ライム・ライクーⅢ

 イルミナとライムの決闘から、三日後の夜。

 コールズ・マナの扉を叩く人影が二つ。


「コルトの奴、私達に何の断りもなく出るだなんて、信じらんない!」


 二人揃って細い体躯。

 片方は身の丈に合わぬ大鎌を持ち、もう片方の両脚には太い銃身の拳銃が括られていた。

 大鎌を持つのも、両脚に銃を括るのも、鈍重過ぎると思われるが、双方に重いと感じている様子はない。


 そんな事よりも、銃を脚に括る方は立腹する気持ちを抑え切れず、ずっと怒っていた。

 つま先で叩かれ続ける大地は罅割れ、亀裂が徐々に深く入って行き、周囲の動物達はたちまち逃げていく。


 もう一人の大鎌を所有している方が扉をノックしようとすると、施錠されていた鉄扉が一度叩いただけで錠が壊れ、吹き飛びそうになりながら開いてしまった。


 慌てて警備兵が駆け付けるが、彼女達の姿を見て誰も立ち向かう事を諦め、呆然と立ち尽くす。


「コルト・ノーワードは何処?」


 同時刻、学内コルト・ノーワード工房。


 イルミナに与えた無詠唱魔法“ライフル”。

 高速詠唱と多重詠唱のコンボには弱いと思ってはいたが、まさかこれほどまでに一方的にやられるとは思っていなかった。

 イルミナが負けたその日から研鑽と研究を再開していたが、本来、無詠唱魔法が速度の領域で詠唱魔法に負ける事はあり得ない。


 幾ら高速詠唱とはいえ、詠唱している時間はある。

 ほんの数秒だろうとコンマ数秒だろうと、術師は詠唱している。

 その間にも無詠唱魔法は既に起動し、先手を取る事が出来る。詠唱魔法より効力の劣る無詠唱魔法が、唯一勝まさっている点は展開速度という一点に限られる。


 実際、ライムが高速詠唱している間にも、イルミナの“ライフル”は発現出来ていた。

 では、何故出遅れたのか――いや、答えは簡単だ。考えるまでも無い。


 “ライフル”は所詮、遠距離の標的相手にもわずかな誤差で魔法を当てるための補助。“ライフル”という魔法そのものに攻撃力は無い。

 今の“ライフル”が通用しているのは、イルミナの射撃技術があるからだ。


 更に言えば、“ライフル”は発動後に別の遠距離攻撃魔法を詠唱するのが大前提。

 幾ら“ライフル”を早く展開出来たとしても、その後の魔法の展開が遅れれば後手に回るのは当然の摂理。

 故に彼女の敗北に一切の矛盾なく、彼の勝利に一切の疑念も無い。

 無詠唱魔法“ライフル”が未だ未完成かつ不完全であるが故の敗走。つまりは、コルト・ノーワードという魔法開発者の敗北。


 ならばどうする。


 元々対人戦闘向きではない。

 真向から勝負するタイプの魔法ではないとはいえ、だ。

 他人ひとに使わせる以上、対人戦闘に入ったら負けです。相手の間合いに入っていけません。詠唱魔法には著しく後れを取ります。


 そんな仕上がりで完成などと、言えるものか。


 妥協など幾らでも出来るが。それは自分だけが使う場合だ。

 他人に使わせる以上、妥協は許されない。


 しかしイルミナクラスの魔法使いを基盤として考えた場合、彼女でも扱える最低限の魔法で、どうこの状況を打開するか。

 無理難題を押し付けてはいけない。彼女にも出来るレベルの事をさせつつ、状況を打開する。

 汎用性が高い。とはそう言った、弱者でも使えるくらい簡素。かつ最高威力が出せる点をこそ重視される。というか、そこだけを求められる。


 より簡単に出来て、よりよい結果を出す。

 それが誰にでも出来るように、だなんて無理難題を、どうやってクリアするか。

 かれこれ三日悩んでいるが、回答は出ていない。


「夜分遅くに、も、申し訳ございません……こちら、コルト・ノーワードさんの工房でしょう、か……」


 夜遅い事もあって、か細く、消え入るような小さな声。

 加減に加減を加えたノックで扉を叩かれて、コルトは息抜きも兼ねて出迎えた。


 すると扉を叩いていた人は持っていた大鎌を捨てて、出迎えたコルトに抱き着いた。


「コルト、コルト……やっと、やっと会えた……」


 頬に頬を擦り付け、胸を押し当て、強く抱き締める彼女の行為に、コルトは戸惑いながらも嬉しそうに応じる。

 彼女の頭を撫で、頬を差し出して彼女が頬に吸い付くのを受け入れた。


「リーチェ! 何抜け駆けしてるのよ! コルトに会いたかったのは、わ、私も一緒なんだからね?!」


 もう一人が反対側から抱き着き、同じく胸を押し当て、頬に吸い付く。

 両側から口付けされたコルトは二人共抱き返すが、それ以上の事が出来ないくらいに混乱し、今さっきまで高速回転していた脳の思考回路が著しく停滞した。


「リス……コルトが困ってる。退いて」

「リーチェばっかりズルい! あたしだって、コルトにずっと会いたかったんだから!」

(リーチェ、リス……久し振り……よく僕がここにいるって、わかったね)


 同じタイミングでコルトを解放した二人は、まだ足りないと寂し気な表情を見せる。

 が、コルトの困惑を察した手前、これ以上彼を困らせたくなくて、二人はグッと堪えて彼に手を出さなかった。


「リスと一緒に調べて、アンドロメダに聞いたら連れて行ったって聞いて……」


 ベアトリーチェ・エティア。世界魔法使い序列、第六位。


「リーチェと一緒に追い掛けて来たのよ。せっかく別荘に遊びに行ったのに、あんたいないんだもの」


 ベアトリス・エティア。世界魔法使い序列、第六位。


 生まれたその日から二人で一人。

 双子の魔法使い。

 二人で世界第六位の座を射止めた稀有な魔法使い。


 二人もまた、魔王討伐戦に参加し、コルトらと共に魔王と戦った。


 そして言うまでもない事だが、二人共同じ人に好意を抱き、伝える事を躊躇わない。

 隠すつもりも、さらさらない。

 だが、取り合ってもいない。


「それで、あの、コルト……」

「魔王戦での約束、憶えてるんでしょうね」

(う、うん……でも、まだ僕達には早いかなって……)

「私達……もう、二十歳、です」

「寧ろ遅いくらいよ。だから、ね? コルト……」


「「私達と、結婚しましょう?」」

(ちょっと、待って。あの、今は無理というか、何と言うか……その、事情がありまして……)


 学園に来てから今日まで。

 新魔法の開発と、イルミナ・ノイシュテッターの付き人になった事全て。

 コルトは、二人に打ち明けた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る