第38話兵站

 ヘイタン、ヘイタン……と小生が連呼すると、同盟の中の人物たちが虚空に視線を泳がせ始めた。


 そして、十秒ぐらいかけて、その視線がある人物の元になんとなく集中し始めた。




「ニーナか?」

「ニーナだな」

「ニーナなら適任だ」

「そうか、ニーナがいたな」

「ニーナ以外あるか?」

「えっ、えぇ……!? わ、私ですか……!?」




 おや、意外なことに、小生が昼間助けた、あの女子生徒殿の名前が挙がった。


 多くの生徒たちの視線を集め、ニーナは大いに慌てている。


 なるほど……小生も納得した。ニーナはエステラやマティルダと比べたら、一目して小柄だし、まさに「ヘイタン」である。




 小生が感心していると、発言したのはアルベルト会長だ。




「いや、冗談はともかくとして……」

「じ、冗談ってなんですか会長! どういう意味ですか!?」

「まぁまぁ、ニーナ君も落ち着いて。実際、君の祖国であるサーミアの【治癒】のエトノスは、今ハチースカが求めているものには違いない……そうだろう?」




 サーミア、【治癒】のエトノス。


 小生が目を丸くすると、エステラがニーナに向かって聞いた。




「ニーナ、あなた確か、サーミアからの生徒だって言ったわよね?」




 エステラの問いに、ニーナが小さく頷いた。

 

 小生は今度はエステラに訊ねた。




「エステラ、サーミアとはどのような国だ?」

「欧州の北にある国よ。私の祖国とは地理的に近くて、カウナシアのようにリューリカの強い影響化にある国なの。……ねぇニーナ、あなたにもしその気があるなら、クヨウに協力した方がいいわ」




 エステラが励ますように言った。




「数日前の特別親善試合、見たでしょう? このクヨウはリューリカの生徒を剣技で圧倒していた。あなたもリューリカからの生徒たちに威圧されてるなら、自分はクヨウに近い生徒だってことをアピールした方が、きっといい」

「そ、それはそうかもなんですけど、あの……」




 ニーナが萎んだ声と表情でぼそぼそと言い、俯いてしまう。


 アルベルト会長はニーナを見た。




「まぁ、なにはともあれ……ニーナ、君の【エトノス】を、ハチースカに見せてくれないか。……それとハチースカ、今どこか怪我しているとか、痛い部分はあるか?」

「おお、あります。小生は一昨日の無茶で掌を深く切りましたが――」

「その手、貸してください」




 小生がニーナに向かって右手を差し出すと、ニーナが小さな手で小生の手を包んだ。


 途端に、緑色の淡い光が小生の掌を包み込み、ほっ、と温かくなる。


 ニーナが手を離すと、小生の掌は傷跡も残らずに綺麗に治っていた。




「なんと! これはこれは……! 傷跡すらも残さぬのか!」

「ニーナ、サーミアのエトノスは攻撃のためのエトノスじゃないの? 治癒魔法のエトノスなんて……」

「はっ、はい。やっぱり珍しいですよね……」




 これだけのことが出来るというのに、ニーナはなぜだかちっとも誇らしげではなさそうだった。


 なんだか沈黙してしまったニーナの代わりに、さっき小生をここへ連れてきたミカエルという二回生が説明した。




「僕らの国、サーミア王国は、他国より平和な国なんだと思う。僕たちが民族的な自立心に目覚めたのも遅くて……それだから攻撃や征服のための魔法ではなく、僕たちの祖国のエトノスは民間療術的、素朴な治癒魔法や回復魔法が主なんだ」




 ハァ、とニーナはため息を吐いた。




「そのせいで国内にはまだ魔剣を上手く扱える人自体が少なくて……私のこのエトノスも、本当に祖国のために役に立つのか自信がないんです。やっぱりリューリカやアルビオンのような征服国家の【エトノス】を操る生徒なんかには敵わないんじゃないかと……」

「なぁにを申す! 治癒の【エトノス】とはなんと面白き概念であることか! このような魔術理論もあるとは小生、驚き桃の木山椒の木である! すごいではないか、ニーナ殿!」




 小生がバシバシと肩を叩くと、ニーナが少し驚いたような表情になった。




「いやはや小生、感激だ! 小生の国は元より傷を癒やすとか安全とか、そういうことをあまり考えぬ民族でな! むしろ戦場に出て進んで死んで来いという民族性なので、治癒魔法などとは見たことがない!」

「え、ええ――!? ど、どういうことですか!? やられたらやられっぱなしってことですか!?」

「その通り、今言ったままである! そうか、治癒とか治療、であるな! それは小生や小生の祖国も考えていかなければならぬもの……是非とも我が陣営に加わってくれ!」




 小生がそう言うと、えっ? とニーナが目を丸くした。




「え、えぇ……!? い、いいんですか!? 私、魔剣技とかあんまり使えないんですよ!?」

「いやいや、これだけの妙技を見せておいて何を言う! 小生も口を酸っぱくして教えられたものだ! 今後は戦闘理論だけではなく、将としてヘイタンの理屈も学べよと!」




 そう、ヘイタン。一言で言えば「戦において戦う以外のめんどくさいこと」を総称する言葉。


 つまりそれには兵糧の輸送や弾薬の補給だけでなく、手傷を負った負傷者の回収・回復も含まれている。


 ならば理屈は簡単。その場で怪我をした人間を回復させることができる兵士がいるなら、ヘイタンのことなど考えなくていい、ということになるのである。




「ならばニーナ殿が我が陣営でそのヘイタンを担ってくれれば有り難い! 小生は戦に集中し、ニーナ殿が怪我を治療し、エステラが後方で頑張れ頑張れと二人を応援する! うむ、たった三人で理想的な袋叩き体制が完成するではないか!」

「ちょ、なんで私は応援要員なのよ! これでもちゃんと戦えるわ! サラッと酷いこと言うな! っていうか袋叩きじゃなくてチームワークでしょ!」

「うむうむ、なるほど。これはよい出会いであるぞ。ということで、ニーナ殿、是非とも歓迎させてくれ。あなたが我が軍のヘイタン係だ!」




 小生が握手を求めて手を差し出すと、しばらく絶句していたニーナが、数秒かけてはにかんだ笑顔に変わった。




「えへ、えへへ……そんなに褒めてくれるなんて……。なんだかクヨウ君って変わってますね……」




 褒められ慣れていはいないらしいニーナはしばらく照れていたが、次に顔を上げたときには、何かを決意した表情になっていた。


 その表情を見て、側に立っていたミカエルが心配そうな表情になる。




「ニーナ、本当に大丈夫なのか? 生徒会選となると、おそらくリューリカの生徒たちも立候補してくるだろう。本当に君が……」

「大丈夫、大丈夫よ、ミカエル。それに私たちの祖国だって、小さいかもしれないけれど、紡いできた文化や歴史はリューリカにだって決して劣ってない。……クヨウ君が、そう言ってたし」




 うむ、と小生が頷くと、ニーナが決意の声を発した。




「私、クヨウ君の推薦人になります。そして必ず、必ず同盟のみんなを救う。会長、いいですよね?」

「ああ、ならばニーナ君に決まりだな」




 アルベルト会長は薄笑みを浮かべ、腰を浮かせて小生に握手を求めてきた。


 小生はしっかりと、その手を握り返した。




「頼んだぞ、ハチースカ。必ずや俺たちの、俺たちの希望の星となってくれ」




 もちろんだ、と、小生はその目に向かって頷いた。







ようやく異世界ファンタジーランキング入りました……。

今どきこのタイプの俺TUEEEなんて時代遅れかなと思ってましたが

想像以上に読まれていて嬉しいです。

しばらく続けますのでよろしくお願いいたします。



「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結済みラブコメです。


『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』

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