



 「決まりだな。それじゃあ俺は大学で講義があるから。ちゃんと午後の六時まで店番するんだぞ。いいな?」


 「はっ!? いや、なんも決まってねえよ! それに、よくもねえよ!」



 僕の言葉も聞かずに店を出る臥龍。


 臥龍が店から出るのを見届けると、そのあとを追うように店を出る心絵。


 心絵がいなくなり、一人だけ店の中に置き去りにされた九条鏡佑くじょうきょうすけこと僕。



 ────え?


 本当に僕、夏休み中ずっと……無給で働くのか?


 ていうか、これは絶対に──臥龍と心絵のわなめられたとしか思えない。


 なんでこうなるんだよ……。


 僕はただ、臥龍にアルバイトを辞めると一言だけ伝え、その足で家電量販店に行き、エアコンを買って、夏休み中ずっと家でダラけるつもりだったのに……。


 いったいどこから歯車が狂ったんだ?


 誰でもいいから……教えてくれ……。

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