第40話特訓

 御機嫌よう、か。なんだか御機嫌な様子なのはあちらなのだが。


 なんだか不気味なものを感じた小生の背中に「え、エステラさん……」というニーナの遠慮がちな声が聞こえて、小生は振り返った。




 エステラは――震えていた。


 ガタガタと、己の右腕を左で抱いて、俯いたまま蒼白になっている。


 それは単にナターシャの威圧に怯えただけではない。明らかに何かを思い出し、その記憶に怯えている者の表情だ。


 リューリカによる、カウナシアの侵略戦争――最後にナターシャが言った「既に見せてやった」とは、おそらくその時の事を言っていたのだろう。




「……大丈夫、大丈夫だから、ニーナ。ごめんクヨウ、見苦しいところ見せちゃって……」




 エステラが青い顔で言ったので、小生は少しだけ、彼女たちの境遇を気の毒に思った。


 義理の妹でありながら、ナターシャは支配者としてしかエステラに接することが出来ない。


 そして、己の魂を支配しようとしてくるその姉に、エステラは事あるごとに怯えている。


 こういうことは小生の国の大名や公家でもあることなのだろうが、それにしても欧州の場合、それが国家間の階級ヒエラルキーに直結している分厄介だ。




「あのナターシャが本気になったところ、今初めて見たわよ……クヨウ、ハッキリ言って、あの人はこの間あなたがぶっ飛ばしたイワンなんかとは比べ物にならないほどの実力者よ。いくらあなたでも……」

「ああ、わかっておる。彼女の立ち居振る舞いを見ればな」




 小生は顎を擦りながら答える。




「ふむ、【女帝エンプレス】自らご出馬の生徒会選か。ようやく、小生もまともに剣を振るえる機会が巡ってくるというわけだな」




 小生は我知らず刀の柄に手をかけた。

 

 小生が逸る気持ちを抑える時の癖なのである。




「だがこれではよくない。試験内容はまだはっきりとわかっておらぬが、味方を守りながら戦う程の余裕もなかろう。これは少々本気でやらねばならぬようだな。小生の力だけで何もかも解決したのでは何も変わらないか――」




 そう言って、小生はエステラとニーナを見つめた。




「エステラ、そしてニーナ殿、二人は午後四時以降の放課後は何をしておる人だ?」

「え、私? 私はお風呂入ったりお菓子食べたりしてるけど……」

「私は――読書ですかね……」

「そうか、よし。それでは三日後まで、その時間少し小生と特訓しよう」




 エステラとニーナの顔が、特にエステラの目が点になった。




「特訓――? 放課後に?」

「何を鳩が豆鉄砲食らったような顔をしておる。大八洲の兵士は常に月月火水木金金、休むための時間などない。ということで、今日からみっちりと特訓だ。これは立候補者として、そして将としての命令である」

「と、特訓って――!!」




 エステラが素っ頓狂な顔をして「滅相もない」と手を振った。




「あなた急になぁーにを言い出すのよ!? このプリチィな乙女に向かって汗だくになって特訓しろとか! 大体それだと放課後の意味がないじゃない! 休むための時間だから放課後って言うんでしょ!!」

「休んでもよいならば特訓していてもよいという事ではないか。あなたたちだって勝ちたいであろう? それに相手はあの【女帝】ではないか。生半可な事をしていたのでは負ける」

「だ、だからってそんな、たった一週間で何ができるって……!」

「私は……わかりました。クヨウ君、私を鍛えてくれるんですね?」




 ニーナのその声に、うげっ、とエステラが唸った。




「私、クヨウ君の特別親善試合を見ました。数倍も体格差のあるリューリカの生徒を圧倒して――私だって努力すればリューリカの生徒にだって負けない、そうですよね?」




 ニーナの決意の声に、小生は大きく頷いた。




「それにエステラ、あなたもだ」

「へ?」

「小生はここであの【女帝】と戦う。あなたはどうする? 一生、義理の姉である【女帝】の支配に怯えて生きていくつもりか?」




 小生の言葉に、エステラの顔が少しだけ真剣になった。




「義理の姉として、そして同窓の生徒として、いつかあの【女帝】と対等に会話してみたいとは思わぬか? ここであなたの実力を見せつければ、きっとあの人だってあなたを認める。自分は怯えるばかりの被支配者ではない、一度噛みつけば致命傷を与え得る猛獣なのだと示さねば――あなたの人生はきっと暗いものになるぞ」




 一瞬、エステラが少しだけ、何かを考える表情になった後――不承不承、という感じで頷いた。




「わ、わかったわよ……私だってナターシャにもう怯えたくはない。それに私だって一応カウナシアの独立っていう目標があるんだもの。あのナターシャが相手ならこっちだって意趣遺恨がある。本気で【抵抗】してやるわよ」

「よし、決まりだな」




 小生は大きく頷いた。




「だが安心せよ。小生は無駄な努力や精神論は嫌いな、至って開明的な男である。ただ小生は――そうだな、あなた方に少しだけ教えたいことがあるのだ」

「教えたいこと?」

「ああ、教えたいことだ。それさえ理解出来るならば、自ずとあなた方の剣の威、そして操る魔法も強くなる――」

 



 小生はとっておきの声で言った。




「小生があなた方に教える言葉は『剣禅一如けんぜんいちにょ』――あなた方西洋人には扱えない、小生の国独自の理論である」







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結済みラブコメです。


『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』

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