ウェンリィ・アダマス
ウェンリィ・アダマス
エティア姉妹がやって来てから一週間。
姉妹は学園の門を潜っていた。
「また来るわ、コルト。あのお嬢様、結構手が掛かりそうだけど、三年間頑張ってね」
「お手紙、書きます……返事、して下さいね」
(二人共、気を付けて。元気でね)
「「コルトもね」」
双子の口付けが両頬にされる。
二人の利き手を取ったコルトも口付けを返し、別れとした。
工房に戻って来るとイルミナ・ノイシュテッターが煙草を噴いており、最早見慣れた光景にコルトは突っ込みもしなかったが、珍しくイルミナの方から話し掛けて来た。
「あんた、あの二人と何か約束してるの? 何かあたしの卒業まで待つみたいな話してたけど」
(……魔王を倒して世界が安定したら、結婚しようと)
「どっちと?」
(その……二人共、と)
「重婚するつもり?」
(もちろん、一夫多妻制が認められている国に移住してから、になりますね)
「ふぅん……男ならやっぱり多くの女を侍らせたいものなのね。あんたも男なんだ」
(そういう言い方されると傷付きます……確かにハーレムを望まれる男性は少なからずいるかと思いますが、僕は二人だけですよ。まぁ、一夫多妻制に嫌悪感を抱かれる方もいるのは承知しているので、仕方ないとは思いますが……その言葉、二人には言わないで下さいね?)
「はいはい」
ノイシュテッター公爵曰く、令嬢は今まで三度の見合い話があったが、全て破談。
理由は、イルミナが相手に強さを求めて相手と組み手を行ない、相手を完膚なきまで叩きのめしてしまったからだそうだ。
男としてのプライドをズタズタにされた見合い相手は、三人共軍務とは関わらない職に就き、イルミナとはとにかく距離を置いたとか。
因みに当人に結婚願望はあるのか、と公爵が当人に問うたところ、自分に結婚させたいと思わせた男に付いて行く、だそうだ。
恋愛事は後回し。
とにかく強くなる事。強者の位置に君臨するのが、第一目標。
故に彼女が考える事はただ一つ。
どうやったら強くなれるか、だ。
「それで? あたしは次、どうすればいいと思う?」
(出来ればご自身で考えて頂きたいのですが……)
研究があるからと突き放せば、片っ端から上位のランカーに喧嘩を売るだろう。
困った令嬢だ。学園に来てからもう何度も思ったが、彼女、本当に貴族の令嬢か?
「どうすればいい? コルト・ノーワード。あと五分以内に何か提案してくれないと、そこら辺の生徒に片っ端から喧嘩を売りに行くぞ」
(そんな脅しがありますか……全く。ライム・ライク氏にまた狙われても、庇ってあげられませんよ? ただ学内序列外の生徒と戦っても、今のあなたの肥やしにはならないと思いますが)
「じゃあ、どうしろと?」
(……仕方ない。では、僕の試作魔法の実験台になってくれますか?)
「え――」
(おや。ノイシュテッター公爵家の御令嬢が、一度負かされた相手には臆しますか。お情けで世界二位になってる程度の魔法使いからのお誘いを断られると。そうですか、では――)
「べ、別にやらないとは言ってないでしょ?! やってやるわ!」
(では、地下に行きましょうか)
同時刻。
コールズ・マナ男子寮。
朝一番の授業に出るため、外出したライム・ライクだったが、その歩みはたった二歩で止められた。
目の前に立たれた訳でもなければ、呼び止められた訳でもない。
ただ男子寮を背にもたれかかる青年の溢れ出る気迫が、ライム・ライクを制止させるのに十分な力を持っていた。
「これはこれは……まぁた珍しい二人が組んでるじゃあないの。しかもグラドアに至っては、俺の事をいつも馬鹿にしてる癖に、どういう風の吹き回し?」
「別に? おまえへの見方が変わった訳じゃあねぇし、吹き回しも何もねぇよ。ただ、知ってるのがおまえだけだから聞きに来た。それだけの事だ」
学内序列四位。世界魔法使い序列三〇十一位。
グラドア・ドラグニューイ。
「あんたもかぁ、エンプティ。ってかまだ残暑もキツイ中、よくその格好で平気だな」
「『心頭滅却すれば火もまた涼し』」
学内序列七位。世界魔法使い序列七四六七位。
エンプティ。
共に十字天騎士の一角を担っている身だが、彼らが組んで動く事は滅多にない。
戦闘民族と呼ばれる龍の血を引く一族の末裔と、王宮魔法使いの家系に生まれた魔法使いのサラブレッド。
生まれからして、そもそもの相性が悪いからだ。
更に使う魔法と戦闘スタイルも対極にあるため、とことん相性が悪い。そんな二人が一緒にいる事に警戒しながら、ライムは明日が大雨になる事を確信した。
「それで? 何が聞きたい。ベアトリーチェ・エティアの化け物っぷりか? コルト・ノーワードの異常なまでの強さか? そんな事してると、他の生徒に出し抜かれるぜ? おまえらも知ってるだろ。イルミナ・ノイシュテッターだけじゃあねぇ。今年の一年坊は、良くも悪くも身の程知らずだってなぁ」
ベアトリーチェ・エティアは化け物だった。
コルト・ノーワードは化けの皮を被った怪物だった。
では、イルミナ・ノイシュテッターは?
ライム・ライクは考える。
身の程知らずは間違いない。命知らずなのも違いない。
しかし、あれは魔法に対して特別に興味を持っている訳ではない。他の生徒と違うのは、その一点にのみ限られる。
彼女にとって魔法は一つの戦闘手段であって、全てではない。
魔法使い学校の門を叩きながら、腰に差した剣と脚に隠し持っている拳銃が何よりの証。
肉体的に、精神的に、誰よりも強くなりたい。その一点にのみ限って、誰よりも貪欲な人なのだろうと言うのが、彼女と戦って以降、ライムが彼女を個人的に観察して得た結論だ。
どうしてそんなに知っているか?
誰よりも強くなりたいと願う彼女の成長は、いずれ自分に牙を剥くと覚悟したからだ。
ただしその牙は、イルミナ・ノイシュテッターに限られない。序列十位のライムの位置は、誰もが狙う位置だからだ。
だからイルミナ以外にも、自分を狙う相手は把握している。
彼らがどれだけの実力で、現状どれくらいの強さで、自分にいつ牙を剥いて来るかも何となく察せられている。
そんな彼だからこそ、断言出来る。
今年の一年生は、ヤバい。
まるで、世界そのものが戦争を始めようとしているかのような戦力の集中。
各国から集まった、今年十六歳になる若者達に対する才能の偏り。
コルトとイルミナを例外として考えても、今年の一年は豊作だ。
本当に、何か起きようとしているんじゃないか。
何が起きるのかは知らないし、ただの杞憂かもしれないが、嵐の前に静けさは無く、鬱陶しいばかりの喧騒という日々の中に溶け込んだ星からの警告は、昨今の心配性の学者達の心を搔き乱す。
そんな世間の心を搔き乱す要因となっている事など露知らず、ヤバいと称される世代の一人が今、本日の覚醒を遂げていた。
名を、ウェンリィ・アダマス。
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