ライム・ライクーⅣ

 朝起きると、イルミナ・ノイシュテッターの不機嫌そうな、心底呆れたような目で見下ろして――見下していた。


 何でそんな目で見られているんだと思って体を起こそうとすると、両脇にベアトリーチェとベアトリスが寝ていて、自分の腕を抱き締めているのだから、イルミナが何か勘違いしている事を察したコルトは、何と言えば誤解が出来るのか必死に考えた。


「『英雄色を好む』って本当なんだ。いや別に、あたしはあんたの恋人でも何でもないし? 何も文句はないけど、こういうの部分を見せられると……」

(何もないです! 何もないんです! この方達は僕の知り合いで……顔、見た事ありませんか? 世界魔法使い序列六位の、エティア姉妹です! 昨晩、僕に会いに来て……)

「だから気にしてないって。寧ろそんな必死に言い訳されると、逆に疑うわ」

(す、すみません、取り乱しました……)


 起き上がろうとすると、いつの間にか起きていたエティア姉妹に両腕を抱き締められ、起きられない。見ると、双子は既に起きており、イルミナに対して敵意を孕んだ視線を向けていた。


「こいつ? コルトが面倒見てる子って」

「女の子……美人……」

(ふ、二人共!? 彼女とは全くそういう関係では……)


 二人はコルトより先に起き上がり、イルミナよりも高い目線から彼女を見下ろし。


「こんにちは。、ベアトリス・エティアよ」

「同じく……ベアトリーチェ・エティアです……」

「す、凄い圧ね……」


 あのイルミナが、視線だけで気圧される。

 コルトやイルミナと同じ歳とはいえ、さすが世界第六位の魔法使い。おまけにまだ現役と言うだけあって、踏み越えて来た場数の違いが気迫となって伝わって来たようだった。


「そんな威圧しないでも、あたしはその人の事をには見てませんので! 大丈夫ですから!」

「そう。ならいいわ」

「ただ……もしも、に見え始めたら、言って下さい、ね?」

「そう。正妻はリーチェ。第二の妻は私って決まってるから。それを脅かす様なら――」

「大丈夫だってば! あんたからも何か言ってよ!」


 君子危うきには近寄らず。

 優れた魔法使いほど、軽率な行動は慎むものだ。

 まぁ、二人が危害を加える事はもちろんないと信じているが、何となく、今の二人の前に割って入るのは憚られた。


 それだけ、エティア姉妹は強い。


「で、この子なのね? 私達との結婚を延期しなきゃいけない理由」

「相談、してくれればよかったのに……」

(依頼されたのは僕だし……二人にまで迷惑を掛けたくなかったから。でも、前以て教えておくべきだったよね。ごめん)

「……で? あんたは何で朝っぱらからコルトのところに? まさかいつもコルトに頼り切って――」

「朝起きたら、そいつの工房に大きな魔力を二つ感じたから、見に来ただけ。まさか、序列六位の魔法使いがいるだなんて、思わないじゃない」

(でも二人共、魔力の大半は抑えていたはずなのに、よく感知出来ましたね。お嬢様)

「いやいや。あれだけ厖大な魔力、気付かない方がおかしいでしょ」


 いや、それはない。

 姉妹の魔力制御は完璧だった。


 イルミナが感知した魔力は、二人が無意識下で垂れ流していた微々たる程度の魔力だったはず。

 とんでもない感知精度だ。これは軍人関係無く、イルミナという魔法使いの強みと言える。

 もしかすると彼女なら、魔法使い相手と限定はされるものの、“ライフル”で想定していた射撃可能距離より遠くから、標的を撃ち抜けるかもしれない。


 その才能を、何とか接近戦でも発揮出来ないものか。


「ノイシュテッター家の御令嬢ってさ、元軍人校生徒何でしょ? 何で近接戦やらせないの?」

(他の魔法使いと比べると、手数が少な過ぎて負けてしまうのです。幾ら体術が優れていても、先に距離を詰められなければ意味がない)

「けど、距離を詰めようと考えれば、せっかく開発した魔法が意味を成さない……なるほど」

「なるほどなるほど。それで手こずってる訳ね。確かに無詠唱で武器を展開出来たって、その後また詠唱が必要なんじゃ後手に回るわ。かといって体術で行こうとすると、強化してる間に先に相手の攻撃が来る。なら……“ライフル”は諦めましょ」

「リス、それは……」

「だって、しょうがないじゃない。“ライフル”はあくまで補助装置。それを振り回して戦う武器じゃないんだもの。だったら、他の手段を考えるしかないと思わない? ねぇコルト」

(うん……)


 ベアトリスの言う通り、正直それが手っ取り早い。


 別に“ライフル”に拘りはない。“ライフル”は別の時に使える一手として考え、また別の一手を考えようとしたが、どんな術式ならば、どんな魔法ならばイルミナでも扱えるのか。それが最大の難所だった。


 何せ今度は、補助装置ではいけない。

 補助では勝てない。それこそ魔法に変わる。されど魔法に匹敵するだけの武器になり得なければ、この問題の解答として成立しない。


 だが、どうすれば――


「コルト」


 ベアトリーチェが前に出る。

 そのまま昨晩の続きでもするのかと妹は身構えたが、彼女は頬を擦り付けるでも唇に吸い付くでもなく、コルトにただ近付いて、彼の目をジッと訴えるような視線で見つめただけだった。


「イルミナ様に今必要な魔法は、近接でも使える魔法、という認識でよろしいのでしょうか」

(うん。でも、明確なイメージが出来てなくて……)

「ならば、その……この学園の高速詠唱使いと、私が立ち合う、と言うのは如何でしょうか。コルトはそのデータから、新たな魔法を作って下さい」

「名案じゃない。コルトは元々接近戦タイプじゃないから、発想が乏しくなっちゃうのよ。でも、情報があれば発想も浮かぶってもんでしょ?」

(それはそう、だけど……)


 無論、それも考えた。

 だがイルミナのために誰かに実験台になってくれ、なんて言えなかった。

 イルミナ一人を贔屓するかのようで、彼女をまた孤立させてしまうのではと心配で、とても言えなかったし出来なかった。


 が、ベアトリーチェならば。

 汎用性特化の無詠唱魔法開発のためと理由を加えれば、協力して貰えるだろうか。


(手間をかけてごめんね、リーチェ)

「心配には、及びません。コルトのため、ですから……私は、あなたのためなら、躊躇いなく汚れる事が出来るのです」


 世界魔法使い序列、六位。ベアトリーチェ・エティアが、大鎌を担ぎ上げた。

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