第39話前哨戦

 まだ何か議論する話題があるらしいミカエルを同盟に残し、小生たちは寮への道を、小生、エステラ、ニーナ、三人で歩いていた。




「いや、それにしてもありがとうございます、クヨウ君。あなたが同盟に加わってくれたのは非常に心強い。会長に代わってお礼を言わせてください」

「何を申す、ニーナ殿。小生はあくまで自発的に決断したのだ。礼を言われる覚えはござらん」

「それにしたって大きな決断でしょ。魔剣士学園の生徒会と言えば世界的な有望株、つまり士官候補生みたいなもんだからね。そこに東洋からの生徒が選ばれれば、世界的なニュースになるわよ」

「それはいい、祖国に小生の動向が伝わればいいのだがな。そうすれば大八洲のみんなも喜ぼう」




 小生が頷きながら言うと、そう言えば、とエステラが口を開いた。




「そう言えば、ニーナと、えーっと、ミカエル先輩って、何だか仲がいいわよね。顔見知りなの?」




 エステラの言葉に、はい、とニーナが頷いた。




「お互い、サーミア王国の小さな貴族の家柄なんです。昔からお互いに顔見知りで――幼馴染、って言ったらいいんですかね」




 幼馴染、か。道理で仲がいいわけだ。


 今更ながら、小生はこの学園にたった一人で入学せざるを得なかった我が身を寂しく思った。




「魔剣士学園に来たのも、ミカエルがいたからです。私の国、サーミアはまだ魔剣士自体が少ないから……。でも、ミカエルはいつ周辺諸国と戦争になってもおかしくない、いざとなったら僕が祖国を救うんだ、って、かなり無理をしてこの学園に来て……」




 ふふふ、とニーナが可愛らしく笑った。




「あの時のミカエルは痩せ我慢の塊でしたけど、カッコよかったんですよ。昔はかなりの泣き虫だったのに。魔剣士になりたいんだなんて言い出したときは冗談だと思ってましたけど、寝る間も惜しんで勉強して、ボロボロになりながら剣の修業に励んで……」




 はぁ、と、ニーナはため息を吐いて、虚空を見上げた。


 この表情、そして今の言葉。


 どうも――このニーナという小柄な少女は、あのミカエルという温厚な青年に対して、幼馴染以上の感情を持っているらしい。




「そんなミカエルを見ていて、私も頑張ってみようかな、って。戦争なんか本当は戦いたくないですけれど、私たちの祖国ですもんね。やっぱり思い出の詰まった国にはなくなってほしくはない。だから私も……」




 そこまで言いかけて、ニーナがしまったというように口を閉じた。


 ニーナの今の言葉を聞いていたエステラは――何だか寂しそうな表情で頷いた。




「あ、ご、ごめんなさい、エステラさんの前で……」

「いいわ、気にしてない。それにクヨウが教えてくれたの。カウナシアはまだ滅んではいないって。私がカウナシアそのものなんだ、って」

「え?」

「カウナシアをこの地上から亡くしたくない、滅んだことにしたくないと願う私が生き続けてる限り、私の中に祖国はあるの。地図上からは亡くなってしまったけれど、私の中にちゃんと祖国はあるんだ、って……」




 そうよね? という感じで微笑まれて、うむ、と小生は頷いた。


 あると思えばある、ないと思えばない、それは森羅万象全てを貫く法そのものだ。


 小生とエステラが笑い合ってしまうと、でも、とエステラが済ました顔になった。




「でもクヨウ、治癒の魔法が使えるニーナが仲間になったからって、安易にお腹斬ろうとするのはやめてね? いくらニーナでもそんなことされたら治しきれないかもよ?」

「なッ――!? そ、そんなことは流石にせん! アレは本当に生きるのが嫌になったときにやる行為であってな……!」

「えっ!? く、クヨウ君、自殺未遂なんてしたことあるんですか!? なんで!?」

「え、聞きたい? そもそも私がクヨウと出会った時にね……」

「え、エステラも勘弁してくれ……!」




 小生が顔を赤くした、そのときだった。




 廊下の奥に気配を感じた小生は、はっとそちらの方を見た。

 

 同時に、ただならぬ様子の小生を見て、小生以外の人間も廊下の奥を見た。




 闇の奥から――ぞろぞろと、人相の悪い生徒たちがこちらを睨み据えながら歩いてくる。


 その肩についた、出身国を示す国旗は――リューリカのもの。


 それに気がついた小生以外の全員が、そのことに気がついて顔を引き攣らせた。




 居並んだリューリカの生徒たちの数は、十人ほどもいただろうか。


 あっという間に小生たちを取り囲み、人殺しのような殺気が籠もった目線でこちらを睨む生徒たちに、流石の小生も刀の柄に手をかけざるを得なかった。




「なんだか、君の周りには常に賑やかな声が絶えないな、ハチースカ」




 と――そのとき。案の定というかなんというか、カツカツという軍靴の音とともに、女の声が聞こえた。




 なんだか、毎日聞いているような気がする、この冷え冷えとした声。


 豪奢な黒髪の乙女――ナターシャ・クルニコワが、凍りついたままの小生たちを見つめて微笑んでいた。




「学生生活は順調なようだな、ハチースカ」

「それはそちらも一緒ではないか、ナターシャ。随分強面ばかり集めたな」

「ほう、この状況下でなかなかな皮肉を言ってくれるな。――安心してくれ、こちらに交戦の意志はない。今はね」




 ナターシャはそこで妖しく笑った。




「どうにも、近頃楽しい噂を聞いてな。この学園の一部の生徒が結託し、非列強国の生徒を生徒会に送り込もうとしている、とかなんとか……」




 小生が顔色を変えないまま聞いていると、ナターシャが笑みを深くした。




「これは独り言だが……当然、私は今年度のリューリカからの新入生の支配者として、生徒会選に立候補するつもりなんだ」

「ほう、それは結構なこと。あなたほどの人がゆくゆくは生徒会で出世すればリューリカからの生徒は誇らしいであろうな」

「だが残念なことに、リューリカからの生徒の中には君ほど強い男が見つからなくてね。なにせ昼間は鋼鉄さえぶった斬った君だ。アレほどの使い手は我が国にもそう多くはない――」




 本題だ、というように、ナターシャは改まったような声を出した。





「そこでどうだ、ハチースカ。君が私の推薦人になってくれないかな?」



 その一言に、エステラやニーナの表情が強張った。




「君のような男が野戦演習で私をサポートしてくれるなら有り難い……これでも私は君のことをかなり買っているんだよ、ハチースカ。流血の上で支配するのもなかなかオツなものだが……無用な争いを避けられるならそれに越したことはないからな」




 今のうちに降伏しろ――要するに、ナターシャはそう言いに来たようだ。


 確かに、ナターシャはあのイワンとかいう巨漢を退学に追い込んだ際、小生に隠さず敵意を向けていた。


 だが、本人の中ではそれが逆に興味に変化し、小生を引き込もうということか。

 

 流石にそれは、という感じでエステラが前に出た。




「な、ナターシャ! 急に何を言い出すの! いくらあたなであっても、クヨウは私たちの……!」




 瞬間、ギリッ、と音がしそうな程鋭くなったナターシャの眼がエステラを睨んだ。


 途端に、エステラがいっぺんに顔色を失い、ヘビに睨まれたカエルそのものの表情で口を閉じた。




「エステラ、確かにあなたは私の義理の妹だ。だが私に対して口を開く際には注意しろ。あなたと私は決して対等でも、平等でもないんだからな」




 今の視線と声は本気だな、と小生が思う間に、ナターシャが更に言った。




「バザロフを退学に追い込んだぐらいで私たちから自由になったつもりか? 忘れるな、あなたは我が帝国インピェーリャから逃げられはしない。既にあなたはリューリカ人であり、この学園においてはその支配者である私に味方する義務を負っている……そうする意志のないものがどうなったか、数年前に見せてやっただろう? 嫌というほどな」




 カタカタ……と小さく震えるエステラが、悔しそうに唇を噛んで俯いた。


 ふう、と小生は鼻から嘆息し、ナターシャを正面から見た。 




「生憎だが、小生にはまだ、そちらに支配される気はない。この二人も同様だ」

「そうか、それは残念だな」




 本当に残念そうな顔でナターシャは落胆してみせる。




「まぁいい。その選択が吉と出るか凶と出るかは明白だ。敵であるなら正々堂々と支配も出来る。むしろ願ったり叶ったりだ」




 ニヤ、とナターシャは不気味に微笑んだ。




「わかり合えないなら潰すまでだ。一週間後の生徒会選、それを私たちの雪辱戦としよう。何しろ、ここに居並ぶリューリカの生徒たちも君への復讐心に燃えているのでな」




 瞬間、ナターシャを中心にぞっとするほどの殺気が放たれ、エステラだけではなく、ニーナも激しく怯えた。




「相手がヘボだったとはいえ、列強国の我が国が極東の島国にあれだけ泥を塗られたんだ。流石にこのまま捨て置いたのでは本国の皇帝ツァーのヘソが曲がりかねん。一度真正面から叩き潰しておいた方が君の支配も容易い……いい事ずくめだな」

「おお、怖や怖や。異国の公爵令嬢は大八洲をも支配する気であるらしい。……言っておくが、サムライは支配されて生き延びるぐらいなら、腹を切って潔く果てることを選ぶものぞ」

「おお、そうだ、サムライ……本国に帰す前、とても面白い話をバザロフから聞いたな。なんでも、遥か極東の島国のサムライはエンガチョとかいう、とても面白い技を使うと。ほとんど歯がなくなって聞き取りづらかったがな」




 ニヤ、とナターシャが笑い、腰をかがめて小生の顔を覗き込んだ。

 

 元々、壮絶なまでに妖艶な女のそれである。それであるが、その粘ついた視線には、色気よりも奈落の底から立ち上ってくるような、なまぐさい殺気しか感じなかった。




「一度、正面から見ておきたいものだな――」

「見たいというなら――見せるとも。一週間後にな」

「ふふ、そうか。楽しみに待っているぞ」




 言いたいことはそれだけだ、というようにナターシャが踵を返し、それに従ってリューリカからの生徒たちもぞろぞろと引き上げ始めた。


 ふう、と小生が安堵のため息を吐いた瞬間、ふと足を止めたナターシャが、ぽつりと言った。




「――やはり、君かも知れんな」

「ん? 何がだ?」

「いやいや、こちらの独り言だ。とにかく、私は君に期待している。呆気なく支配されて私を失望させることだけはしてくれるなよ。そうなったら私は本気で泣くかも知れないぞ」

「は、はぁ――?」

「それではハチースカ、御機嫌よう」



 すい、と、実に洒脱スマートな所作で右手を上げ、【女帝】は軍靴の踵を甲高く鳴らしながら去っていった。







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結済みラブコメです。


『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』

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