ライム・ライクーⅦ
ライム・ライク、対、ベアトリーチェ・エティア。
対戦後、夜。コルト工房。
「参考になるか!」
イルミナがやって来て、机を叩く。
ライム・ライク攻略の参考にするために観に行ったのに、結果はベアトリーチェの圧倒的勝利。世界という大きな壁を感じただけだった。
が、そこにベアトリスがやって来て、イルミナの後頭部を平手打ちした。
「あんた馬鹿ぁ? リーチェはあんたのために戦ったんじゃないし、コルトもあんたのためだけにリーチェに頼んだ訳じゃないの。巡り巡ってあんたのためになるかもしれないけど、それは結果論。本当はあんたが、あんた自身の頭で考えて、対策するの。わ、かっ、た?」
完全論破されて黙らされる。
騒ぐ二人に対して、暴風に晒されて乱されてしまったベアトリーチェは、改めてコルトに髪を結び直して貰っていた。
とても一戦終えた後とは思えない日常風景に、イルミナは毒気を抜かれ、机に突っ伏す形で椅子に座る。
「見た事もない魔法だった……凄い威力だった……」
「でもあれ、魔王には全然通じなくて……」
「魔王と比べたら酷でしょ、リーチェ。そんな事言ったら、誰だって同じよ」
「まぁ、そうなんですけどね……」
(でもお陰で、新しい魔法のイメージが出来たよ。ありがとう、リーチェ)
「このくらい、お安い御用です。でも、報酬を頂けると言うのなら、その……」
言い淀む彼女の髪から手を離し、顎を持ち上げて背後から唇を食む。
望み通りの報酬を貰えたベアトリーチェは嬉しそうに微笑み、ベアトリスは恨めしそうにそっぽを向いた。
三人の中では当たり前の空間で一人置き去りを喰らうイルミナは、コルトが簡単にキスなんてするものだから、最初に抱いた時とはまた違う印象を受けて驚かされた。
今朝は必死になって自分の無実を証明していたのに、いざとなると意外と男らしい行動に出るものだと、感心させられる。
尤も、そう言った軽い対応をする男は嫌いなので、コルトがもしも自分にまで毒牙を向けて来た際は全力で抗戦する構えだが。
「夜分遅くに失礼しますぅ。コルト・ノーワード氏はまだいますでしょうかぁ」
ノックされたので扉を開けると、ライム・ライクが立っていた。
無理矢理に、力尽くでとはいえ、外された顎をまた嵌められたと言うのに、結構元気そうだ。
彼はコルトの姿を見ると、その場で両膝を突き、深々と頭を下げた。
「コルト・ノーワードさんに、お願いがあります。俺と、立ち合って下せぇ!」
土下座。
世界魔法使い序列第二位の魔法使いを相手にするには、あまりにも惨め。
だがこれが、本来の形だ。
世界と言う序列に名を刻む者同士。その底辺と頂点の図は、これが正しい。
上は見下ろし、下は見上げる。もしくは、見上げる事さえ諦める。
上は無慈悲に下を見下すも良し。こき使うも良し。下の要求を受け入れるも受け入れぬも自由。無理強いを強いる事とて自由。
理由さえ罷り通れば、殺す事さえも――
「どうか……」
(相手になりましょう。とはいえ、今から体育館の使用申請をしては間に合わない……ここで、よろしいですか?)
恥も外聞も捨てて得た、またとない機会。
だが結果など、やる前から見えている。
相手は世界で二番目に強いと認められた上、当時一五歳で魔王ゾディアクに留めを刺した男。勝てる訳がない。勝てる要素が無い。
使える魔法の数も、戦闘経験値も、単純な魔力量も、全て相手が格上。
詠唱魔法が使えない事など、ハンデにさえなりやしない。
だが、やりたいと思った。
戦いたいと思った。
シナモンティーを振舞ってくれた手で、どんな魔法を作り出すのか見てみたかった。
知りたかった。
故に挑む。魔法使いとして、更なる高みに至るために。
「銅貨を投げます。銅貨が落ちた瞬間が、試合開始の合図です。いいですか」
(もちろん)
銅貨が高々と弾かれる。
工房の窓越しに姉妹とイルミナが見守る中、宙に弧を描いて銅貨が落ちて、両者は同時に真っ向からぶつかりに行った。
「――?!」
接近戦に持ち込まれた事はまだ、想定の範囲内。
ライム含めた全員が驚いたのは、コルトの両腕と両足が漆黒の魔力に包まれて、先のベアトリーチェの魔法を模したような獄炎を纏っている事だった。
戦いが終わってまだ半日足らず。
ベアトリーチェもベアトリスもずっと一緒にいたが、コルトが魔法を開発している時間なんて全く――本当に全く無かった。
まさかまさかの、即席で作った簡易無詠唱魔法。
実験も試験も訓練も無しのぶっつけ本番での魔法の対策など、出来ているはずもない。
踵から噴出される炎で加速。
地面を滑る様に移動したコルトの肘から炎を噴出し、加速した拳で左頬を撃ち抜いた。コルトよりも大きく重い体が回転しながら、遠くへ吹き飛んで行く。
追い付いたコルトの蹴り上げで腹部を抉られたライムの体は高々と打ち上げられて、重力負荷に負けて落ちて来たライムの顔面を捕まえ、手の甲から噴出した炎で
手も足も出ず、高速詠唱さえもさせず、決着。
イルミナは文句さえ言えず、姉妹は改めてコルト・ノーワードという魔法使いの強さを確認した。
(手、腕の不可……軽微。肘、踵、炎噴出箇所……重度。魔力で覆った個所はともかくとして、他の部位に対する負荷が大きい。魔力で強化する部位と強化する強さを再調整して……)
戦いを終えたコルトの脳内は、グルグルと回転し続ける。
使用する魔力の量。使用箇所によって変わる魔力の差異。総合的に必要とされる最低限の魔力量。体に掛かる負荷の許容量。魔力を抜きにして、体が万全な状態で動かせる限界時間。炎の噴出以外の加速手段。
改めるべき事は多く、再度計算すべき式は途方もなく、無詠唱で魔法を発現するために構築した術式の再構築の箇所に際限はない。
用途と使用者によっては何処までも発展出来る魔法を、汎用性を重視して考慮し、ここまでと決めて作るための計算式を考え続けていたコルトの前で、意識を取り戻したライムは改めて、大木に叩き付けられた頭を、今度は自ら地面に叩き付けた。
「参りました……!」
(……確認、出来ましたか?)
「……知りたかった。ベアトリーチェ・エティアほどの魔法使いを差し向けたあなたが、どんな魔法を作るのか。今回の戦いでどんな魔法を作るヒントを得たのか。どんな発想を得たのか。戦いからまだ半日も経ってない。魔法が完成しているはずもない。のに、あなたは俺の要望に応えるかのように、今の魔法を使ってくれた……! これ以上は無い。これ以上なく、満足です」
(それはよかった)
「反応を見るに……その魔法はまだ完成とは呼べないのでしょう。そしておそらく、イルミナ・ノイシュテッターはその魔法を体得し、再び俺のところにやって来る。なら俺は、そうして強くなった彼女をも凌駕して、あなたに打ち勝つ! ……そう、決めました。今」
(そうですか。はい、楽しみにしています)
九九九八位の下剋上ならず。
しかして尚、約束された下剋上。
天才の作り出す新たな魔法が、序列圏外の魔法使いを押し上げるか。
序列の底とはいえ、世界で数えられるギリギリとはいえ、序列持ちの魔法使いが維持を見せるか。
約束の日は、いずれ必ずやって来る。
そう遠くない。本当にすぐに。
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