ウェンリィ・アダマスーⅡ

 コールズ・マナにも、他の学校のように生徒委員会や風紀委員が存在する。

 ただし、普通の学校と違って風紀委員は多忙を極めている。


 決闘による体育館の使用申請。

 魔法の使用実験の許可。

 校内での喧嘩、抗争、身勝手な実験を制止するための武力行使等。校内の風紀を乱す生徒への制裁と粛清が、彼らの業務だ。


「おつかれぇ、今日は非番?」

「非番。もう今日はほとんど授業もないから、ゆっくり寝るわ」

「いいなぁ。私これから出動だよぉ」

「何、また?」

「そ、また。ウェンリィ・アダマス……あの人はもう、ずっと寝てて欲しい。いや、死んで欲しいって訳じゃないんだけど、ね……」


 覚醒。

 もう何度目になるかの、覚醒。


 何度見ても綺麗な天井。

 作られたばかりと言うのがよくわかる。

 何度も何度も打ち上げられて、何度も何度も打ち付けられたはずだが、天井には一切の汚れが無い。


 代わりに、床はところどころ血に塗れている。

 全部、自分の血だ。


 やられては回復されて、回復して貰った傍からやられての繰り返し。

 もう何度意識を途絶し、取り戻し、また途絶してを繰り返した結果、イルミナはその場で嘔吐した。


 自分の吐瀉物でまた床を汚して、コルトがうるさそうだと思って一瞥を配った先にいたコルトは、壁に備え付けられていた通話機を取っていた。

 壁に備え付けられているものの一度も役目を果たせていなかった通話機が、初めて自身の役目を全う出来た瞬間であった。


「ってかあいつ、電話取っても喋れなくない?」


 確かに、直接喋る事は出来ない。

 けれどコルトほどの魔法使いならば、相手の居場所が自分の魔力の届く範囲内であれば、居場所が分かればそこにテレパスを飛ばすだけでいい。

 だから電話では、相手の声を聞くだけだ。


『研究の成果は如何ですか?』

(なかなか難しいですね……今の今までイルミナさん相手に試していたのですが、どれもこれも実際の戦場で使えるような代物には仕上がらず……結果、彼女には辛い思いをさせてしまっています)

『どうぞ、お手柔らかにお願いしますね? それで、今回連絡した理由なのですが……ウェンリィ・アダマスという生徒をご存じですか?』

(申し訳ありません……お嬢様ならご存じかもしれませんが。最近ずっと工房に籠っていたもので。その方がどうかなさったのですか?)

『今年入った一年生なのですが、これがちょっとした問題児でして……喧嘩っ早いとか血の気が多いとかそう言うのではないのですが……』

(と、言いますと?)


 よろよろ、ふらふらとした千鳥足。

 しかし彼女は酔っていない。酒など一滴も飲んでいない。

 彼女に差し伸べられる手は一つも無く、皆が彼女から距離を離して通り過ぎていく。


 彼女に構ってくれたのは、彼女を捕縛するため駆け付けて来た風紀委員に加入している三人の先輩魔法使いらだった。


「よぉ。また派手にやってるみたいだなぁ、ウェンリィ・アダマス。今度こそお縄について貰うぜ」


 彼女からの返事は無い。

 ふらふらと揺れながら立ち尽くす彼女はずっと下を向いたまま、倒れそうで倒れない状態を維持していた。


 そんな彼女を前に、初めて彼女と対峙する生徒の一人が前に出る。


「何だ? まさか病気か? おいおいウイルス撒き散らしながら歩くんじゃあねぇよ。みんなにうつるじゃあねぇか」

「馬鹿、よせ!」

「あ?」


 次の瞬間、ウェンリィの姿が消える。

 一秒後、彼女を捕まえようとして前に出ていた先輩の背後に立っていて、彼女の手には今まで杖代わりに使っていた刀が抜かれた状態で握られていた。


「は?」


 両手の手首、両足の足首、そして首の五か所を斬られて血を噴き、卒倒。

 意識を閉ざした彼が軽率だったのは言うまでもないが、警戒していたなら躱せたかと問われても、無理だとしか返せない。


 未だふらふらと体を揺らし、よろめきながら歩き続ける彼女からようやく聞こえて来たのは、小さく開いた口から漏れ出た、だった。


「ほ、本当に寝てる……」

「だからって油断してるとあぁなる! とにかくガードを固めろ!」


「「『『我が命を守るは鋼鉄の檻。我が体を守るは金剛石の加護』』――“ダブル・プロテクション”!!!」」


 ふと、また視界からウェンリィが消える。

 彼女の姿を目で追おうとした風紀委員の一人の目の前に彼女が現れたかと思えば両膝を突いており、青年の体は二重の防壁ごと、真っ二つに切り裂かれていた。


 あっという間に二人がやられ、彼女と何度も対戦していた風紀委員の繰り出した火焔魔法が、彼女の影を包み込み、焼き焦がす。


「バケモンかよおまえ! 『塵は塵に、灰は灰に――』?!」


 炎が斬られる。

 同時に魔力を集中させるため持っていた杖が斬られ、後退を余儀なくされた彼はあっという間に壁際へと追い詰められた。


「クソっ……こんな、こんな魔法もまともに使えない奴に何で――?!」


 夢遊病。

 ウェンリィ・アダマスは夢遊病患者だった。

 ただ歩き回り、寝ながら徘徊するだけならまだマシだ。


 だが彼女の夢遊病それは、ただの徘徊ではない。

 彼女は東の大陸にある国の出身で、東洋剣術に秀でた家系の生まれだったが、彼女は幼少期から魔性の獣と呼ばれていた。


 眠りながら人を斬る魔性。

 他人ひとの敵意、殺意に反応し、大人も青ざめる達人技で斬り捨てる。

 彼女の実家には、彼女でさえ斬れない黒き金剛石の檻があったと言うが――


『彼女は学校ここに来てから、自分の危うさを知ってか知らずか、自分の剣術と相性のいい魔法を会得し、一年生ながら、学校にとって充分な脅威となっています。本来は学生のみで対処させるべきなのですが、さすがに……』

(僕に手を貸して欲しい、と。わかりました。では……)


 と、脳震盪を軽く十回は超えてしているせいで気持ち悪さが勝ち、未だ地上階に上がれずゲロゲロ吐いているイルミナに一瞥をやってから。


(丁度試してみたかった無詠唱魔法がありますし、イルミナ・ノイシュテッター嬢の事もあります。ここは一度、そのウェンリィ・アダマスという生徒の事を見てみましょう)

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