13.バカ

「――ねぇ、鶴」


 今書いている物語もラストスパート。

 夢中になって小説を書いていると、千恵ちゃんが背中にもたれかかってきた。


「凄く今更なんだけどさ、鶴はダークファンタジー以外は書かないの?」

「書かないというよりも書けないが正しいかも……」

「そうなの?」

「うん……。わたしね、今まで読んできた物がダークファンタジーばかりだったんだ。だから、それ以外は書くのが難しい……」


 小説を書きながら、覇気のない声で返答する。

 ラブコメとか一度書いてみたい。

 そんな気もちょっとだけするが、そもそもわたしは、千恵ちゃん以外の人を好きになったことがない。

 もし、ラブコメなんかを書こうものなら、絶対に途中で失敗する自信がある。


「――ふと思ったけど」


 〝あたしたちの日常を書けばいいんじゃない?〟


 わたしの背中にもたれかかりながら、千恵ちゃんは耳元で少し興奮気味にそれをささやく。

 しかし、わたしははっきりと、それは無理と言った。


「なんで?」

「……だって、恥ずかしいから」


 聞き取れなくていい。

 蚊の鳴くような弱々しい声でボソボソとそう言うと、千恵ちゃんはビックリしたような声を上げる。


「鶴の辞書に恥ずかしいなんて言葉があったんだ」


 わたしは小説を書くのを止めると、ノートパソコンをそっと閉じて、赤面している顔を手で見えなくした。


「――鶴。あたしなら〝いい〟からね」

「へ?」

「だから、〝いい〟って言ってるのっ!」

「何が言いたいのかまったく分からないよ……」

「もう! いつもは理解するのが早いくせに、肝心な時には鈍感って、完全に駄目なやつじゃん……」

「?」

「せっかく歳の差イチャイチャほんわか日常もの百合ラブコメディにしてあげようと思ったのに。バカっ!」


 わたしに悪態をつくと、千恵ちゃんは部屋から出て行ってしまった。

 部屋に一人取り残されたわたしは、その場で仰向けになりながら、天井に向けてボソリとこう言う。


 〝わたし、何か悪いことした?〟

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