第34話カウガール

「ハァ、アレだけ目立つなって言ったのに、あなたは規格外すぎてそれも無理ね……」

「むぅ、す、すまぬエステラ。小生は別に普通でおるつもりなのだが……」

「別に私がどうこういうことないけれど……あなた、なんだかますます目立ってるわよ」




 初めての講義終了後、次の学科のために校庭に移動した後のこと。


 小生が少し驚いていると、ほら、とエステラが周囲を示した。


 みな一様に、小生と目が合うと、なんだか怪物を見るような目で小生を見た後、慌てたように逸してしまう。




「これは……どうしたことであろうか、エステラ。な、なんだか雰囲気が朝と違うぞ……」

「当たり前でしょ。怯えてんのよ、あなたに」




 エステラが言い聞かせるように言ってから、声を潜めて訊いてきた。




「イワンと戦った時見たわ。一応訊いとくけど……あなた、詠唱無しで魔法が使えるんでしょ?」




 ずいっ、と整った顔を近づけて尋ねられ、小生はほんの小さく頷いた。


 ハァ、とため息をつき、エステラは頭を抱えてしまった。




「そんなの滅茶苦茶よ……無詠唱で魔術が発動できるって、今すぐエリス教官に代わってあなたが講義できるじゃない。サムライってどういうレベルの戦闘民族なの?」

「そ、それは買いかぶりすぎだ、エステラ。小生は第一その誰でも知ってる【エトノス】とかいう理屈を知らぬレベルであって……」

「あなたには要らないじゃない、根本的に。魔剣技なしで列強国の生徒をいたぶる、魔法をぶった斬る、無詠唱で魔術が発動できる……これが知れたら今すぐ列強各国の将兵クラスがあなたを花束持って迎えに来るわよ」




 そうなのだろうか。いくら前世の記憶があるとはいえ、小生はただの十七歳でしかない。


 小生は化け物でも何でもなく、ただの人間であるつもりなのだが……。




「は、はい、なんか前の講義では少し取り乱しましたが、次は大丈夫です! 次はいよいよ実践訓練に移っていきますね!」




 そう言って、エリス教官は不格好な人形を示した。


 この異様に上半身が大きく、模造刀を持った機械人形――大八洲の軍でも何度か見たことがある代物である。




「皆さんにはお馴染みかもしれませんが、今からこの魔導機兵オートマタと皆さんに戦闘訓練をしてもらいます! この魔導機兵は訓練用にデチューンされているものですが、決して油断はしないように! そうでないと――」




 エリス教官は掌に魔力を集め、魔導機兵を起動させた。


 ブルン、とばかりにひと奮いして起動した魔導機兵は、実に滑らかな動作で剣を持ち上げると、目の前に振り下ろした。


 途端に、ボン! と音が発し、剣の鋒が地面にめり込んだ。




「この通り――痛い、では済みませんよ?」




 にこっ、と笑ったエリス教官に、周囲の生徒がドン引きするのがわかる。


 もちろん威力は抑える、ということなのだろうが、こう笑顔で脅迫されるとこれが怖い。


 青い顔をして顔を見合わせる小生たちを見て、エリス教官はおろおろとした。


 なんだかなぁ、この人はどういうわけか、力の入れ方というか、いろんな動作の用い方が下手なようだ。




「とっ、とにかく! 魔導機兵をナメてかかっちゃダメですよ! それでは訓練に入ってください! まずは出席番号順から……」




 名前を呼ばれた一人の男子生徒が前に進み出て、魔導機兵に向かって剣を構えた。


 プシュン、という音と共に剣を構えた魔導機兵に向かい、男子生徒は地面を蹴って斬りかかった。




 これでは入らない。


 小生が確信するのと同時に、文字通り機械的な動作で剣を跳ね上げた魔導機兵ががっしりと剣を受け止めた。

 

 受け止められただけならまだマシ――小生がそう思うのと同時に、魔導機兵の模造刀が剣ごと男子生徒を真上に跳ね飛ばした。




「うおおっ――!?」




 彼には悪いが、何が起きたのかわかる暇はなかっただろう。直後、湿った音とともに男子生徒は頭から墜落して目を回した。




「うーん、なかなかよい打ち込みでしたが、重心が上すぎましたね! 次回は頑張ろう! えーっとそれでは、次!」




 それから、生徒たちが次々と魔導機兵に斬りかかっては一刀のもとに弾き飛ばされる光景を、延々と見る羽目になった。


 どれもこれも、魔術にかまけて剣道を疎かにしているのが丸わかりの生徒ばかりで、少々退屈になってきた。


 ふわあ、と欠伸をすると、エステラがそれを咎めた。




「こらクヨウ、暇そうにするな。あれでもみんな必死よ?」

「うーむ、それはわかるのだがな。いずれにせよ気迫が足らぬ。どれも人を斬る剣ではないな」

「そりゃそうでしょうよ。今は訓練なんだし、そう本気出す人なんかいないでしょ」

「それではダメであろう? 我々はいずれ兵士になるのだ。剣を交えるならばあの魔導機兵をたたっ斬るつもりでなければとても敵わぬ」

「ま、まぁ、そうだけどさ……」

「次! テネシア合衆国出身、アシュリー・グレイスフィールドさん!」




 名前を呼ばれた女子生徒が一人進み出たのを見て、ほう、と小生は唸った。


 テネシア合衆国――五大列強国の中では最も歴史の浅い国で、まだ建国して百年も経っていない新進気鋭の大国だ。


 恵まれた国土面積と豊富な資源量、そして移民を積極的に受け入れる、なりふり構わぬ人口増加政策によって、たった数十年で列強国の仲間入りを果たした国。


 そして、その女子生徒は、踵が地面にべったりとついており、重心も低い。きちんと剣技を磨いている者の立ち居振る舞いであった。




 女子生徒は――これまた如何にもテネシア人、という出で立ちをしていた。


 アレは――昔、軍の教本で見かけたカウボーイとは、あんな出で立ちの人々ではなかったか。


 いや……あの人は女だから、カウガールになる、のか?




 これまた綺麗な褐色の肌。制服をかなり着崩しており、肌の露出面積が大きく、見た目はかなり際どい。


 頭のバカでかい鍔付きの帽子の下、勝ち気で快活な顔立ちは如何にも新興国家からの生徒という開放感に満ち溢れていて――と観察していたところで、クッチャクッチャとなにかを噛んでいる彼女の口から、ぷう、と白い玉が飛び出て、小生は仰天した。




「うわ――!?」




 思わず声を上げてしまうと、ん? と女子生徒が小生を振り返った。


 小生は震える指で女子生徒を指差した。




「た、魂が――!」

「え? なになに?」

「な、なんだ今のは!? 魂が口から抜けかけておる! およしなさい女子生徒殿! そんな状態ではとても試合など――!」

「え、魂が抜けかけてる? 何のこと?」

「だ、だって、たった今、口から白くて丸いものが……!」




 小生が声を上げると、周囲の生徒がどっと笑った。


 当然、テネシアからの女子生徒も、腹を抱えて大いに笑っている。


 ええっ!? と小生が周囲を振り返ると、テネシアの女子生徒が例の魂をもう一度、ぷうっと吐き出した。




「え……? た、魂じゃないのか? 風船……?」

「あはは! キミは面白い発想するね! これはチューインガムっていうお菓子だよ! 初めて見る? もしよかったらキミにも一枚あげようか?」

「え、遠慮し申す! そんなもの食べて魂を抜かれたら犬死にである!」

「あははははは! ますます面白い! キミ、例の大八洲からの生徒だよね?」




 テネシアからの女学生はさも面白いものを見つけたというように笑った。




「私、アシュリー・グレイスフィールドって言うんだ! キミの名前は!?」

「あ、ああ、これは丁寧で恐悦至極。小生はクヨウ・ハチスカと申す。以後お見知りおきを」

「うわぁ、カタい英語だなぁ……。ま、いいか。キミのことは面白くて、しかもかなり強いやつだって覚えとく! 後でお話しようよ!」




 女子生徒――否、アシュリーは快活にそう言い、前の魔導機兵に向き直った。




「それでは、試合開始!」




 エリス教官がそう言い、魔導機兵が剣を大上段に振り上げた、その瞬間。


 さっ、と腰を落としたアシュリーが、腰から剣ではない何かを抜き上げたのを見て、周囲の生徒が目をみはった。




 アレは――銀色に光り輝く短筒たんづつ、いわゆるピストルだ。


 アシュリーの目が光った瞬間、複数の轟音と金属音が同時に発し、魔導機兵の表面に火花が幾つも咲いた。


 ぎょっ、と各生徒が目を見開く間に……ギギギ、と軋んだ音を立てて、魔導機兵がゴロンと横倒しになった。




 フッ、と銃口から立ち上る煙を扇情的セクシーに吹き消し――アシュリーは笑った。




「アハハハ! 勝った勝った! 一撃必殺!」

「こ、これアシュリーさん! ここは魔剣学園ですよ!? 拳銃のような飛び道具の使用は――!」

「そんな時代遅れなこと、テネシアの人間は言わないって! それに、このピースメーカーの弾にはちゃんと魔法が使われてるよ?」




 アシュリーは拳銃を持った手を振った。




「これには着弾した相手の魔力錬成を阻害する魔術が込められてるんだよねぇ。これを一発喰らえば、機械だろうが魔剣士だろうがイチコロさ。……これでも違反になる?」




 んぐっ、と、エリス教官が呻く間にも、アシュリーはルンルンとした足取りでこちらに戻ってきた。




「はぁ、とりあえず、魔導機兵は複数体あるからいいですけど……次! サーミア王国出身、ニーナ・リストライネンさん!」




 そう言われて進み出て来たのは、栗色の髪をした、小柄な女子生徒である。


 注目を集めることに慣れていないのか、おっかなびっくり前に進み出てきた女子生徒は、実に慣れていないという感じで剣を構えた。


 途端に、ガタン、という音を立てて、新たに用意された魔導機兵が――妙な動きで立ち上がった。




「ん――これはまずい」

「えっ?」




 隣りにいたエステラが驚く間に、小生は刀の柄に手をかけた。




「いかん、魔力の流れ方が滅茶苦茶だ。アレは故障しておる。あの魔導機兵、暴走するぞ」

「えっ!? ちょ、ちょっとクヨウ、見ただけでそんなことがわかるわけ……!」

「何故わからぬのだ。……ああ、いよいよまずいぞ。あの女子生徒……!」




 小生が言い終わらぬうちに、ブシューッ! と音を立てて、魔導機兵の全身から白い蒸気が立ち上った。


 その量の凄まじさに小柄な女子生徒が短く悲鳴を上げた瞬間――魔導機兵が奇っ怪な動きで剣を振り上げ――凄まじい勢いで女子生徒に突進した。




 それは明らかに訓練用の動きではない、暴走状態と言える速度――。


 剣で斬りかかられるどころか、当て身を喰らっただけでも無事では済まなさそうな速度に、一瞬、女子生徒だけでなく、監督官であるエリス教官ですら、事態を測りかねて棒立ちになる。




 動けるのは小生だけ、か。


 瞬間、小生は刀を逆手に引き抜き、突進する魔導機兵に向かって地面を蹴った。




 あらゆるものがゆっくりと流れる中――小生は魔導機兵の胴に向かい、刀を一閃した。




 鉄と鉄が激突する轟音が発する中に――何かを両断する鋭い音が混じった。


 小生が全身に急制動をかけたのと同時に、胴から真っ二つにされた魔導機兵が地面に崩れ落ちる音が発した。




 誰も彼も、呆気に取られて小生を見つめていた。


 小生は前世からの癖で、刀に付着した血を払う動作の後、刀を納めた。




「無事かな、女子生徒殿」




 小生が振り返って微笑みかけると、地面にへたり込んだままの女子生徒は震えながら小生を見上げた。


 とりあえず、見たところ、怪我はなさそうだ。




「教官殿!」

「は――」

「これは相済まぬこと、小生の刀が魔導機兵を真っ二つにしてしまった。換えの人形はあるかな?」

「あ――いや、いやいやいや……!」




 エリス教官も何故なのか震えていた。




「ま、魔導機兵が真っ二つに――!? え、エーテル鋼製なのに……!」




 その一言に、あっ、と小生は失策を悟った。


 うろたえる間にも、生徒間のざわめきは大きくなり、エステラがもう見ていられないというように視線を背けた。




「く、クヨウ君……あ、あなた、鋼鉄をぶった斬って……!?」

「あ、いやいや! あれだけの速度でぶつかったら鉄ぐらい斬れるでしょう! 小生はただ刀で押し戻そうとしただけである! そしたら斬れた、それ以外の事実はない!」

「だからって鋼の塊が真っ二つになるわけないでしょう!? こんなの開学以来初めての事態ですよ! ……ああ、なんなの今年の新入生、もう二体も魔導機兵がダメになっちゃった……!」




 エリス教官は顔を覆って嘆き始めた。

 

 何度も言うが、小生は女性の涙というものに不慣れだ。


 うう、泣かせてしまった……小生がますますうろたえた、その瞬間。




「アハハハ! すっげー! 魔導機兵が真っ二つだ! 流石はサムライ!!」




 サムライ。


 その単語に、小生ははっとした。


 見ると、真っ二つになって崩れ落ちた魔導機兵の周りをまるで蝶のようにひらひらと舞いながら、先程のアシュリー・グレイスフィールドとかいう女子生徒が興味津々の目をしていた。




「噂には聞いてたけどすっごいなぁ! グランパの言う通りだ! サムライだけとはまともにり合うなって言われたの、こういう意味かぁ! 確かにこれなら相当厄介だね!」




 アシュリーはくるりと小生に向き直り、ずんずんと近づいてくると……小生に向って思いっきり顔を近づけてきた。




「ねね、キミさ! 私の弾、斬れる?」

「はぁ――?」

「斬れるでしょ、キミならさ! サムライはその気になれば飛んでくるピストルの弾だってぶった斬るってグランパから聞いたんだよね! いつかやってみせてよ!」




 な、なんなのだ、この距離感の近さは。


 それに何だって? 今この女子生徒、サムライと言ったのか。


 小生の国を――サムライを知っているのか?




 小生が呆然としてしまう間に、アシュリーは再びルンルンと列に戻っていってしまった。







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結間近のラブコメです。


『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』

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