第37話生徒会長

「生徒会――?」




 小生が鸚鵡返しに尋ねると、うむ、とアルベルト会長が頷いた。




「生徒会、もっと言えば生徒自治会だな。建前上、この学園の生徒の自治を守るために選任される委員会――それが生徒会役員だ。君には我々の同盟代表として、そこに加わってほしいんだ」

「それは――少々困った話でありますな」




 小生は少し苦い表情を浮かべた。




「あまりけんもほろろに断りたくはないのですが――能弁なことが良いとされる西洋社会と違い、小生の国の武士はあまり多く口を開くことはよくないとされております。生徒会となると大勢の前で演説したりせねばならぬのでしょう? 小生はそういうことは――」

「いいや、そんなものは毛ほども必要ない」




 ニヤリ、と、アルベルト会長が凄みある感じで笑い、小生は口を閉じた。




「この学園で育成されるのは魔剣士だぞ? 何故能弁であるかどうかなど気にされると思う?」

「え――?」

「この学園の生徒会役員に求められるもの……それは単純に、強さなんだよ、ハチースカ」




 強さ。アルベルト会長の言葉に、小生は目を丸くした。




「思えば生徒会などというものはどこでも建前、自治組織など、所詮は教授陣の傀儡かいらいでしかない。では何故この学園にも生徒会というものがあるのか」

「それは何故――」

「この学園での『自治』とは、単純にならず者を腕力でぶちのめすことを指すからだ」




 これはまた、なんとも物々しいものよ……。


 小生が驚いていると、アルベルト会長が続けた。




「この学園には色々と血の気の多い奴も多いんだ。生徒の小競り合いが殺し合いに発展する前に、生徒会役員が駆けつけて理非を問いただし、説得に従わぬ場合はぶちのめしてでも黙らせる……それがこの学園でいうところの『自治』だ。つまり……」

「あぁ、成る程……そこに列強国の生徒がいない場合、あなたたち弱小国の生徒が一方的に悪者にされると」

「その通りだ」



 

 アルベルト会長は一転して苦い顔になった。




「この学園に入学する弱小国の生徒たち、彼らや俺たちにとって、生徒会に我ら側の人間を送り込むことは悲願だった。我々は様々な方面から俺たちの地位向上を目指していたが、どうしても叶わない願いが生徒会役員の選出だった。だが、君ならきっとそれが出来る――」




 アルベルト会長はそこで頭を下げた。




「君になら、君であるなら、きっと生徒会に入ることができると確信している。どうか俺たちの悲願を背負って、生徒会に立候補してくれないか」




 そこで居並んだ面子に一斉に頭を下げられて――小生は単純に、困ってしまった。


 生徒会という人々が一体いかなる人々なのかはわからないが、今今エステラに「悪目立ちするな」と改めて釘を刺されたばかりなのだ。


 生徒会となると、そりゃ程度はわからぬが、目立つのだろう。物凄く目立つのだろうし、しかもやることも増えるのだろう。どちらかといえば小生、面倒くさいことは嫌いな性分である。


 しかし、この人数で来られると申し訳がなさすぎる。だいたい、小生はこれでも、頼まれたらイヤといえない男なのだ。




 どうしようか……小生が腕組みして悩んでいると、エステラの声が聞こえた。




「クヨウ、多分この人たちの言うことを聞き入れた方がいいわ」




 ええっ? と、意外な言葉に小生は少し驚いた。


 エステラは真剣な目で小生を見た。




「というのも、今世界に七名現存してる【剣聖】は、全員がこの学園の生徒会の役員経験者だからね。この学園で生徒会に入ることができれば、あなたの目指す【剣聖】への道はぐっと近くなる……そうよね、アルベルト会長?」




 そうだ、とアルベルト会長は大きく頷いた。




「君にとっても利益がある、というのはそれも含めて、だ。君はゆくゆくは【剣聖】になりたいのだろう? この学園の学園長に就任したマティルダ・スチュアート学園長閣下も、この学園の生徒だったときには生徒会長を務めているし、現・会長であるアデル・ラングロワ会長は、ゆくゆくは【剣聖】になるとの呼び声高い男だ」




 アデル・ラングロワって――入学前に小生を「イエロー」とか「野蛮人」とか宣った男ではないか。しかもマティルダも生徒会長だった――?


 二重にあまり聞きたくはない真実であったが、【剣聖】の名前を出されると、これが弱い。小生が興味をそそられたのを察知したのか、アルベルト会長は更に言った。




「それに、この魔剣士学園の生徒会長といえば世界的な有名人になれる。ゆくゆくは【剣聖】になる可能性が高い人間だからな」




 なるほど、この学園の生徒会とはそういう人たちの集まりなのか。


 アルベルト会長は身を乗り出して小生の目を見つめた。




「列強国末席である大八洲帝国の出身である君が生徒会長まで登り詰める事ができれば、それはそれで大八洲の名前は世界に轟くことになるし、植民地を持たない弱小国出身者にとっても心強い。君は列強国の連中に冷や汗をかかせ、なおかつ列強国以外の人間たちの希望となれる――どうだ、夢があるだろう?」




 どうやらこのアルベルト会長、小生の想定以上にしたたかな男であるらしい。


 名声や権力に興味はないが、祖国である大八洲の名を高める。それはサムライとして、そして今生こんじょうではゆくゆくは軍人になる小生としても名誉なことだ。




 しかし――小生は黙考した。

 

 もちろん【剣聖】に近づけると言うなら、小生にとっても願ってもないことだと思う。


 だが小生のような国、今今列強の末席に座ろうとしている大八洲のような国の生徒ならば、どうか。


 おそらく周辺国の生徒をいたずらに刺激し、それが却って大八洲と諸外国との軋轢あつれきになったりはしないのか。


 滅多になく、小生は悩んでしまう。




「クヨウ、私からも――あなたが生徒会に入ってくれれば嬉しいのだけれど……」




 遠慮がちにエステラが言い、小生は目を開いた。




「クヨウが生徒会長に、そして【剣聖】になるということは、生きた抑止力として世界情勢に対して強い発言力を持つということ。非列強国から【剣聖】が輩出されれば、私の祖国、カウナシアで独立運動を続けている人々にもきっと影響するわ。だから……」




 エステラが遠慮がちにそう言うのを見て、小生もはらを決めた。


 ふむ、確かににそれはそうかも知れない。


 それに、小生にとってエステラは友だ。

 

 小生が【剣聖】になるかどうかは別にして――お互いに友ならば、友人にこんな表情をさせるものではない。




 しばらく頭の中でそろばんを弾き――小生はため息を吐いた。




「生徒会ということは、選挙があるのですか?」

「いいや、選挙はない。何度も言うが、この学園の生徒会役員に求められるのは、強さ、それのみだ。ということで選挙の代わり、選抜試験が設けられる」

「選抜試験……ですか?」

「そうだ。選抜試験は非列強国出身の生徒はただの一人も突破したことのない難関だがな」

「それは……当然、なにか臭いものがありますな?」

「その通りだ。おそらく我々が生徒会に入ることができないよう、何かが仕組まれていると思われる。その何かがわかればよいのだが……」




 一度視線を落としたアルベルト会長は、そこで小生を見上げた。




「立候補のために必要な人数は最低三人。一人の立候補者と、そして二人の推薦人兼・戦闘員だ。選抜試験は立候補者を主将とした野戦演習の形態を取る。成績上位者から生徒会入りが内定していくシステムだ」

「野戦演習……そうですか。それならば」




 小生はそこで背後を振り返り、エステラを見つめた。




「まずは一人、エステラ。あなたが頼まれてくれるか?」

「えっ――?」




 エステラが少し驚いたように目を丸くした。




「ちょ、ちょっとクヨウ! そんなアッサリ決めていいの!? 推薦人なら私なんかよりももっと適任が――!」

「小生は、あなたがよいのだ」




 小生が強く言うと、うえっ!? と息を呑んだエステラの顔が赤らんだ。




「適任、というなら、今の小生にはあなたしかいない。共に戦に臨むというならば、死なせたくない、死なせてなるものかと思える人でなければならぬ。だから小生はあなたがよい。あなたしかおらぬ。……ダメかな?」




 おや、なんだろうこの反応は。


 雪のように白かったエステラの肌が、一瞬で湯上がり色のように真っ赤っ赤だ。


 小生が少し呆気に取られていると、もじもじ、という感じでエステラが膝頭をこすり合わせて身を捩った。




「そ、そういうことなら、頼まれてあげる――友達、友達以上の関係のあなたになら断れないもんね?」

「んむ――友達以上? ま、まぁそうだな。それではよろしく頼む」




 アルベルト会長に向き直ったところで、あ、と小生はそこであることを思い出して腕を組んだ。




「そうであった、これが小生と相手の一対一となるならば何も考えずに済むが、ヘイタン……」

「ん? ヘイタン?」




 アルベルト会長が不思議そうに呟いた。




「そう、ヘイタンである。軍の講習で習ったな。目を開けたまま居眠りしていたのでよく覚えておりませんが……会長殿」

「な、なんだ?」

「確か近代的な戦には、ヘイタンとかいう概念があるのでありましたな?」

「え? 兵站へいたんのことか? ああ、あるぞ」




 アルベルト会長が何を言い出すのだというような表情で説明した。




「補給、輸送、管理……つまり人員や弾薬、食料、そして負傷兵の治療や回収などの総合的な軍事活動の概念だな。それがどうかしたか?」

「ははぁ、そういう意味であったか……つまり一言で言えば、ヘイタンとは戦をする上でやらなければならぬ、戦うこと以外の面倒くさいこと全般、という意味でありますよな?」

「そ、そうなる、のか……?」




 アルベルト会長が首を捻ったが、その通りではないか。


 小生の生まれ故郷では、戦なら敵軍に突っ込んで、しこたまぶった斬って、敵将の首を取ればそれでよい。


 メシなどというものはそこらの畑から芋でも掘り起こして勝手に食えばよろしい、負傷兵の治療などツバでもつけとけ、という感じなので、ヘイタンというものを頭から知らぬ。




 だが――軍で習った内容によると、それではいけないらしい。


 確かに、そこらへんのサムライ同士の小競り合いなら食料や弾丸は要らぬが、国家間の争いともなるとそうも行くまい。


 今回は食料や弾丸は要らぬとして――負傷兵は必ず出ることだろう。




「小生はよいとして、エステラが負傷した際に治療も出来ぬのでは甲斐性なしもいいところ。……そこで、アルベルト会長」

「なんだ?」




 小生は少し大きな声で問うた。




「この同盟の中に、衛生や治療に通じた、つまりのところのヘイタン、そのヘイタンをよく理解しておる――つまり物凄くヘイタンな生徒殿はこの同盟の中に居りますかな?」







ようやく異世界ファンタジーランキング入りました……。

今どきこのタイプの俺TUEEEなんて時代遅れかなと思ってましたが

想像以上に読まれていて嬉しいです。

しばらく続けますのでよろしくお願いいたします。



「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結済みラブコメです。


『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』

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