第43話 フルプレートアーマーは男のロマン



 *2



 僕は風呂場から上がり、また着替え直して携帯電話で時間を確認した。

 ──九時五十分かぁ。


 まぁ少し早く家を出ても問題無いだろ。

 さてと、そんじゃあ臥龍がりょうの店に行くとするか。


 僕は昨夜、灰玄かいげんから貰った謝礼の十万円が入ったしわだらけの、グチャグチャになった白い封筒を、ジーパンのポケットに仕舞い、家を出る準備をする。


 そして家を出ると、真夏の強烈な日差しを浴び目をすがめた。


 脚は数時間ずっとシャワーで水を当てていたので、かなり楽になってはいるが、この猛暑だけは如何いかんともしがたい。


 うぅ……、自分の家から臥龍の店までの距離は、かなり遅く歩いても十五分程度で着くのに……。


 この暑さと疲労で、倒れてしまいそうだぞ……。


 僕が老人のように猫背でふらふら歩いていると、道行く人々はもうマスクを着用していない。


 やれやれ、昨日の今日だというのに。

 テレビのニュースでは危険は無くなった、みたいな事を言っていたが、後一日ぐらいはマスクを着用してもいいだろうに。


 なんともまぁ、信じ込みやすいと言うか。

 愚直ぐちょくと言うべきか。

 日本人って、そういう所あるよなー。


 お国柄なのかもしれないが、愚直も度が過ぎれば、ただの愚か者である。


 そんな事を思いながら、臥龍の店の前まで着いた。


 もうTシャツは汗だくだ。

 頼むから開店していてくれ!


 そんな願いを込めて、臥龍の店のドアを開けると、普通にドアが開き中に入れた。

 と、同時にエアコンの冷房が僕を優しく包み込む。


 はぁ……生き返った。


 っと、そんな事よりもだ。

 僕がなぜ、家電量販店に行く前に臥龍の店に来たのかと言うと、アルバイトを辞めると伝える為である。


 アルバイトなので、辞表までは書いて来なかった。

 口頭こうとうで充分だと思ったからだ。


 別に謝礼の十万円を使い家電量販店でエアコンを買ってから、臥龍の店に行き、辞める事を伝えてもよかったのだが、僕の性格的に面倒な事は先に処理しておきたかったので、臥龍の店に先に来た訳である。


 それに、僕の家から家電量販店に向かう道筋に臥龍の店があるので、何度も往復する手間もはぶけるし。


 こんな猛暑の中を、行ったり来たりするのは御免だ。


 僕はこのゴミ屋敷のような、骨董品こっとうひんに囲まれた店内で臥龍を呼ぶ。



 「あのー。臥龍さん。どこに居るんですか?」



 僕は敬語も、ましてや臥龍の事を『さん』付けで呼びたくも無かったが、一応は辞める事を伝えに来たのだ。これが最低限のマナーだろう。


 それに、もう二度と臥龍に会うことも無いんだし、最後ぐらい歳上の臥龍に敬語を使ってやろうと言う、僕の優しさでもあった。


 ──だが、返事が無い。


 臥龍の奴、どこにいるんだ?


 ドアも開けっぱなしで、エアコンも付けっ放し──だとするなら、トイレか?


 僕は店内のトイレ前に立ち、臥龍を呼んでみた。

 が、やはり返事が無い。


 うーん……、もしかして、近くのコンビニで買い物でもしているのだろうか。


 だとするなら、鍵も掛けずに外出したことになる。


 やれやれ、不用心な奴だ。


 しかし、よくよく考えてみると、僕は臥龍から店の鍵を渡されていたのだった。

 つまり朝の十時になるまで待たなくても、僕は臥龍の店のドアを開けて、中で待つ事ができたのだ。


 まっ、でもそんな細かい事なんて、今はどうでもいっか。


 この冷房がガンガンに効いた店内で臥龍を待つとし──ッ?


 なんだ?

 僕の後ろで何か小さな物音がしたぞ。


 その物音がした方に、ゴミのように散乱した骨董品をき分けながら進み向かった。


 物音がした周辺を見たが、特に変わった様子も無い。

 きっと僕の勘違いだったのだろう。


 そう自分に言い聞かせようとした時、また音がした。


 金属がぶつかるような、小さな音。


 その音はまぎれも無く、僕の目の前にある高価そうなフルプレートアーマーの西洋甲冑せいようかっちゅうから聞こえた。


 そのフルプレートアーマーは珍しいことに、かぶとだけアーメットヘルムになっている。

 もしかして中に臥龍が入っているのではと言う、アホな想像をして、僕はゆっくりと、アーメットヘルムのバイザーを上げてみた。



 心絵こころえと目が合った。


 どうやら、フルプレートアーマーの中に入っていたのは、アホな臥龍では無く、アホな心絵だったようだ。


 なんだ中に入っていたのは心絵だったのか。

 そして、僕はゆっくりと、何事も無かったかのように、アーメットヘルムのバイザーを下ろした。


 ──って!

 なんでここに心絵が居るんだよ!


 しかもフルプレートアーマーの中に……。



 「ちょっと。なんでアナタが居るのよ」


 「そりゃこっちの台詞だ! なんでお前がここに居るんだよ! しかもフルプレートアーマーの中に!」


 「私は隠れん坊をしているのよ」


 「隠れん坊って……誰と?」


 「臥龍のおじ様よ」


 「お前臥龍の知り合いだったのか? ていうか、この店の鍵を開けたのはお前なの?」


 「そうだけど、なんでアナタが臥龍のおじ様の事を呼び捨てにしているのよ。ちゃんと臥龍様と言いなさい」


 「臥龍様って……」



 フルプレートアーマーの中で、隠れん坊をしている奴に上から目線で言われたく無い。



 「ていうか、心絵は何で臥龍の事を、おじ様って呼んでるんだ?」


 「まあ、遠い親戚しんせきみたいな人だから」



 みたいなって何だよ……。



 「それよりもアナタ。私をこの中から出しなさい」


 「え? 臥龍と隠れん坊してるんだろ?」


 「もうアナタに見つかったから隠れん坊は終了なのよ」


 「……ん? それって、お前が一方的に隠れん坊してただけで、臥龍は何も知らないって事か?」


 「そうよ」



 はぁ……アホだこいつ

 完全にアホの子だよ。



 「何してるのよ。早く出しなさい。入ったら出られ無くなってしまったのよ」


 「それじゃあ一生その中に入ってろ」



 全く、こいつは何を考えていやがるんだ。

 入ったら出られ無くなる事も判らないのか?



 「もういいわ。アナタには頼まないから」


 「はいはい。そうしてく──」


 「えい」



 僕の目の前で、心絵がフルプレートアーマーを壊した。

 床に落ちる金属音たち。

 瞬時にして、屑鉄くずてつと化したフルプレートアーマー。



 「お、おいいいいいい! な、な、何やってんだあああ!」


 「ふぅ。楽になった。西洋の甲冑って結構きついのね」



 うーん……、緊い理由は、甲冑では無く、心絵が着物姿のままで甲冑の中に入っていたからだろう。

 着ている着物は昨夜と同じ、桜色の着物である。

 しっかし、着物姿がよく似合うよな、心絵は。

 ──って、そんな事よりもだ!



 「楽になったじゃねえよ! どうすんだよこれ! もうただの屑鉄じゃねえか!」



 まずいぞ。

 こんなモノを臥龍が見たら、絶対に弁償しろと言ってくるに違いない。

 あんな高価そうなフルプレートアーマーを弁償するお金なんて無いぞ。


 いやいや、何で僕が慌てているのだ?

 そう、これは心絵がやった事だ。


 だから心絵が弁償するのだから、僕は慌てる必要なんて──



 「隠れん坊も終わったし、そろそろ私は帰るわね。それじゃあ」


 「はッ!? 帰るって、この屑鉄はどうするんだよ?」


 「そんなの知らないわよ。アナタがどうにかすれば?」



 言って、臥龍の店から出ようとする心絵。



 「ちょ、ちょっと待て! これじゃあ僕が壊したと臥龍に勘違いされるだろ! 戻ってこい! プリーーーズ! カムバーーーック! 心絵ええええええ!」



 僕の必死の呼び止めも聞かず、臥龍の店の扉を開けて帰る心絵。


 嘘だ……、嘘でしょおおおお!?

 おいおいおい、これマジでヤバいっての!


 でも壊したのは心絵だ。

 かと言って、僕がそれを臥龍に説明しても……、あいつは信じないだろうな。


 もうこうなったら、僕も一旦いったん、外に出よう。


 と言うか、何で僕が壊したんじゃ無いのに、壊した犯人みたいに慌てなくちゃならないんだよ。


 心絵アグニ……あいつは僕にわざわいをもたらす疫病神だッ!

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